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4.人の成長とは、とにもかくにも大変なものである


時々、夢を見る。あの時の夢だ。本当に夢みたいな時間だった。私が、トーマに惹かれていると自覚してからは特にそう。あの夏を過ぎて秋を越し、冬に差し掛かるくらいの時期が一番幸せで、酷かったように思う。それくらい、私はトーマに惹かれていたのだ。


一番好きだと思ったのは本のページをめくる指だ。自分が手フェチだなんて、この時初めて知ったよ。それから目を細める仕草。この細めるというのは、笑っているって事なんだけど。笑うというか、微笑むが正しいかな。その表情が好きだった。

今は夢の中だ。なんとなくわかる。あの日のトーマが私の目の前で目を細めている。

トーマ、トーマ? あれ。本当に、トーマ?


『古波 彗です。よろしく』

「わあぁぁ!」


案の定、夢オチ。夢見が悪い事この上ない。これはあれよ。お兄さんがトーマとそっくりなのがいけない。あの兄弟は背丈こそ違えど、持つ雰囲気はとても似ている。きっと小さい頃は近所や親戚の人とかに、まぁ双子のようにそっくりね、なんて言われていたであろう。成長すれば自然と似なくなるのは仕方がない。


「本当に来たんですね」

「当たり前だ。訪ねると言っただろう」


嵐、襲来。彼は宣言通り、仕事帰りの私を待っていた。


「春といえど、まだ肌寒い日が続きます。トーマくんはずっと待っていたのですか?」

「いや。あんたがこの間、このくらいの時間に終わってたと思って。タイミング合わせて来た」

「さいですか」


けれど鼻が少し赤いからそれなりには待ったのだろう。


「おいで。夜ごはん食べよ。それともお家にご飯の用意があるのかしら」

「いや。今日は外で済ませようと思って作ってないから大丈夫だ」


トーマは自然にそう言った。


「トーマくん今いくつ?」

「十九。もうすぐ二十歳になる」

「わ、若いなー」


いやそうじゃなくて。


「トーマくんがご飯作ってるの?」

「当番制だけど、大体は俺が。兄貴は仕事だし」


そういえば、あのマンション。詳しい事はわからないが、おそらく大人四人も住める広さは持っていなかったように思う。両親はどうしたのだろうか。


「変な想像が膨らむ前に言っておくけど。両親、健在だから。今は仕事で二人とも海外にいるだけ。あのマンションの部屋は両親が買った部屋なの」

「さいですか」


ならばやはりあの家は、お兄さんと弟の二人暮らしという事か。仲良いな。


「俺カレーが食べたい」

「はいはい」


トーマのリクエストもあって、夜ごはんはカレーで決定。行きつけのカレー屋に行く事になった。ここのバターチキンカレーは私のお気に入りだ。一緒に出てくるナンも絶品。っていうかナン、皿からはみ出すほどの大きさだ。


「美味い」

「でしょ。カレーは好きじゃないけど、このバターチキンカレーは大好きなのです」

「そうか」


黙々とカレーを食す私達。はて。私と彼は側から見たらどういう関係に見えるのだろうか。やはり姉弟だろうか。恋人……見えなくもないが微妙だろう。


「あんたはさ」

「なんですか?」

「俺の方が年下なのに、敬語を使うんだな」

「や、なんか。思わず。使ったり使わなかったりだけど」

「口調なんてどうでもいいが、別に気を遣う必要はない」


この子は本当に良い子だと思う。無愛想でぶっきらぼうだけど、むしろ私の方が気を遣う必要がないと言いたいくらいだ。いやまぁ、遣っているような気はあまりしていないが。

ぐっとスプーンを握りしめて、私はトーマに尋ねた。


「話したい事あるって言ってましたよね。なんですか?」

「大した話じゃない。確かめたいだけだ。この間はちゃんと確認出来なかったから。ーーあんたはやっぱり、四年前に会ったあの人で間違いないんだよな?」


単刀直入に聞くとは男前な。私はこくりと頷く。


「私は四年前の夏、トーマという少年に会った。次の年の春まで、私と友人でいてくれた。貴方が覚えているのなら、やっぱりそれは私で間違いないと思う」

「……そうか。やはり」

「だからね。ううん、だからこそ。私は貴方に謝らなきゃいけないの」


あんな事をしておいて。きっと傷つけたであろうこの子に。


「謝る? あぁ、いや。それはいい。とにかくいいから」

「は?」

「その、ほらあれだ。覚えてない」


嘘だ! だってこの子、この前記憶力良いって言ってたじゃん! それともなに。やはり、嫌な記憶だから忘れてしまったのか。いやあり得る。むしろその方が有難い。大変申し訳ないが忘れてくれてた方がいくらか楽だ。


「ほ、本当に覚えてない?」

「あぁ」

「語り合ったアレコレも?」

「あぁ。だから謝る必要のある事があったとしても、俺に謝る必要はない」


トーマはきっぱり言った。そうか。なんだ覚えてないのか。どっと疲れたような気が抜けたような変な感じだ。ならば、これにて終了。私もトーマも気にする必要がない。私達はこれ以上会う必要もない。


「カレーご馳走さま。本当にいいのか?」

「うん。この間の手当てのお礼です。お兄さんにもよろしく言っておいて」

「あぁ」


手を振って別れる。トーマとさよならする。これで終わりだ。トーマはあの日の事を忘れた。私は覚えていたが、彼は忘れてしまっていた。大した事ではなかったのだ。謝る事は出来なかったがこれで良かった。四年分のわだかまりもこれで解消される。なのに。


「ーーぐすっ」


あの日のトーマの目を細めた顔が忘れられない。重ねた唇の感触が忘れられない。さよならを告げた時のトーマが忘れられない。

ああ、今でも。あの日の事を思うだけで私の心はこんなにも締め付けられる。

今でも。

私はあの日のトーマに恋をしたままだ。

家に帰ってお風呂に入る。熱いシャワーを浴びながら腫れた目を擦った。明日が休みで良かった。こんな顔、人には見せられない。馬鹿みたいに帰り道を歩きながらぼろぼろ泣いた。本当に馬鹿みたいに。途中歩いていた通りすがりの人にドン引きされた気がする。が、気にしない。それほどまでに、酷い事に気付いてしまったからだ。

思い出は美化されるとは良く言ったものだ。美化され過ぎている。美化され過ぎて、その思い出の中の人に恋をしているのだ。今のトーマじゃなくて。ほら、今のトーマの事も好きなんだけど、恋する対象になってないというか。酷い話だ。笑う事も出来ない。


「寝よう」


今日はもう休もう。頭が破裂しそうだ。

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