2.魔獣との戦い
白銀の森に潜んでいるのはただの獣では無い。魔獣だ。
この森は氷の魔力を秘めた狼が跋扈している。
時期によって個体数は変わるが、今は多い時期だった。
森を歩く僕たちは、氷の狼に襲われていた。
「アイセス君、来るわっ!」
「わかった。僕が前で押しとどめる」
最初に気配に気づいたのはシルヴィさんだった。
僕も感覚拡大の護符などで使って周囲には気をつけていたのだけれど、圧倒的に早かった。
今、僕たちの目の前にいる狼はかなり大型で、立ち上がれば僕やシルヴィさんくらいありそうだった。
足下の悪い森の中で、狼と人間が戦うのは現実的では無い。
でも、僕もシルヴィさんも魔法学園の生徒だ。日頃の授業で魔法を使って肉体に魔力を通わせ続けることで、普通の人と体のつくりがちょっと変わっている。
魔法学園という異界で過ごした僕たちは、魔法学園という世界の人間になりつつあるのだ。
だから、巨大な狼とだって渡り合うことが出来る。
僕の武器は長剣と投げ矢だ。まず、長剣でもって狼に斬りかかる。
踏み込みの早さも剣の早さも十分。外の世界の狼ならこれで一匹仕留めきれるはず。
しかし、ここは学園の森の中。
狼たちは僕の攻撃を上手に避けてしまった。
「っ! 駄目か!」
慌てて振り返り、僕は焦る。
攻撃を回避した狼が、一目散にシルヴィさんは目指している。不味い。
彼女は今、杖を手に、精神を集中させている。魔法の準備だ。
シルヴィさんの邪魔をさせてはいけない。
素早く判断し、ベルトにつけてある投げ矢を一つ取り出す。
そのまま指で投げ矢の表面をなでると、一瞬だけそこに文字が浮かび上がった。
「これなら!」
気合いと共に投げ矢を投擲。
空中に放たれた矢は、光の飛沫を残して加速。
シルヴィさんに飛びかかろうとした狼にそのまま直撃。光は魔力、加速の魔法が発動した証だ。
「ギャフッ!」
狼が悲鳴と共に地面に着地した。こちらを振り返り、怒りに燃えた目で睨んでくる。
僕の魔法はこれで終わりじゃ無い。
「悪いけど、君はもう終わりだよ」
直後、狼は炎に包まれた。
悲鳴も無く、黒焦げになり息絶える。
火の魔法だ。僕はとにかく火と相性がいい。
「ふぅ、ちょっと焦ったよ」
「まだ終わりじゃないわよ」
杖を手に、集中を解かないシルヴィさんは言った。
彼女の言葉の意味はすぐにわかった。
周囲から、氷狼達が続々と現れてきた。どうやら群れだったらしい。
「湖が近づくとこいつらが増えるとは聞いてたけど、ちょっと多すぎだよ……」
10匹以上の狼に囲まれて、後ずさりしながら弱音を吐く。
一人ならともかく、シルヴィさんは護りながら切り抜けることができるか……?
そう思った時だった。
シルヴィさんの気合いの乗った声が、森の中に響き渡った。
「準備できたっ」
彼女が杖を振ると、光の剣が無数に現れた。
「いけっ!!」
声と共に、空中に浮かんだ剣が一斉に狼達に襲いかかる。
その速度は獣の反応速度を余裕で超えていた。
「よし、全部命中。上手くいったわ」
僕が怯んだ狼の群れをあっさりと全滅させて、シルヴィさんは笑顔で言った。
「魔女の魔法って、本当に凄いんだね……」
「そう? これくらい現代魔法でも出来るでしょ? それに、私達の魔法は準備に時間がかかるのが難点なのよね。その点は現代魔法の方が全然優れていると思うわ」
手順を踏んで、魔法を組み立てる古いスタイルの魔法使い。
現代は特化魔法と言って、いろんな道具を用いて手順を簡略化した魔法を組み立てて使うスタイルが主流だ。
発動が早い代わりに、汎用性が無い。しかし、誰でも使えるという利点がある。
僕達は近接魔法、火魔法と特定属性ばかりに偏り、他がおろそかになってしまうので、班を組むのが一般的だ。
対して古いスタイルの魔法使いは杖に選ばれなければならないという最初の難関がある上に、その後の勉強が凄く大変だそうだ。
故に古代魔法使い、あるいは魔女と呼ばれる人々は畏怖と尊敬の対象になる。
シルヴィさんはその卵というわけだ。実際、成績もいい。
戦いを終えた僕たちは少し離れた場所で休憩することにした。
とりあえず僕は剣についた魔獣の血を拭き取っていた。
魔獣の血は普通の獣よりも武具を傷めやすい。当たり前だけど手入れは大事だ。
こういう時のために持ち歩いているボロ布で血を拭き取ると、長剣の綺麗な刀身が現れた。
鏡のような鋼の刃には僕の目が映り込む。
僕の目は紅い瞳をしている。
魔眼と呼ばれる特別な力を持つ目だ。
僕の魔眼は正体不明。はっきりしているのは火に関係していることくらい。僕が火の魔法を得意とするのは魔眼の影響が大きい。
この魔眼のおかげで才能を見込まれ、田舎から魔法学園に進学できた。
この魔眼のおかげで一部の生徒から「悪魔の目」として忌み嫌われている。
僕の人生は魔眼によって左右されているようなものだ。
いつか、この目の正体を確かめ、この目を与えられた意味を知りたい。
意味なんてなければ、使い道を見出したい。
それこそが、僕が魔法学園に在籍する理由だ。
念入りに剣の手入れをしていると、それを眺めているシルヴィさんが声をかけてきた。
「アイセス君、そんなに強いのに、なんで学校だと手加減してるの?」
素朴な疑問という感じの問いかけだった。
確かに、僕は学校だと少し手を抜いている。
恐らくシルヴィさんの疑問は、なんで敵視してくる連中になんでやり返さないのかと言うことだろう。
「やり返すことも考えたけど、必要以上に恨まれると面倒くさそうだから」
「そう? 少しはやり返してもいいと思うけど?」
「相手が生きてる限り、復讐される恐怖を背負うのは面倒だよ」
「なかなか極端な考え方するのね……」
「争いっていうのは、基本的に怖いものだと思うから」
殴ったら、殴り返される恐怖と不安を抱えなければいけない。僕は極力そういうのとは無縁でいたい。
だから、多少のことはこれまで我慢してきたのだ。
まあ、今回のはちょっと我慢の限界を超えかけているけれど。
「そういう考え方、嫌いじゃないわ。いつでも反撃できるだけの準備してるところも含めてね。……さ、行きましょうか」
「そうだね。行こう」
持ち歩くのも面倒なので、ボロ布を火の魔法で灰にする。
その様子を見届けたシルヴィさんが、再び先導を始めた。