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3.心配な気持ちは良くわかるが過剰は良くない


家は立派なマンションだった。オートロックだし駐車場あるみたいだし。私、こういうマンションは初めて入る。そして、後にも先にもこれが最後だろうと予測も出来た。


「どうぞ」

「私、こんな良いマンションに入れた事を誇りに思うよ」

「変な事言ってないで入って」


部屋も綺麗に片付けられている。生活感はきちんとあり、これがトーマの住んでいる場所なのだと思うと妙にそわそわした。


「膝、手当てしたいけど中でどうなっているかわからないから。とりあえず、傷洗ってきて」

「あぁ。いや、救急セットを貸してもらえれば自分でやります。あと傷も洗います」



トーマはそうか、というと私をバスルームに案内した。僭越ながらバスタオルと救急セットをお借りして、傷洗って手当てをしようと思う。パンツ(もちろんズボンの方だが)を脱いでみれば、膝は擦りむけたような傷が出来ていた。地味に痛い。とりあえずシャワーで膝の傷口を洗ってみる。熱いお湯だと痛い、冷たい水だと寒いのでぬるま湯で流す。指でちょんと触ってみれば鈍い痛みが走る。ぬるま湯で流すだけにしておこう。


はぁー……ちょっと痛みが楽になってきた。トーマには感謝しなきゃ。早めに手当てするに越したことはないのだから。濡れた足を借りたバスタオルで拭いていると。


「さっきから同じ事を言わせるな!」


どーんっと効果音でもつきそうな声がした。これ、トーマの声だ。なんだなんだと耳をすませると、どうやら誰かと話をしているようだった。


「お前が理由を説明できれば済む話だろ。玄関に女物の靴、バスルームからシャワーの音、俺の納得出来る説明をしてみろ!」

「女の人に怪我をさせた。だから傷の手当てのために連れて来た。それだけだ!」

「なんで怪我なんてするんだ。何があった、大体、シャワーを使う理由はなんだ!」

「だから! 傷口を洗ってる! あんたはそんな事もわからないのか!?」



やばい。なんか凄い喧嘩になってる。お兄さん、帰って来たのかな。私はさっさと怪我の手当てをして、バスルームから出るとリビングにつながる扉を開いた。


「あの、すみません。お邪魔してます」

「どこのどなたですか? うちの弟が迷惑かけたみたいですが」


迷惑かけた方の態度に聞こえないのは、私の気のせいだろうか。逆に、お前うちの弟になにしてんだよみたいに聞こえるのは私の気のせいだろうか。


「えーと。加茂日向(かも ひなた)です。お兄さんにはこの間、お会いしたかと」

「あぁ?あー……は」


ぴたり。フリーズ。何秒かの間。

私の顔を見つめ、そう、驚いた顔をした。


「あー……あの時の。図書館の人」

「それです」

「兄貴、俺が追いかけて怪我させた」

「追いかけてって、なにしてんのお前は。加茂さん、でしたね」


バツの悪そうな表情をした後、お兄さんはその場ですっ、と頭を下げた。


「うちの弟が迷惑をかけたみたいで。大変申し訳ありません。怪我されたって聞きましたが」

「ち、違うんです。公園の段差に気付かなくて私が勝手に転んだんです」


そう。べつにトーマのせいじゃない。あそこの段差が悪かったのだ。お兄さんは頭を上げるとその切れ長な瞳で私をじっと見つめる。本当に整った顔立ちだ。それに手だって。綺麗な形をしている。


「怪我は大丈夫そうか?」

「あぁ、うん。大丈夫。大したことないです。救急セット、ありがとうございました」

「兄貴、俺はこの人と話がある。兄貴は先に風呂でも入っててくれ」

「話? 話ってなんだ」

「なんでもいいだろ。とにかく、兄貴には聞かれたくない」


そんなタライが落ちた、みたいな顔をしないでおくれよお兄さん。私が居たたまれなくなる。トーマの顔を見れば大して気にした風もなく、お兄さんを風呂場に追いやろうとしていた。


「あー……トーマ、くん。夜もふけてくる時間だし、私そろそろ帰りたいかなーなんて」

「そうだぞ冬眞。女性を遅くまで引き止めるのは良くない」

「でも」


そんな捨てられた子犬みたいな目で見ないでおくれよ。なんだか悪い事をしている気分になってしまう。


「また今度。今度、話そう? 私、仕事終わりなら時間作れるし」


うるうる瞳の捨てられた子犬には勝てなかった。トーマは私の言葉に本当だな、と食いついて来て、明日は予定があるから明後日また訪ねるからな、とそうそうに約束を取り付けてきた。まずい、どう足掻いても逃げられない。これはもう腹をくくるしかないのか。


「それじゃあ決まった所で、俺は加茂さんを車で送るから」

「え!? いえ! 大丈夫です、歩いて帰れます!」

「でも足。怪我してるんでしょ。こいつのせいだって言うし送らせて下さいよ」


ね? と、こう、あざとい感じでお願いされて。断れる強者がいたらぜひこちらに来て頂きたい。私には無理だった。この弟のお願いも、この兄のお願いも。断れる気なんて全然しなかった。




赤い車は日本製のよく見かけるあの車。ヤマダだかサトウだか、なんか人の名前のメーカーだった気がする。なんかこう、様になるよね。美形に赤い車。


「どうぞ、乗って」


こんな貴重な経験は今後出来ないかもしれない。数年前のトーマに罪悪感のような感情を抱きながら、私はどうも、と一言言って車に乗り込んだ。


「あいつ、無愛想でしょ」


なんの脈絡もなく、なんの前置きもなくお兄さんはそう切り出してきた。目線は運転中のため、真っ直ぐ正面を見つめたままだ。

無愛想? たしかにニコリともしなければ笑った顔など数えるくらいしか見たことないが。

そもそも、再会してからは笑った顔なんて見てといないが。無愛想というより無表情。けれど無感情ではない。


「でも感情表現はわかりやすいです。お兄さんとちゃんと言い合いしてましたし」

「……お恥ずかしい所お見せしました」


いえいえ。私は首を振った。


「あまり人に懐かない冬眞が貴女に懐いているようですが。元々知り合いなんですか?」

「あー……んー。そうですね、昔の友人です」

「今は?」

「まだ再会したばかりなので、わかりませんが」


トーマが私を許してくれるならば。私達はまた友人に戻れるのだろうか。いや、そもそも。私はトーマと友人になりたいとそう思っているのだろうか。


「すみません、俺、変な事聞きました?」

「え? いえいえ。ちょっと考えてみただけです。年が離れた友人だけど、トーマくんは許してくれるかなーって」

「あいつはそういうの気にしないですよ。きっと」


私もそう思う。

車は左折して、家の最寄り駅に近付いてきた。


「本当に駅で大丈夫ですか?」

「はい。コンビニも寄って帰りたいし、ここで大丈夫です。家も駅から近いですし」


シートベルトを外して、お礼を言って別れる。別れようとした。その時。


「そうだ。まだ自己紹介してませんでしたね。古波彗(こなみ けい)です」


よろしく、と。素敵な笑顔付きで言われた。

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