2.再会とはなんの前触れもなくやってくるものだ
さてさて。
図書館で出会ったあの美形のお兄さん、あの日以来見かけていない。無事に本を借りられて弟さんに渡せてたら良いんだけど。洋書の本棚をちらりと見ても、やはりその影はなかった。思わずホッと力が抜ける。何故かって? あの人を見る度にトーマの事を思い出してしまうから。似ていない、はずだ。それなのに。
「すみません」
「はい?」
「この本を返却したいんだが」
声をかけられて、ハッと顔を上げれば二冊の本を差し出す男の子。男の人? まだ学生か? にしても随分なこれもまた美……。
「ん?」
「二冊返却ですね」
それを受け取り返却処理をして、いいですよーと言うがその学生(仮)はいまだに動かない。
学生(仮)は私の顔をじろじろ見ては、首を傾げている。どうした、なにがあった。私もつられて首を傾げると、学生(仮)がハッとしたような顔をして。
「仕事、何時に終わります?」
「はい?」
「貴女と話がしたい」
ゆうにゆっくり三秒は時間が経っただろう。あれ、この人なに言ってんだと所謂ジト目で彼を見やれば、待ってるから、と一言残し図書館を出て行った。待ってるからって、何処でだ。しかも何故待たれなければならない。ふと返却された二冊の本の題名を見れば、この間、私があの美形に教えた青春小説の題名だった。
待っているとは言われたが、仕事が終わるのはそれから三時間後なわけで。さすがにそりゃあ待ってないでしょと思わざる得ない。だって、私は彼の名前も知らないし、あっちも私の知り合いではないだろう。可能性としては、あの美形お兄さんの弟の可能性が高い。あの二冊の本、私が教えたものだった。偶然にしては出来すぎている。
しかし、何故、私を待つだなんて言ったんだろう。本の感想でも言いにきた? いや、それならあの場で一言二言言えば良いだけだし。ならば何用なのだろう。ただでさえ、あの美形お兄さんは、色んな事を思い出すから考えたくないのに。
私は職場を出ると誰もいない事を確認してため息をついた。やっぱり待ってないでしょ。一歩踏み出したその時。
「遅かったな」
「……えーと」
出た。どこから出たんだ。っていうか、やっぱり待ってた!?
「どうして、私を?」
「お前に会いに来た」
「えーと。本の感想ですか? なんだかわざわざすみません」
「なんの話だ?」
「あれ? 違いました?」
だったらこの人、何しに来たのだ。
「間違ってたらすみません。つい先日、貴方のお兄様らしき人が、高校生くらいが読むおすすめの本を私に尋ねて来たんです」
「……高校生」
「はい。それで私が本のご紹介を。貴方はえーと、美形なあの人の弟さんですか?」
「美形が俺の兄貴かわからないが、今日借りてた本は確かに兄貴から受け取った物だ」
「本、面白かったですか?」
「あぁ。俺はあの、ミステリーが混じってるヤツの方が面白かった」
私と趣味が同じと見た。この子は悪い子じゃない。そうだこの子、感想を言いに来たんじゃないと言っていたな。
「あの、私を訪ねて来た理由を聞いても良いでしょうか?」
「訪ねて来たわけじゃない。本を返しに来たんだ。そしたら、たまたまあんただったんだ」
「はぁ、つまりその、ナンパ?」
「なんっ、違う! そうじゃなくて!」
その子は顔を真っ赤にしてとても怒っていた。あちゃあ、怒らせてしまった。だって明確な理由を話さないから。自分がナンパに適した顔と性格だとは思ってないけどさ。
その子は、深く息を吐き出しその黒目がちな視線を私に向けた。
「お礼を言おうと思ったんだ。あと、あんたの話の男、聞いてる限りたぶん俺の兄貴だ。それについても礼を言う」
「やっぱりそうなのね」
「あと、懐かしくなったから」
彼はニコリともせずに真顔で言う。
「何年か前にあんたと公園で会ったことを思い出した。見た目、そんなに変わってないからおそらくそうだと思った」
「は、えーと」
「覚えてないか? かえる中央公園で会った。俺が高校生の時に」
「高校生……じゃなかったのね」
「なんだ?」
「なんでもないです。かえる中央公園? 何年か前?」
そんなの、あの苦い思い出しか蘇ってこない。でもこの顔、無表情、確かに。
「トーマだ。古波冬眞。改めてよろしく」
まさかここに来て、こんな仕打ちが待っているとは思ってもいなかった。
トーマだ。あの日、四年前のあの日。無表情で会話をしていた。あのトーマだ。
何故だ。こんなはずじゃなかったのに。会いたいと思った日もあった。だけど、本当に再会したいとは望んでいなかった。だってどんな顔して会えばいいんだ。あんな事をしておいて。しかも何故そんな、なんでもなさそうな顔して私の前に立っているんだ。あの日の君の心を傷つけた女だぞ私は。
「人違いでは?」
「記憶力は悪くない方だと自負している。前に一度会ったら忘れない」
「そうですか。そうですね。でも、その。会ってお話する事も、そんなないですし。ーーさよなら!」
脱兎の如く逃げ出した。今なら草食動物の気持ちが分かる。とんでもない強者を目の前にしたら、弱者は逃げ出すしかないのよ。とほほ。
「待て!」
「きゃー! なんで追ってくるんですかー!」
「まだ話さなきゃならん事がある! 止まれ!」
「止まれと言われて止まる人はいません!」
「転ぶぞ!」
「転ばなっ!」
転ばないと言う言葉は呑み込まれた。なんでこんな所に段差。おかげで膝、絶対擦りむいてる。今日パンツスタイルで良かったけど、中で酷い事になってそう。
「言ったそばから、期待を裏切らない奴だ」
「期待をさせたいわけではありません」
「大丈夫か?」
「痛いですけど。大丈夫です」
「追いかけた事は悪かった。すまない、怖がらせるつもりはなかった」
「怖かったわけじゃないです。ただ」
気まずいだけなのだ。
「ただ?」
「いえいえ。あのでも本当に。お話したい事はわかりましたから。今度でも良いですか? 家帰って、傷も手当てしたいですし」
「そうか。それならうちに来ると良い」
うちくる? なんの誘いだ。うちって家か? 誰の。
「貴方の?」
「あぁ。兄貴も一緒に住んでるが、この時間ならまだ帰ってきてないかもしれない」
「それを私はどう受け取れば良いんですか」
「なんの話だ? あんたの家はここからどのくらいかかる?」
「えーと。ドアトゥドアで四十分くらい?」
「ならうちの方が近い。徒歩で行ける」
来い、と。半ば無理矢理、立たされて彼と彼のお兄さんの家にお邪魔する事となった。