6話 世界を滅ぼした少年(前編)
ジョニーはファンタジー世界に出てくるような馬鹿でかい剣を構え、俺たちを睨んでいる。
「落ち着けジョニー。俺たちがどこから来たか知りたいんだな? オーケー、教えてやる。俺はアメリカ合衆国はミシガン州、悪名高いデトロイトからやって来た。それこらこっちの子は――」
「に、日本の東京からです。練馬区です」
さつきが後を継いで言った。
「……ニホン、だと?」
ジョニーはぴくりと眉を動かす。
「――俺は愚かだった。貴重な命の石を使うかどうか、もっと慎重に検討するべきだったのだ」
そう言って、ジョニーは切っ先をこちらに向けたまま、両手で肩の上に剣を構えた。今にも刺突してきそうである。
「穏やかじゃないねえ……。おいジョニー。俺たちは牛や豚じゃねえんだ。もっとお互いに話をするべきじゃないか?」
「汚い言葉を使う割に、理性はあるようだな」
だが、とジョニーは言う。
「『ニホン』と聞いて、理性的でいられる人間がいるものか! 奴は、あの悪魔は百年前『ニホン』からやってきたのだ! そしてこの世界を滅ぼした!」
先ほどまでのクールな優男からは一変、激高したジョニーの表情は憎悪に染まっていた。そしてその憎悪は俺たち――とりわけ『日本』と口にしたさつきの方へ向けられている。
ジョニーの豹変ぶりにあてられ、震えているさつきを背中に隠す。そして俺はまた、人間が人間たる所以の、対話という交渉手段を目の前の男に試みる。
「……ジョニー。俺はお前さんの怒っている理由がさっぱりわからない。わからないから、受け止めることも、反発することもできない。これって全然意味がなくねえか? 世界を滅ぼしたって、どういうことだ? 現に俺もお前も、三ツ星ホテルみてえに豪華なこの部屋に、自分の足で立ってるじゃねえか。世界は、今もここにある。そうだろう?」
「……どうやら、とぼけているわけではないようだな」
ジョニーはそう言って剣を降ろした。が、険しい顔はそのままだ。
「だが到底信用はできない……ムギニ!」
ジョニーが何事かを叫ぶと、空中に白い光りを放つニョロニョロとしたものが現れた。そしてそのニョロニョロは俺たち目掛けて飛んでくると、体に絡みついて手足を縛りあげてしまった。
俺とさつきは、無様に床に転がった。
「いったー……」
まともに頭を打ったさつきが涙目で言った。
「なんだこれ! おい、ふざけんじゃねえぞ! 良い加減にしないと怒るぞジョニー! ファック! ファーーーック!」」
「さっきから気になっていたんだが、ファックとはなんだ? 新手の詠唱呪文か? まあいい。これからお前たちを尋問にかける。それまで大人しくしておけ」
「これは人権侵害だぞクソッタレ! 出るとこ出てやるから覚悟しておけ!」
実は、このセリフは一回言ってみたかった。アメリカ人だからといって、皆が皆訴訟を起こすわけではない。俺も含めてまわりの連中は、司法よりも腕っ節で物事を解決することが多かったからな。案外気持ちがいいもんだ。
「さつき、スカートがめくれてるぞ。パンツが丸見えだ」
「言わないで下さい! どうしようもないんですから!」
ニョロニョロは光る縄となり、俺たちの腕と足を縛り上げた。腕力にものをいわして縄をちぎろうとするが、びくともしなかった。
こめかみの血管をぴくぴくさせながら縄と格闘していると、部屋のドアがノックされた。
「お兄様。少し騒がしいようですが、何かありましたか?」
女の声だ。
「ああパトリシア。賊を二名捕らえた。これから大審問官の元へ向かうから、ヒッポグリフを二羽用意してくれないか」
「――賊ですって!?」
勢い良くドアが開かれ、パトリシアと言われた女が慌てた様子で入ってきた。
パトリシアは豊かなブロンドの、ジョニーに似て整った顔立ちの女性だった。また胸も相当でかい。ライトブルーのナイトドレスの下から、小山となって存在感を主張している。
ん、このおっぱいと顔はどこかで……
「あなたは!?」
驚愕に染まるその顔が、姪のスーザンと重なった。
ああ、思い出した!
「君はあの時甲冑を着て、工場長――じゃない、豚面の化物に襲われていた!」
「どうしてあなたがここに!? それに、私たちの言葉を話せたのか!?」
俺たちは突然の邂逅に混乱した。
だがそれに対し、極めて冷静な――冷徹な声でジョニーが言う。
「パトリシア、どういうことだ。お前はこの男――ジェイコブのことを知っているのか」
パトリシアは緊張した面持ちで兄の顔を見る。
「……はい。私のはこの方に、二度も命を助けていただきました」
ジョニーは何も言わず、値踏みするように妹のことを見る。パトリシアは意思の強い瞳で兄を見返す。
一人蚊帳の外のさつきは、話はわからないわ手足はしびれてきたわパンツは丸見えだわで、涙目になっていた。