11.嫉妬というものは醜いだけというものでもない
「ーーごめん。ちょっと落ち着いてきた」
「あ、いえ。その、どうしてここに?」
「たまたま。買い物して、ちょっと気晴らししようと思って。色んな事で、頭パンクしそうだったから」
「色んな事?」
「ん。主に、日向の事だけど」
「私?」
そうだ。強制終了した電話を思い出す。
「ごめんなさい。私、一方的に電話を切ってしまって」
「いや、それはいいんだ。日向の様子がおかしかったから、俺がまたなにかしたんじゃないかと思って。でも、連絡する度胸もなくて……ごめん。それなのに」
耳元で囁かれるような声がこそばゆい。
「今日、冬眞と一緒にいる姿とか、あいつが日向に触れてる姿を見て。なんて心が狭いんだろうと実感したよ」
彗さんは私の首筋に顔を埋める。これはなんだ、どういう状況なんだ。お互い悪かったと謝って仲直りする所で、この間と似たような状況なのに、なんだか違うぞ。違うのは、おそらく、彗さんの態度だ。なんだか、こう、雰囲気が。
「なにされてたの」
息が。
「あんな人がいる所で」
止まりそうになる。
「よく見えなかったけど」
今度は目の前に彗さんのお顔が。額が、鼻が、唇が。くっついてしまうのではないか、と思うほどの距離。
「ここに……あいつが、触れたりとか。そういう事したりとか、したの?」
かぁっと顔に熱が集まる。なんでそんな生々しい言い方するかな! しかも、そんな色っぽい顔されたらなんて返したら良いかもわからない。
なんて返す? いや、普通でいいだろう。えーと、熱を測ってた? いや違う。額こつんしてた?いやなんのために!
えーと、えーと。
「なんで顔が赤くなるの」
そりゃなりますわ! 色々文句つけたい所ではあるけれど、とにかく、暴走を始めそうな彗さんになにか言わなければ。
「と、トーマとはなにもなくて」
「へぇ。そう」
「あの、あれは、私もよくわからないのだけど。あのトーマが私の頬っぺたとか、額とか、突然で」
「……」
「あの、でも嫌だとかじゃなくて。えーと。つまり」
なにがしたかったか、よくわからなかったのですよ、と言いたい。言葉が上手く纏まらなくて、彗さんの顔を見つめれば、さっきよりももっと無表情。え、なんで。
「それはなにもなくない、だろ」
「えーーんんっ」
声を塞がれた。否、唇を塞がれたが正しいか。もう喋るなと言わんばかりに強く、だけど丁寧に。
彼の唇が私の唇を塞いでくる。ピタリと重なるそれは思いの外、柔らかくて気持ちいい。たけどそう思う事が、現状を考えると恥ずかしくて、抵抗しようと少しばかり口を開いてしまう。そして、開いてから後悔した。するりと容赦なく滑り込んできたもう一つの柔らかなソレに、びっくりする。私はこんなにも場慣れしている玄人ではないのだと叱ってやりたい。
「ぅう……ふぅ。す、ストップ!」
「なに?」
「なにじゃありません! これはダメです。ダメなやつです!」
「ダメ? 冬眞ともしたのに?」
「し、してない! してないから! 冬眞の意図はわからないけど、額くっつけただけだから!」
「……」
「本当です」
「……わかったよ」
彗さんはそう言うと、私の唇を拭ってくれて。でも、と続けた。
「俺が今日した事は、謝れない。冗談でしたわけじゃないから」
「じょ、冗談ですよね……?」
「まさか」
彗さんはニコリと私に向かってとても良い表情をする。
「俺は冗談でしないし、受けたりもしない」
「は、はぁ……」
「だから。そういう事だけど、わかる?」
いや全然わかりません、と言うとじゃあ分かるまで考えて、と。謎の言葉を残したまま彗さんは私をお家まで送ってくれた。お家の前で車を停めて、私は今日、本当に聞きたかった事を聞いてみる。
「彗さん。あの、電話の時」
「ん? 電話」
「電話の時……やっぱりなんでもないです」
これは本当に聞きたい事だけど、自分の中で気持ちを確認してからでないと、聞いてはいけない気がした。悪戯に、彼の生活を乱してはいけないし、壊してはならない。だから。
「またな、日向」
「はい」
彼の言葉を従順に返す事しか出来ないのだ。