死んでしまった
「それでもよかったんですよ。彼女は自分にはもう残された時間がないことを知っていました。あなたがもし、メールが途絶えたことを気にしてくれるようであれば、自分に代わって空の写真を送って欲しいと、そうぼくに頼んだんです。そうすればあなたは彼女のことを忘れない。忘れないどころか、あなたの中の彼女は今までどおりメールを送り続けていることになる。それが笹倉笙子という女の子ではなく、どこかの誰かという存在だったとしても、よかったんです」
どこかの誰か。――それではあまりにも哀しすぎる。
拳を握る手に力が入る。少なくとも僕は、メールの送り主に、空を切り取って送ってくれる人物に会いたいとそう思っていたのだ。
笹倉は違ったのだろうか。
「僕は、それだけじゃ嫌だと、そう思っていた」
「そうですね。だからあなたは真実を探り当ててしまった。ここまでたどり着いてしまった。あなたの中の彼女も死んでしまった。……もう、メールは送りません。ただ、彼女は死んだあともあなたの中で生き続けたいと思っていた、そんな彼女のことを、できるだけ忘れないでいてあげてください。それをお願いしたくて、わざわざ来てもらいました。遠路はるばる、どうもありがとうございました」
啓太がこちらを振り向いて頭を下げた。その頬を涙が伝っていた。
「どうして……、どうして、笹倉は名のってくれなかったんだろう。どうして教えてくれなかったんだ。教えてくれていたなら、生きているうちに会うことだってできたのに……」
「彼女は言っていました。あなたに、今の自分の姿を見られたくはない、って」
「どうして……」
「命を落とすほどの病です。その病と、もう何年も闘っていた。そんな彼女がどういう状態だったのか、察してあげて下さい。あなたの中の笹倉笙子は、ベッドの上で病と闘っている自分ではなく、クラスメイトだったころの元気な自分の姿であってほしいと、彼女は願っていました」
僕はうつむいた。そんな話ってあるのか? それじゃあ、今、全てを知った僕は、いったいどうすればいいんだ。
笹倉が僕のことをそんな風に考えていたなんて知りもしなかった。笹倉のことすら忘れていたんだ。
それなのに、そんな僕のために、なんで……。
中学生のころ、僕は笹倉に他の女の子たちに対するものとは違う感情を抱いていた。
けれどそれはあまりにも淡く、確かなものとして形になる前に、僕がそれに気づく前に、笹倉はいなくなってしまった。
今回も同じだ。僕はいつも遅すぎる。
僕は、もっと早く知ろうとしなければならなかった。思い出さなければならなかった。
彼女もそれを待っていたのではないだろうか。
僕は間違いなくメールの相手をかけがいのないものだと思っていた。会いたいと思っていた。
それなのに……。
僕は笹倉にお礼も謝罪もできないままなのだ。一生。
拳が震える。僕はぎゅっと唇を噛み締めた。
啓太は、そんな僕から目をそらした。
「彼女は、あなたからの返信をとても喜んでいました。携帯を見なくてもそらで言えるくらいに、何度も読んでいました」
「笹倉さん……」
喉の奥から、くぐもった声が漏れる。
「さようなら、夏木さん。どうか、お元気で」
啓太は僕という存在を自分の世界から遮断するようにそう言い、背を向けた。
その背は、もう自分の役割は終ったのだと、以後、僕とはなんの関係もないのだと、そう告げているようだった。
僕はその細い背を見て思った。
この少年もまた病と闘っているのだ、と。
僕はしばらく動き出せず、その場に立ち尽くしていた。
背を向けた啓太は振り向くことも、口を開くこともなく、ただいつまでも空を見上げていた。




