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1.記憶というものは突然ふと思い出すものだ


図書館の少し開いた窓から偶然に入り込んで来た桜の花びら。近くにちょうど大きな桜の木が立っている事を思い出し、その窓を閉めた。下手をすると大量の桜の花びらが入って来てしまうから。


桜は苦手。見ると苦い思い出と私の黒歴史が思い出されるから。新着の図書を配架しながらそっとため息をつく。

忘れもしない四年前。あの時の私はどうかしていた。だって、七歳年下の高校生に手を出したのだから。これは犯罪。おまわりさんに捕まってもおかしくありません。

でもいまだに捕まる事なく暮らしてるって事は、あの子はきっと誰かに何かを言ったりしなかったのかな。

今日何度目かのため息を零す。


加茂(かも)さん、キリの良い所でお昼行っちゃっていいわよ」


上司の中嶋(なかじま)さんがそう声をかけてくれて、私は残り数冊の本を棚に並べるとそのまま休憩へと入った。

今日のお昼は決まっていた。最近、新しく出来たというサンドイッチ専門店のカツサンドだ。前に同僚の実琴ちゃんがスマホで撮った写真を見せてくれた。そのカツの分厚いこと分厚いこと。今日の私はカツサンドを食べると決めていたのです。じゅるり。

念願のカツサンドを手に入れさらにおやつのフルーツサンドを手に入れ、さて、午後の業務と張り切ったところ。


午後も配架等の業務をこなし、ちらちらとまばらに来る利用者の対応をする。最近はやはり新着図書の問い合わせが多いな。特に、人気作家の倉山(くらやま)じつかの新刊が。何冊か購入して貸出に回しているんだけど、貸出回数と回転率がとんでもないことになっている。

私が入り口近くで展示コーナーの設置の準備をしていると何やらきょろきょろと何かを探す仕草をした男性がいた。あ、目が合った。


「どうかされましたか?」

「あぁ、いや。その本を探しているんですがどんなものが良いかわからなくて。あ、弟に渡すものなんですが」

「弟さんですか」

「高校生向けくらいの小説でおすすめがあれば知りたいなーって」


低いのによく通る声。耳にすっと入る心地良さがあった。骨ばった手は男性らしく大きい。よく見ると実に整った顔立ち。少し色素の薄い髪。


「高校生向けですね。何かジャンルのご希望はございますか?」

「あぁ、えーと。そうだな……何が良いんだあいつ。こう、青春ものとかが良いんですが」

「かしこまりました」


青春もの。高校生の青春ってなんだ? スポーツものとかだろうか。恋愛……はまた違うジャンルだし。私のおすすめは青春ミステリーだが。

スポーツ系で青春と青春ミステリーも混ぜておくか。図書の場所を伝えようと、その男性の顔を見上げる。


「あ、あと。もし洋書の棚があれば、その場所も教えてくれませんか?」


洋書。という単語にピクリと反応してしまう。それは私を縛る単語の一つだ。苦い思いがこみ上げてくる。


「はい。ミステリーとスポーツを題材にした青春ものですが、文章も読みやすくておすすめですよ。棚はあちらですが、ご案内致しますか?」

「ありがとうございます、自分で行ってみます。それと洋書は」

「洋書はここを入ってすぐ左手ですよ。種類は存分に揃えております」


私がそう言うと、その男性は面白そうに少し目を細め、分かりました、と言って中へと入って行った。

そして私はすごいデジャヴを受けていた。あの笑い方。知ってる。どうして。

あれは、私が失くしてしまったものだ。

私に気付かなかった? ううん、その前に本人? でもあの声もよく聞けばあれは。


「トーマ……」


呟いた声は誰にも届かなかった。


トーマの事は今でも霞む事なく鮮明に私の記憶に残っている。彼の表情、彼の横顔。約束をしていたわけではないのに、彼は決まっていつもの公園のベンチに座っていた。そのページをめくる指はとても美しく、私は、本当に冗談抜きで本になりたいと思ったのだ。そういえば、彼はいつもなんの本を読んでいたのだろう。洋書、ではなかった。洋書は初めて出会ったあの日だけだ。


思えば私は彼の事を何一つとして知らない。名字も知らない。好きな本のジャンルも聞いたことがない。ただ会えば、お互いの他愛ない話をして満足だった。

超えてはいけないと張った一線。おそらくそれを無意識に張っていたのだろう。一歩踏み込むような話をした覚えはなかった。



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