2話 甲冑を着た女
「くっ……ひと思いに殺せ!」
死に場所を求めて平原を歩いていると、やけに露出度の高い甲冑を着た女が豚面の化け物に襲われていた。
相変わらず化け物の面は憎たらしい工場長に似ている。残弾は5発。もう1発ぐらい使ったとしても、俺1人が死ぬ分には問題ないだろう。
俺は化け物の後頭部にマズルを押し付け、躊躇いなく引き金を引いた。化け物は動かなくなった。
ここまでは先ほどと同じ展開だが、甲冑を着た女は化け物がピクリともしないのを確かめると、傍に落ちていた槍状の武器の切っ先を俺に向けた。
「何ものだ! 今なにをした! どうしてこいつは死んでいる!? 」
ふーむ。助けてやったというのに穏やかじゃないね。
どうやらこの女も異国の言語を操るらしい。そしてこの発音は恐らく日本語だ。話せはしないが、その言語が何語なのかぐらいはなんとなくわかる。さっき聞いたばかりだしな。
耳の尖った女と同様、この女も見た目は白人だった。兜から溢れる豊かなブロンドに北欧系の顔立ち。だが話す言葉は日本語。とてもちぐはぐだ。なんなんだ、ここは。
「む……何を睨んでいる!?さては私の隙を窺って…!? そうはさせない!」
女は俺の背後に回り込むと、槍の柄を俺の首にかけて密着した。
「ふふ…どうだ?これなら私を襲えはしないでしょう」
ぎりぎりと槍で首をしめられる。苦しいといえば苦しいが、正直なところ困惑の方が勝っていた。
俺を惑わしているのは、女の胸が俺の背中に当たって潰れているということだ。
女が甲冑を着ているのにもかかわらず、だ。
見た目は甲冑だが素材はフェルトか何かなのか? コスプレとかいうやつか?
「さあ言え!たちどころにこいつを殺してしまったのはおまえだな!? どうやったのだ!」
やれやれ……。
「Okay……Calm down. I recommend that you should think more carefully. I have a gun」
「聞きなれない言語だな。おまえ、その肌の色といい、異国の者だな?……と聞いてもわからないのか……困ったわね……」
女の声が詰問口調から思案げな声色に変わった。そしてこの体勢だとお互いの意思の疎通は不可能と判断したのか、拘束を解いた。
が、依然として槍のとんがりは俺の眉間に狙いを済ませている。
まったく、穏やかじゃないね。
「一緒に帝都まで来てもらおう。お前は一瞬であのオークを屠った。お前は危険……と、同時に、利用価値がある。是が非でも、我が騎士団にその秘儀を連れ帰らせてもらうわ」
女は何事かを言った後、俺を指差し、手の甲を俺に向けて指を何度か折った。そして最後に自身を指し示す。
……俺に、ついてこいと言っているのか?
こいつは面倒なことになった。
ついて行ったところでこの様子じゃ歓待されはしないだろうし、俺には時間が無い。
俺は手にしている45口径に目を落とす。
残弾は四発。この場を乗り切るのには十分な弾数だ。
女の顔を見る。
相変わらず険しい顔だ。笑えば、きっと可愛いのに。
俺はさりげなくハンマーを降ろす。
こんな若い娘を撃とうとしているのか……俺は? 死に急ぐために?
「……Fuck」
何をやってるんだ俺は。この女を撃つぐらいなら今すぐ自分の眉間をブチ抜けば済む話じゃないか。え? ジェイコブさんよ。結局死ぬのが嫌なんだろ? だからいつまでもほっつきあるいてるんだろ? いつでもどこでも死ぬことを可能にする、そんな便利なものを持っているクセに。
「ブシャシャシャシャシャシャ!!」
「――なに!?」
豚面の化物がいきなり起き上がり、背後から女を羽交い締めにした。
「死んだふりか……どこまでも卑しい化物め!」
「痛え……痛えよぉ……この痛みは人間の女を十回犯さないと治らねえよぉ……ブヒヒベロベロベロ」
俺は化物さえも日本語を話している事実に眩暈を覚えた。
工場長……もとい豚面の化物は長い舌で女の頬を舐め回している。見るに堪えないセクハラ……もとい陵辱だ。なんという悪夢的光景。
しかし、至近距離で撃たれて死ななかったとは運がいい奴だ。恐らく頭蓋骨でうまく弾がそれて致命傷に至らなかったのだろう。
工場長には死を。俺が死ぬのはその後でいい。
俺は何のためらいもなく化物に銃口を向け、引き金を――
「ま、待った!ブヒヒヒ、お前もこの女犯したいだろ? ブヒヒッヒ」
化物は女を盾にする。
「その武器を俺によこせ。そうしたらこの女を犯させてやる。ブシャシャシャ」
何を言ってるのか全くわからん。
「ブシャ!?」
俺は言葉がわからないのをいいことに、悪夢的光景を一刻も早く終わらせるために化物に向けて45口径をぶちかました。化物はまた動かなくなった。念のため傍に落ちていた槍で数回化物を突いてみたが、反応はない。今度こそ本当に死んだようだ。
「こんなのだから、落ちこぼれだなんて言われるのよ……」
自信を無くした様子の女には先程までの覇気はない。まるでピアノの発表会でとちった時の姪のスーザンのようだ。
俺はスーザンにそうしてやったように、女の頭をポンポンと数回叩いた。
「慰めてくれてるの……?」
上目遣いに俺を見上げる女はなんてことはない年頃の娘の顔で、やはり撃たないでよかったと安堵した。
「二回も助けてもらったな……ありがとう。貴方に槍を向けてしまったこと、心から謝罪します」
女は腰を折って頭を下げた。これは『礼』だ。わかりやすい。
「No problem」
「私は帝国騎士団の末端に名を連ねる者です。あなたには是非お礼がしたい。それには帝都まで来てもらう必要があるが……。もしあなたがよろしければ、ご足労願いたい。いかがですか?」
先程までの態度とは違い、女の顔からは険がとれて物腰が柔らかくなった。俺に対する警戒は解かれたようだ。相変わらず何を言っているかはわからないが。
「言葉通じないというのは不便なものだな……。どうすれば伝わるのか……」
女がもどかしく思っているのが見て取れる。こういう時はボディランゲージに限る。
『俺がお前を助けたことは気にしてはいけない。一度や二度の失敗、気にすることじゃない。誰にでもある。お前はよくやった。人間はそうやって生きていくものだ。OK?』
俺は身振り手振りでこれぐらいなんてことはない、という旨を女に伝えようとする。
「ん、何を――俺は……お前に……礼を……か、体で支払って欲しい!? 何を言って――一回だけじゃなく二回だ!? 金は出すから!? き、貴様!!」
なんだか雲行きが怪しくなってきた。
何故か女は眉を吊り上げて俺を睨み、何事かを怒鳴っている。
やれやれ……。
俺は女が再び槍を向けないうちに退散することにする。女の怒声を背中に浴びながら。
何が気にさわったのやら。異文化交流とはげに難しいものだな。
のっしのっしと歩き去っていく背中に一通り怒鳴り言うことがなくなると、女はその男、ジェイコブがどこから来たのだろうと不思議に思った。
「か、体で払えだなんて……」
女は頬を赤らめる。
「でもあの人が来なかったら、私はオークに……だから、そのお礼としては妥当だったのかな……?」
いやいやいや、と女は首を振る。
だけど今度会うことがあったら、きっちりとお礼しよう。も、もちろん私の体でではなく。
女はそう誓うと、帝都へ報告にもどるべく、ジェイコブとは逆方向に歩き始めた。
残弾は、三発