真実の在り処
片道三時間。電車を降り、バスに揺られ、目的地に着いた。
この空だ。
そう思った。
半年以上に渡って見てきた、あの空。
ここは、空が近い。
目的地に立つ四階建ての建物を見上げる。
元は水色だったのだろうか。壁は色あせ、灰色に見えた。規則正しく並ぶ窓。
三階の一番端の窓に、人影が見えた。会釈したように見えた。
そのまま建物の中へと足を踏み入れる。
そこは質素なロビーだった。人影はまばらで、閑散としている。
僕は受付に近づいた。
「あの、青山啓太さんに会いに来たのですが」
「ああ、はい。聞いています。エレベーターはそちらです。三階で降りられましたら、そのまままっすぐに進んでください。突き当たりの左手の部屋です」
「ありがとうございます」
礼を言い、示された場所にあるエレベーターの前に立ち、僕はボタンを押した。
同窓会の日、僕は笹倉笙子の実家の住所を訊きだした。
笹倉は難病を患い、中学二年の二学期に市内の病院に入院していた。
退院の目処は立たず、院内学級に転入することになったらしい。
笹倉の転校理由がクラスメイトに明かされることはなく、家庭の事情とだけ知らされたことを僕は思い出した。
そしてその数年後に、家族そろって県外に引っ越している。
転院の為だったようだ。
僕は聞き出した電話番号に電話をかけ、笹倉が亡くなっていることを確認した。
そしてあのメールアドレスが彼女のものであることも確かめた。その携帯は今、笹倉の意向で、ある人物が持っているということも。
僕はメールを送った。
『君は、笹倉じゃないんだな』
翌日、驚くほどあっさりと返信が届いた。
空の写真は添付されておらず、文字のみのメールだった。
そこには、名前と住所、そして会いたいという旨が書かれていた。
僕はすぐさま、その住所の場所へと向かった。
笹倉の実家の住所からさほど離れていない場所だった。
そしてそこは、笹倉が入院していた病院だった。
廊下をつきあたりまで進み、ネームプレートを確認する。
四人分のスペースがあったが、ネームプレートはひとつだけ。
青山啓太という名前がぽつんとそこにある。
ドアを開けると、少年がひとり、ベッドに腰掛けていた。
整った顔をしているけれど、色の白い、痩せた少年だった。
まだ中学生くらいに見える。
「ぼくが青山啓太です」
啓太が頭を下げた。
「あ、夏木です。これはいったいどういうことなのか、それが知りたくて来たんだ。君が、あのメールの送り主だったんだろ?」
「そうです。あるときからは……」
「あるとき? 春か」
「はい。あなたと言葉を交わしていたころのメールは間違いなく彼女が送っていました。けれど春以降は、ぼくがそのあとを引き継いだんです」
そう言いながら、啓太はベッドから立ち上がった。そのまま、窓辺へと歩み寄る。
「彼女というのは……」
「はい。笹倉笙子さんです」
「なんで、彼女が亡くなったあと、君がメールを送り続けたんだ? 一言説明してもらえれば、僕だって……」
「彼女の願いだったんです」
背を向けたまま、啓太はそう告げた。
「願い?」
「できることなら、いつまでも彼女を生かしてあげられたらと思っていました。でも、あなたは知ってしまった。だったら、全てを話したほうがいいと、そう判断しました」
啓太は窓の外を眺めている。その表情は見えない。
「生かす?」
「あなたの中で、メールの相手はいつまで生きていましたか?」
「なにが言いたいんだ?」
「あなたは、メールの相手が笹倉さんであり、彼女が亡くなっているということを知るまでは、最初にメールを送ってきた相手がまだ生きている。そう思っていませんでしたか?」
僕はごくりと息を飲んだ。
当然だ。メールは、きちんと届いていた。でも、それはこの少年が送ったものだった。
それはつまり……。
「それが、彼女の願いだったんです。自分が死んだことを、知られたくなかった。いつまでも覚えていて欲しかったんだそうです。例え、相手が自分の正体に全く気づいていなくても。それでも空の写真を飽きずに送ってくる、そんな存在のことを記憶のどこかに留めておいてもらえたらそれでいいのだと言っていました」
「そんな……」
「院内ではもちろん携帯の使用は禁止されています。彼女は体調の良いときに、屋上や庭に出て空の写真を撮るのをとても楽しみにしていた。そんな彼女はこの春亡くなりました。でも、あなたの中では彼女はその後もずっと生きていた。そうですよね?」
メールは確かに届き続けていたのだ。僕はそれを楽しみにしていた。その送り主がどうして死んでいるなどと考えるだろうか。
「けれど、僕はその相手が笹倉だとは思いもしなかったんだ」
同窓会に出るまで。そこで笹倉の名前を耳にするまで。
自分はなんて薄情な人間なんだろうかと、最低の人間だと、同窓会以後、何度も自分を責めた。
もっと早く気づけていれば、なにかが変わったかもしれない、と思わずにはいられなかった。




