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9.冗談とは意外と確信をつくものである


晴れて彗さんの誤解も解けて、わだかまりもなくなったかと思う。仕事も順調、もうすぐ給料日、芒種まであともう少しという所。要するに五月下旬。新たに事件は起きた。


「どうしてあんたは手綱を握っておかない」

「久しぶりに図書館に来たかと思えば、突然なんですか」


嵐、再び。久しぶりに本を借りに来たかと思えば、本を借りると同時に、帰り待ってる、なんてどこぞの恋人の台詞かと勘違いするような事を言ってた、奴。

いやはや全く、驚く。そして、今回も私を待っていた。もはや恒例行事。


「ご飯食べてく? お腹すいた?」

「ご飯はいい。喉が渇いた」

「じゃあ近くの喫茶店に入りましょう」


この大通りの向こうに、お気に入りの喫茶店がある。あそこのコーヒーは香りがとても良くて、ブラックでもなんなく飲めるものだ。

トーマなに飲む? と聞くと、ミルクティーと言っていて、なんだか乙女のようだと少し思ったのは許して欲しい。

私はホットコーヒー、彼はアイスミルクティーを飲みながら一息ついた。


「それで、手綱とはなんの話?」

「わかっているだろう。兄貴の話だ」


ですよねー。貴方と私の共通の話題なんてそれくらいしかないもの。


「彗さん、どうかしたの?」

「この間、女と歩いているのを見た」

「……はぁ」

「最近、香水の匂いをつけて帰ってくる」

「……」

「あんた達は好き同士じゃないのか?」

「ぶふっ! ぐっ、ごほっ」


とんでもない事を言い出したな。例え忘れているとはいえ、私は君にちゅーした女だぞ。 それを今度は兄貴だなんて、笑えない。


「笑えない冗談はよして」

「冗談じゃない。本気だ。大体、兄貴があんた以外の女に目を向けるなんておかしい」

「なにがおかしいのよ。普通よ。あんな美形、私なんか相手にするわけないし」

「そういう事じゃない。そうじゃない」

「なにが?」

「ーーあんたはなにも分かってない」


トーマの言わんとしている事がわからなくて首を傾げてみると、とにかく、最近兄貴と会ってないんだなと確認された。


「うん。連絡は時々……」

「今日、連絡を取ってみろ」

「え? なんで?」

「いいから」



絶対だぞ、と言われて。トーマはなにがしたかったんだと頭を捻るばかりだった。

しかし、連絡をしろとはなかなか難易度が高い。

メッセージアプリで連絡を取る事はあっても、ほんの数行で終わる。いつもそうだ。そこに特別感はない。

彗さんは私におすすめの本を聞いて来たり、お気に入りの喫茶店を聞いてきたり、その程度だ。彗さんと連絡を取る度に心の奥底が苦しくなる。あの表情を思い出す。

目を細める彗さんが好きだと思う。



「……ん?」



なんか今、変な事を思った気がしたが。まぁ、いいか。

メッセージアプリは起動せずに、今日は電話をしたくなった。発信ボタンを押して、彼が電話に出てくれるのを待つ。


プルルルル。


「はい」

「遅くにすみません。日向です」

「え? 日向? どうしたの?」


電話越しだが、耳に当てたスマホから直に彗さんの声が聞こえて。なんだか手に汗を握った。


「いえ、その。久しぶりに直にお話したいと思って」

「そ? なんか不思議な感じ。日向の電話越しの声」


美形はこれだから困る。なんでこうなんだ。そんな事を言われてはどうしたら良いかわからない。


「えーと。そう、今日トーマが図書館に来たんです」

「……へぇ」

「なんか、彗さんの事を心配してましたよ。最近、様子? がおかしいとか」

「特段変わった事はないんだけど。あぁ、でも」


その時、彗ー? と電話の向こう側で。

女の人の声がした。

彗さんは少し電話から顔を離したのか、ちょっと待っててくれと、おそらくその女の人に言っていた。


「ごめん、それでさ」

「お忙しいならまたかけ直しますよ」

「いや、大丈夫だが。日向?」

「……」

「もしもし? 日向?」

「お待たせしてる方がいるなら、行ってあげて下さい。その、また今度お話しましょう!」


えいっ、と。通話終了ボタンを押す。これで良い。これで良いはずなのに、釈然としない。理由は分かってる。あの女性の声が耳から離れないのだ。


彗って呼んでた。呼び捨て。親しいのだろうか。これがトーマの言ってた香水の相手だろうか。香水なんて物は、余程近くにいないと移らない物だ。つまり、移るほど近くにいるという事である。

嫌だ、と心の底で思った。またこれだ。彗さんが誰か他の女性といると思うだけで、嫌な気持ちでいっぱいになる。

あの目を細めた表情を、私以外に向けてるなんて、やめてほしいと。


「ーー笑えない冗談だよ、本当に」


あの日のトーマと彗さんがかぶる。何故だか分からないけれど、一つだけ言える事がある。

彗さんの事を思うこの気持ちは。

あの日トーマに抱いていた、胸が締め付けられる程の感情と一緒なのだ。


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