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空メール  作者: 凪市有李
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僕らと彼女の空

 僕の携帯には、毎日のように空の写真が増えてゆく。

 古いものはPCに移して保存する。


 空は毎日表情を変える。

 そう、彼女が言ったように、同じ空はないのだ。


 以前は受け取るばかりだった空の写真。

 けれど啓太と会ったあの日から、僕は空の写真を撮るようになった。

 そして空の写真を撮ることの面白さとその魅力を噛み締めている。


 僕はきっとこれからも、こうやって空の写真を撮り続けるだろう。

 飽きもせずに、ただ空の写真だけを。


 駅前広場の隅で壁に背を預け、僕は携帯に保存されている空の写真を眺めていた。

 何回見ても飽きることはない。それどころか、

 見る度に新しい発見がある。


 自分の撮った空、啓太が撮った空、そして笹倉が撮った空。

 見入っていたら、突然、頭をはたかれた。


「痛っ」


 はたかれたところをさすりながら目を上げる。


「突然人を呼び出したりして、今度はいったいなんなんですか。またくだらない用だったら、ぼくはすぐ帰りますからね」


 これ見よがしに眉間にしわを寄せて、制服姿の啓太が立っていた。

 この春入学したばかりの高校の制服だ。

 グレーのブレザーにチェックのズボン、ネクタイをきちんと締めているあたりが、初々しい。


 昨年末に退院した啓太は受験をして、見事希望校に入学を果たした。

 入院中も勉強を怠らなかった成果らしい。


 青白かった肌は随分と健康的になった。

 僕に対して随分と小生意気な態度をとるようになってしまったのは残念だけれど。


「やあ。元気そうでなにより」


 僕は笑顔で挨拶をしながら携帯を閉じた。

 啓太のつれない態度は、なにも今に始まったことじゃない。


 僕が初めて啓太に会いに行った日を境に、啓太からのメールは届かなくなった。

 僕は自分の日常に戻った。

 ひとり暮らしの部屋と大学を往復し、バイトとサークルに明け暮れる日々。

 以前と変わらない生活。


 それなのに、胸には大きな穴が開いているような気がした。


 病院からの帰りに自分で撮った空の写真を眺めているうちに、僕はそれを笹倉の携帯に送ることを思いついた。


 啓太からの返事はなかったけれど、その後も僕は空の写真を撮る度に送りつけた。

 無視されても、何度も何度も。


 やがて啓太から苦情(僕はそれを啓太なりの好意だと解釈している)のメールが届き、それをきっかけにメールのやりとりをするようになった。

 啓太本人の携帯の電話番号とアドレスも入手した。

 暇をみつけては見舞いに行ったし、啓太が無事退院したあともこうしてよく会っている。

 驚いたことに、僕が通う大学と啓太の実家は、電車で三駅ほどしか離れていなかった。


 僕は啓太のことがとても気に入っているし、啓太もなんだかんだ言いながらも僕のことを嫌ってはいないのだろうと思う。


「じゃあ、行こうか。ここから電車で一時間。向こうでの時間を考えても、三時間はかからないだろ」


 僕の言葉を聞いて、はっと啓太が目をみはった。僕はその目を見ながらうなずく。

 電車で片道一時間。そこに笹倉の墓がある。


「それならそうと、最初から言っておいてくださいよ。この前みたいに、テーマパークの無料招待券をもらったとかで強制的に連行されたり、人手が足りないとかでサークルの新入生勧誘の手伝いをさせられたりするのかと思ったじゃないですか」


 啓太が不満そうな顔でそっぽを向く。

 あれには、やむを得ない事情があったのだ。

 無料招待券に関しては、テーマパークに一緒に行けるような彼女はいないし、たまたま友だちはみんなバイトが入っていたから、他に誘える奴がいなかった。

 サークルの勧誘だって、バイト先で欠勤が出たから代理で出勤しないと、と言って抜けた奴の穴を埋める必要があったのだ。

 今回だって、ちゃんと理由はある。


「心外だな。僕が笹倉の命日を忘れると思った?」

「正確に言うと、彼女の命日は三日後ですよ」

「彼女からの最後のメールが届いたのが、去年の今日だったんだ」


 啓太の肩がぴくりと動いた。


「彼女の願いをふまえて考えるのなら、僕の中の彼女の命日は、僕が同窓会で彼女の死を知ってしまった日ということになるんだろうけどな」


 僕が真実を知った日。

 それは彼女の命日から実に四ヶ月もあとのことだった。

 胸を締めつけるような苦しさを感じ、深呼吸をする。


「でもさ、テーマパークもサークルの勧誘も楽しかっただろ?」


 僕はあえて明るい口調で啓太に問いかけた。

 後悔は尽きない。

 けれど、僕らはいつまでも後ろばかりを見ているわけにはいかないのだ。


「ちっとも楽しくないですよ。なにが悲しくて夏木さんと一緒にいないといけないんですか」


 啓太の返事は相変わらずつれない。けれど僕が呼び出せば、文句を言いながらも大抵の場合は来てくれる。

 僕は苦笑した。


「……もう、後悔はしたくないからさ。僕と啓太が出会ったのは笹倉のおかげだ。だったらその縁を大事にしようと思ったんだ。だから、諦めて僕につきあうように」


 僕は壁から背を離し、啓太の肩をぽんとひとつ叩いた。

 啓太が嘆息し、天を仰ぐ。

 僕もつられて空に目を向けた。


 春の、優しい青空がそこに広がっている。

 僕と啓太は無言でその空を見上げ、しばらく動けずにいた。

 

 空を見つめながら、僕は心の中で笹倉に呼びかける。


 ねえ、笹倉。

 今日も僕たちは空を見ているよ。

 そして――そこに空があるかぎり、僕たちは君のことを忘れはしない。


                                             了

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