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7話 世界を滅ぼした少年(後編)

「その男が――といっても見た目は十五、六の少年の姿をしていたらしいが――この世界にやってきたのは、百年ほど前のことだ」

 ジョニーの声には怒気がこもっている。

「男は妙な恰好をしていたという。この世界では見たことのない上下真黒な服。ある者が男にそれが何なのかを聞くと、『ツメエリ』と答えたそうだ」

 さつきはその言葉を聞いてぴくりとした。

 俺たちはパトリシアのお陰で、豚が丸焼きにされる時のような情けない恰好から脱することができた。が、依然として腕は後ろ手に縛られたままだ。椅子に座って神妙にジョニーの言うことを聞くほか、選択肢は無かった。

「ツメエリ。知っているか、さつき」

「日本の男子学生の制服、だと思います」

 恐る恐るという風に、さつきが答えた。

「男も言ったそうだ。「ニホンの学生服」とな。……さつき。学生風情がこの世界を滅ぼしたと言ったらどう思う? 君も学生なんだろ?」

「……ちょっと考えられません。というか、意味がわからないかも」

「その男の名は『ナゼ』。……奴は、悪魔だ」

 唐突にジョニーが言った。

「こんな話がある。まだナゼの脅威が人々に認知されていなかった時、ある小さな村を奴が訪れ、寝床を貸して欲しいと言った。村の住人は、少し変わった恰好をしているが、見た目はまだ子供っぽい、困った顔をしているナゼを泊めてやることにした。旅人好きな村人たちは、食事を振る舞い、奴を歓迎したらしい。ナゼも村人たちの輪の中で、終始笑顔だったと」

 そこまで話して、ジョニーの顔に影がさした。

「翌朝、村の娘が目を覚ますと、空気が焦げ臭いことに気がついた。急いで外に出てみると、ナゼを泊めた家が燃えているのを目にした。それから村中の家が、突発的に燃え始めた。娘は村人たちに逃げるよう叫んで回った。中には、火だるまとなって道に転がる者もいた。その阿鼻叫喚の中、ナゼは口笛を吹いて通りを歩いていたという。……火傷を負いながら、命からがら火の手を逃れた娘の話だ」

 俺はそこで口をはさむ。

「そのナゼって奴が放火したのか?」

「放火ではない。自然発火だ」

「……自然発火? おかしくないか。お前さんの口ぶりだと、その男は相当ひどい犯罪者ってことだろう。放火魔じゃなかったら、その男は何をしたっていうんだ?」

「犯罪、無法の類ではない。これは奴の業の話だ。奴は、存在するだけで周囲を破壊する業を背負っている。村からはじまり、街も。国も。そしてこの世界も。奴がいるだけで、滅びの運命を背負わされる。奴の『生命の灯』はそれほどまでに巨大で、周囲に絶大な影響を与え続ける」 

 また話がわけのわからない方向に行こうとしている。俺はさつきに耳打ちした。

「……さつき。『生命の灯』ってのは敵を倒した時に出てくるアイテムのことだったよな?」

「私もその理解です。つまりジルベールさんの話だと、私たち人間も生命の灯を持っているってことみたいですね」

「で、それにも個人差があるってことか。ドラゴン○―ルでいう戦闘力みたいなもんか」

「うーん……読んだことないからわからないなあ」

「なんだと!? お前本当に日本人か!?」

「……生命の灯は、内に秘めているエネルギーを可視化したもの」

 それまで大人しく兄の話を聞いていたパトリシアが、口を開いた。

「生命の灯の多寡はその者の存在の強さに比例するの。強い者の灯は大きくギラギラと煌めき、弱き者は微かに、蝋燭のように揺れる。普通、どんなに生命の灯が大きくても、その者の存在力が強くとも、いるだけで周辺を破壊するなどということにはならない。でもナゼは類まれな大きさの生命の灯を持ち、そして願ったのでしょうね。全てを壊すことを。そして彼は魔王となった。彼はその力をもって、この世界を一瞬にして滅亡させ――再生させた」

「ちょっと待った!」

 俺はわからないことはすぐに聞いておかないと、後々困ることになると学習していた。

「前半は頭に入ってきたが、後半からさっぱりだ。滅亡させ、再生させた、だと? 奴は神か何かか? そして、何でお前たちはそれを知っている?」

「神、ね。ある意味、彼が一番近い存在かもしれないわ」

「パトリシア、言葉には気をつけろ。騎士団の他の者に聞かれたら問題になる」

 ジョニーは苦い顔をする。

「百年前、この世界は一度滅んだ。この地上から、奴が人類を消滅させた。だが、その後すぐに、奴はこの世界の時を巻き戻した。人々の記憶はそのままにな。巻き戻った時、人々の頭の中に奴の声が響いたという――こんな風に――ラグナ」

 ジョニーが何事かを短く言い、指で俺とさつきの額を触った。すると、頭の中で、妙にハスキーな、少年の声が響いた。

『僕はいつでもあなたを殺せます。怖いですか。怖いでしょう。それが嫌なら、僕を倒せる勇者を連れて来て下さい。子孫にもこの言葉を伝えて下さい。百年待ちますので。もし間に合わなかったらやっぱりこの世界、消しちゃいます。ゲームオーバーってことで、諦めて下さい。それでは、スタート』

 終始子供っぽい声と言葉遣いだったが、聞き終えた時、俺は冷や汗をかいていた。この声の主は、言ったことは必ず実行する。そう思わせる何かがあった。

「百年待つって、世界が滅ぼされたのって、確か――」

 さつきもあの声に嫌な印象を受けたのか、額に汗を浮かべていた。

「ああ。察しの通り今年で百年目だ。俺たちは、ナゼの声を聞いた者の子孫ということだ。そしてこの百年で、奴に挑んだ勇者はのべ776人。世界級の剣士や魔術アカデミーの首席。ドラゴンとのハーフもいた。そのいずれも、奴に消し炭にされた。その炭は奴の眷属によって、それぞれの勇者の故郷に、空からばら撒かれた。……世界は今、絶望の底にいる」

 ジョニーがそう結ぶと、沈黙の帳が降りてきた。わからないことは依然多いが、笑い話ではないことは理解した。隕石が落ちてくる映画のラスト三十分くらいの状況に、この世界は立たされているってわけだ。

 ふーむ……どうやら自分で死ぬまでもなく、しばらく待ってれば自動的に俺の肉体は消滅するようだ。

 そうとわかるとなんだか気が楽になり、俺は冗談のつもりで言ってしまった。

「そのふざけた野郎、俺がこいつでぶっ殺してやろうか?」

 そう言って、弾の入ってない45口径を振った。カチャカチャと玩具じみた音がしたが、笑う者はいない。さつきでさえも「何言ってんだこいつ」という目で俺を見ている。俺は少し恥ずかくなり、咳払いをした。そんなに変なこと言ったか?俺は――


「おもしろいこといいますね」

 バツが悪くなり、頭を掻いた刹那。

 気が付くと、目の前に日本の学生が立っていた。


次話投稿時、タイトルを「チート魔王に45口径で立ち向かう」に変更しようと思います。

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