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百万円では割に合わないと思われます

作者: はっぱ

『どうしてこんな事になっちゃったんだろう?』私は汗ばむ手をジーンズにこすりつけた。



鏡を見なくても泣き出しそうな自分の顔がわかる。



いつもと同じテレビ局のスタジオ。バラエティー番組の原色だらけのセット。観覧席には出演者の芸人さん目当ての若い女性のお客さんたち。



いつもと違うのは、これから私がカメラの前に立たなければいけないことだ。



『それでは、事件の犯人!ADの小堀に登場して頂きましょう!』MCの芸人さんの大げさな予告にスタジオがざわめく。



先輩のADに促され私はセットの中央に向かって歩きだした。 話は二週間前にさかのぼります。業界でいうところの『てっぺん』…深夜十二時三分前。私は終電の時刻を気にしながらテレビ局の廊下を小走りに駅へと急いでいました。



そんな私を呼び止めたのはディレクターの佐伯さん。これから食事に行こうと言う。タクシー代まで出してくれるそうな。



しかし私も一応女の子。警戒すべきシュチュエーションだが…この人は大丈夫。局内では誰でも知っている話だ。この人は女性に興味がないということを。 和風テースト六割、洋風テースト四割のなんだかよくわからない店の個室でふたりきり。嫌な予感しかしない。



烏龍茶を頼んだ私に『全然呑めないのか?』などと当たり障りのないことを聞いてくる佐伯さん。いつ本題を切り出そうか?という気配に満ちている。



食事を半分くらい食べたところで…『小堀さ…実は話があるんだ…』と佐伯さんが切り出した。



さぁここからが本題…佐伯さんの目つきが変わった気がした。 目つきが変わった佐伯さんがぶちかましたのが『一千万円爆破炎上計画』だ。



秋の特番で定番のどっきり番組を手掛けることになった佐伯さん。二時間の特番の中のひとつが『一千万円爆破炎上』という企画だ。



大物俳優さんがなぜかドラマのロケ地に現金一千万円を持参している。ロケバスの中でターゲットの芸人さんに一千万円入りのカバンを預け撮影へ。そこでなぜかロケバスから煙が…慌てて飛び出した芸人さんの目の前でロケバスが爆破炎上…



『どうだ?おもしろいだろ?』と聞かれた私は一食の恩義があるので大袈裟に『斬新ですね』と言ったりする。



『一千万は本物を用意する。リアリティを出すためとか…適当な理由で手配済みだ。もちろん番組上ではすり替えた偽物を燃やす…燃えたのは偽物でした!大成功!というオチだ…ところが…』



あぁうちに帰りたい。



『番組の段取り上のミスで本物の一千万が燃えたことにする。』



お母さん、東京は怖いところです。



『番組スタッフのミスですり替えに失敗しました…と』



番組スタッフ…それは私のことでしょうか?



『周りの連中にはそう思わせる。しかしすり替えは…実はちゃんと成功してる。お前と俺以外誰もそれを知らない。』



お前の取り分は百万円。事故だから弁償しろなんて言われやしない。悪い話じゃないだろう?一方的にまくしたてる佐伯さん。



あぁ席を立ちたいのは山々だけどタクシー代を貰わなきゃ帰れなかった私。悪魔のささやきを聞きながら食べたんじゃどんな料理でもおいしくない。



帰宅したワンルームには同居しているのミカさん(白と黒のブチ猫。メス。推定三歳。)がおなかを空かせてまっていた。



『申し訳ない』とすぐにペットフードをお皿にのせる。



食べるのに夢中なミカさんの背中を撫でながら…さて、どうしたものか?…と考える。計画が全てうまくいったとして…たしかに局から弁償を迫られることはない気がする。佐伯さんは人気番組を何本か担当していて、それなりの権力の持ち主。そこはなんとかしてくれそうだ。



万が一そんなことになったら佐伯さんに払わせればよい。ごねたりしたら全部ばらしてしまえばいいし、佐伯さんがかばってくれれば解雇なんてことにもならない気がする。



テレビを点けると深夜放送らしい低予算のバラエティー番組。芸人さんふたりが街をぶらぶらと歩きまわっている。



計画は単純。本物がはいったカバンと偽物のカバンを管理するのは私。二つしかないカバンを間違えるというのは無理がある気もするけど…そこは俺がうまくやる…と佐伯さん。まぁなんか考えてるようだ…『あなたの番ですよ!』テレビのなかで芸人さんが言ってる。街のゲームセンターで遊んでる。負けた方には罰ゲームがあるようだ。



番組をぼんやり眺めていて、ふと思う。考えてみれば一石二鳥な計画だ。佐伯さんは九百万円を手に入れてこのアクシデント(偽装だけど)は番組の視聴率獲得に一役買うはずだ。ただのどっきりよりよっぽどおもしろい。



