5話 イケメンの男
「クソ工場長め、ぶっ殺してやる!」
……ん。ここはどこだ?
いつものカビ臭いアパートじゃない。まるで上等なホテルみたいな部屋だ。ベッドもふかふかだ。
「び、びっくりしたー」
不意に声がして、俺の記憶は一気に弾けた。
「あ、あんた!」
「おはようございます。いったいどんな夢みてたんですか? ずいぶん物騒な寝言言ってましたけど……」
「あんた、なんともないのか!?」
俺はまじまじと少女を見る。あの化物に、確かに腹を裂かれたはずだ……。
「きゃ!? な、なにするんですか!」
少女の服をめくってぺたぺたと腹を検分するが、傷一つ見当たらない。セーラー服にも綻び一つ無い。俺は少女に頭を押しのけられながら、これがどういうことなのかを考える。
「……どこからどこまでが夢だったんだ?」
「どうやら全て、現実みたいです」
「現実……」
俺は坊主頭を人撫でする。そして大事なものが無くなっていることに気が付いた。
「銃がねえ!」
飛び起きて、布団をひっくり返す。ポケットを裏返しにする。が、俺の相棒はどこにも見当たらない。
「騒がしいな」
絡み合う蛇の彫刻が誂えてある、真鍮のドアノブが回される。
入ってきたのは、どうみてもコスプレにしか見えない恰好をした、若い男だった。
鎖帷子っていうのか? 男はその上に、真紅のマントを羽織っていた。まるでトールキンの物語に出てくるような恰好をした男だ。
男の手に45口径が握られていることを発見し、俺は身構える。
「おい小僧、そいつを返しな。さもないと、おめえの粗末なナニを引っこ抜いて金魚の餌にしてやる」
「なんだ、穏やかじゃないな」
男は俺の挑発を意に介さないどころか、微笑すら浮かべていた。
――いけすかねえ野郎だ。
俺はハイスクール時代クラスが同じだった、女たらしのジョニーを思い出す。ジョニーもこいつのようなブロンドで、女にモテそうな面をしていた。俺は奴が心底嫌いだった。
「この人が助けてくれたんですよ」
少女が言った。
「なんだ、そうなのか。ありがとよジョニー」
「切り替えが早いな」
男はそう言って笑う。
「だが私の名はジルベール・ヨーゼフ・ニ―ベルゲンだ。そのような名ではない」
「縮めたらジョニーじゃねえか。よろしくなジョニー。俺はジェイコブ」
手を差し出すと、やれやれといった感じでジョニーが応じ、俺たちは握手をした。どうやら旧ジョニーよりは話せる奴のようだ。
「ジェイコブ――お前は三日三晩眠っていたのだ。さつきに感謝するといい。つきっきりで看病していた」
三日三晩、だと?
「……そんでお前さん、さつきって言うのか?」
傍らに座っている少女に聞く。
「はい。緒方さつきっていいます。あなたは――ジェイコブさん?」
「そうだ。よろしくな、さつき。……確かトロロの主人公がそんな名前だったな」
「……おしい。でも日本のアニメとか見るんですね」
「ああ、姪のスーザンが好きでな……いや、そんなことより」
俺が寝ている三日のうちに、さつきはもうこの状況を受け入れられたようだ。だが俺には情報が必要だった。
ジョニーの方を向く。
「俺たちは砂漠で化物に襲われたはずなんだ。特にさつきは――今こうしてケロっとしていられるはずがない大怪我を負った。一体どんな魔法を使ったんだ?」
ジョニーはしばし逡巡し、
「その前に。……お前はその化物を倒したのか?」
「ああ。緑色の馬鹿でかいドラゴンみたいな奴だ。俺の相棒でぶちぬいてやった」
「ぶちぬいた?」
「こいつでな」
ジョニーから受け取った45口径を見せてやる。
「こんな小さなものでワイバーンを……信じられん。魔装の類には見えんが」
ジョニーは45口径をさすったり銃口を覗いたりして子細に検分する。が、首を捻って俺に返した。
「……まあいい。この疑問はおいおい追求していくことにして、お前の疑問に答えよう。ここだけの話だが、さつきには命の石を使った」
ジョニーはそれがさぞかし重大なことのように声を低めて言ったが、俺たちがノーリアクションだったため、滑ったような空気が場に漂った。
「……驚かないな」
ジョニーは少し不満気だ。
「命の石って、なんだ?」
「なんだ、知らないのか? 命の石とは、あらゆる傷病を癒やす奇跡の石だ。今まで、精霊クラスの『生命の灯』の実体化でしか出現が確認されていない。お前が倒したであろう化物――ワイバーン程度では、本来万に一つも顕現しないはずなのだ。お前たちは、本当に運が良いのだよ」
ジョニーは幼い子どもに言うような口調で俺に言った。少しむかつくが、異文化交流とはこういうものだと思い我慢する。だが、言っていることは一つも理解できなかった。
「ジェイコブさん、RPGってやったことあります?」
俺の困惑を見て取ったのか、さつきが言った。
「やったことはないが、DQやFFくらいなら、どんなものかはわかる」
「この世界は、どうやらRPG、ゲームの世界に限りなく近いみたいなんです。私たちを襲ったあの化物のみたいなやつを倒すと、『生命の灯』がドロップする。これを実体化すると、その生命の灯に応じたアイテムがもらえるっていう仕組みみたいです」
「つまり、俺はあいつを倒してポーションをゲットしたってことか?」
「そんな感じです。命の石って、ポーションよりずっとレアなアイテムみたいですけど」
「今、『この世界は』、と言ったか」
ジョニーが口を挟んだ。
「もしやお前たち、異国の者ではなく――別の次元からやってきたのか?」
言いながら、入り口のドアに向かって歩く。そして壁に立てかけてある、やけに物々しい長物を手にとった。
「……だとしたら、生かしておくわけにはいかん」
ジャリン、と小気味良い音を立てて剣を抜き、切っ先を俺たちへ向ける。
「なんだ、どうしたってんだ」
「答えろ。お前たちはどこから来た」
ジョニーは先ほどのまでの穏やかな表情からは一変、タカのような鋭い目で俺を睨んでいる。俺はさつきをかばいながら、心の中で舌打ちする。相棒の残弾は零なのだ。
何がジョニーを怒らせたのか。異文化交流とはげに難しいものだな。