記憶
『それではみなさまごゆっくりご歓談ください』
という言葉をきっかけに、各々料理を楽しんだり親しかった友だちをつかまえたりと会場内を忙しく動きまわり始める。
僕は例のメールアドレスを参加者たちに見せて回った。
残念ながら、男の中には心当たりのある奴がいなかった。
どうやら、事はそう上手くは運ばないようだ。やはり女のほうにもあたらなければならないらしい。
僕はにぎやかな女の集団を遠巻きに眺める。
中学生のころ、僕は決して女友達の多い方ではなかった。
いや、はっきりと言ってしまおう。女友達と呼べるような存在はいなかった。
けれど文化祭や体育祭などクラスをあげてのイベントの際には、生徒間の連絡にメールを使うことも多く、僕のメールアドレスはクラスメイトの半数以上が知っていただろうし、僕も実際に送ることはなくても登録してあるアドレスは多かった。
さて、誰に声をかければいいものだろうか。
僕は会場内をぐるりと見回した。
声をかければ気軽に応じてくれそうな同級生の顔を思い浮かべ、その姿を捜す。
そして、ここにいるのは本当にかつて同級生だった女子たちなのだろうかと疑いたくなった。
僕の記憶力にも問題はあるのかもしれないが、顔と名前の一致する女が少なすぎるのだ。
変わったのはなにも河合だけではなかったのである。
たった三、四年でこれほどまでに変わるとは……。
唖然としている僕の耳に、ふと近くにいるグループの会話が届いた。
笹倉……覚えてる?
……欠席?
いや、……入院……が……。
……死んだ。
ドクンと心臓が跳ねた。さあっと血の気が引く。
笹倉。
その名前には聞き覚えがあった。
もちろん、同級生なのだから不思議はない。
ふたつの小学校から集まった、一学年四クラスしかない中学だ。
問題はそこではない。
笹倉という名をきいて僕が思い浮かべたのは、窓際の席でぼんやりと空を見上げている、そんな少女の姿だった。
机に頬杖をつき、いつも外を眺めている少女。
ときどき、窓から吹き込んだ風が、やや茶色がかった彼女の長い髪をさらりと揺らすのだ。