…うまく考えてるなぁ…あのひと…『あなたの番ですよ!』テレビから声がする。



私は番組の盛り上げに一役買って百万円を手に入れる。そもそも一千万円なんて大掛かりな企画なら簡単に制作費として消える金額だ。



御飯を食べ終わったミカさんが、じっと私を見ている。しばらくミカさんと見つめ合う。



『ミカさん…あなたの同居人は悪いやつだよ。だけど嫌いにならないでね。』



ミカさんは目を閉じてやさしく鳴いた。一千万円爆破炎上計画当日。空には雲一つなかった。



架空のドラマの撮影は、東京から二時間以上バスに乗ってたどりついた草も木も生えていない土がむき出しの谷。



こんなところで出来ることはロケバスを爆破することぐらいだろう。



どっきりといっても騙されるひとは誰もいない。どっきりのターゲットの芸人さんも騙されることを知っている。台本をちゃんと読んでいればだけどね。出演者承知の隠しカメラで撮影開始。ロケバスの中で俳優さんが芸人さんに現金を見せる。このロケの後、競馬馬を買いにゆくという設定。無理がある気もするが騙されるひとがいないのだからこれで良いのだろう。



そしてカバンをすり替えるシーンの撮影。芸人さんが撮影にでている間に私が窓から偽物のカバンを渡す。



『ちょっと待った!』佐伯さんが撮影を止める。そのとき私の手には二つのカバン。



…先にカバンを受け取れ。受け取ってから偽物のカバンを渡せ…というのが佐伯さんの事前の指示だった。私がカバンを受け取った瞬間に佐伯さんが撮影をストップした。『カメラの角度をちょっと変えよう。このままじゃわかりずらいよ。』



途中から隠しカメラの角度が変わったらおかしいのでは?と撮影スタッフから意見がでる。



しばし揉めて佐伯さんが強引に意見を通す。『そんなとこ視聴者は気にしないよ!』



その間、私はずっと二つのカバンを手に持ってる。



見事な計算。本物と偽物。二つを私が同時に持つ時間を作り出してる。佐伯さんが頼もしく見える。一瞬、目があった佐伯さんは無言で…これでどうだ?…と語りかけてくる。私も無言で…後は大丈夫です…と答える。その後、爆破の撮影は無事おわり局に戻ってあとかたずけ。



スタッフルームでみんなそれぞれ作業してます。ロケバスと一緒に燃えたのは偽物のカバンA(新聞紙入りのやつ)。今、佐伯さんの机の上には偽物B(これも新聞紙入り)本物は私の足元。メイク道具がはいっている大きなバッグの中にある。



佐伯さんがバッグを確認しているのが視界の隅に見える。



『…小堀…ちょっと…』佐伯さんが私を呼ぶ。



この計画の最後の山場。



『…このカバン…どういうことだ…?』佐伯さんの前に立った私は『はい?』と一言だけ。…余計なことは一切いうな…という事前の指示通りだ。



次の瞬間…大声で私を怒鳴りつける佐伯さん。ありったけの罵詈雑言を浴びせ殴りかかりそうなところを周りのスタッフが慌てて止める。



百万円では割に合わない。その日の夜。最初の打ち合わせをしたお店の個室で佐伯さんと私は再びふたりきり。



『ひどいですよ。本当に涙がでましたよ。』と苦情をいう私。この日はカクテルなんか飲んでいた。酔わなければやってられなかったんですね。あのとき私は。携帯でニュースを見たら『一千万を燃やしたAD』なんて見出しでネットのニュースに出てたし(佐伯さんが番組の宣伝になるから…と情報を流したのだ。)



『いや〜悪い!あれくらいやらなきゃリアリティないかな…と思ってさ…ごめんな。』



料理が運ばれてきてしばらくすると…『上の連中にも番組の宣伝費を考えれば安いもんだとか言って納得させたからさ…始末書だけでおとがめなし!さ…分けちまおうぜ』と佐伯さん。



カバンを渡す私。



カクテルをビールのように流し込んだ。



『小堀…違うよ。これ新聞紙のやつだよ』



『………え?』私は顔面蒼白で佐伯さんを見つめた。



佐伯さんが状況を把握する。



人間は想像を絶するできごとに直面したとき…笑ってしまうものらしい。



『お前…本当に燃やしちまったのか…』佐伯さんは静かに笑っていた。そしてお話は特番の収録当日。私は佐伯さんの指示通り『化粧はなし。服もADらしいかっこうで』カメラの前に立った。



散々、芸人さんにいじられてバカにされる。



あんなふうになりたくない…というスタジオのお客さんの視線はテレビの前の視聴者も一緒なんだろう。



これからしばらくは街を歩けば…『あ!一千万!』なんて言われて笑われるんだろう。



収録を終えて帰宅した私はミカさんに愚痴を言う。



『私は今日大変だったんだよ…』



無関心に御飯を食べるミカさんの背中を撫でながら、ふと部屋の隅のキャットタワーに目をやる。



キャットタワーの中には黒いカバン。



計画で用意されたのは本物のカバンと偽物のカバンが二つ。三つのカバンがあったのを知ってるのは私と佐伯さんだけ。



だけど



四つ目のカバンが用意されていたことを知っているのは私とミカさんだけだ。



『百万円では割に合わないと思われます…ねぇ?ミカさん?』



ミカさんは何も答えず食事中。

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― 新着の感想 ―
[良い点] オチは読めたがそこまでの運びが非常に軽妙で読んでて飽きがこない [一言] ミカンさんのモンペチもグレードアップしてニンマリですね
2016/08/18 08:58 退会済み
管理
[一言]  とても面白いです。読みやすく工夫されていると思いますし、読み返してみても隙のない構成といい、物語全体に漂う暗澹たる空気感とエンディングのバランスが絶妙ですね。勉強になりました。
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