1話 耳の尖った女
黒人の巨漢・ジェイコブとジャパニーズハイスクールガールの冒険譚(の予定)。
鬱蒼とした森を歩いていると、耳の尖った女が、豚面の化け物に襲われているところに遭遇した。やけに露出の多い服が化け物によって引き裂かれ、今や女は裸も同然だった。
「いやああああ!!」
「グヒヒヒヒッグフッグフッ」
耳の尖った女が悲鳴をあげることが嬉しいのか、化け物は豚の鳴き声じみた笑い声をあげた。
顔がどことなく工場長に似ているという理由で、俺は45口径の性能を化け物で試すことにした。
「誰か、誰かあああああ!!」
「ブヒヒヒヒヒヒヒヒッベロベロベロベロ」
俺は女の肢体を舐めまわしている化け物の後頭部にマズルを押し付け、ハンマーを起こした。そして間髪を入れずに引き金を引く。森に乾いた音が響き、近くにいた名前も知らない小さな鳥が飛び立った。
「グピ」
化け物は一声鳴くと、舌を出したまま絶命した。
「あ……あ、れ……」
どうやらこの拳銃は正常のようだ。俺はこの結果に満足した。
「あ、あの」
耳の尖った女が、恐る恐るという風に俺の顔を見ている。どうやら化け物の体の下敷きになり、自力では立ち上がれないようだ。俺は足で化け物の体をどかしてやった。
「あ、あの、その……ありがとうございます」
アリガトウゴザイマス?
この言葉は聞いたことがある。確か、ト○タから出向してきていたヤマグチ主任がよく言っていた言葉だ。一言目にはスミマセン。二言目にはアリガトウゴザイマス。口癖のように言っていた。
「Are you Japanese ?」
俺が見る限り、耳の尖ったところ以外はどう見ても白色人種だったが、どう見ても英語圏の人間である俺に日本語で話しかけてきたということは、そうである可能性が高い。
「あ、鮎? ……ジャパ?」
女は困惑している。どうやら通じなかったようだ。
「『ラッシャマセー』 ……You know?」
「らっしゃ……あ、『いらっしゃいませ』ですか?」
女はご丁寧に頭を下げるジェスチャーをした。俺は頷く。女の顔がパッと輝いた。
日本語が通じたことに満足した俺は、女に背中を向けた。日が高いうちに死に場所を探さなければならない。
さて、ここからどこに行くべきか。
行先を思案している俺の腰辺りを何かが触った。俺は後ろに振り向く。
「ひっ」
急に俺が振り向いて驚いたのか、女は素っ頓狂な声を上げた。
「What's up ?」
腰を触ったのは女の指だと察する。
「あの……ご迷惑でなければ何かお礼をしたいのですが……その、近くに私の村があって。ご飯ぐらいしかお出しできませんが……」
女は俺の顔を伺うようにちらちらと見る。何を言っているのかはわからない。だが大方俺に礼を述べているのだろう。
「イエイエドウイスマッテ」
ヤマグチ主任が礼を言われた時にこんな言葉で返していた気がする。
女は、必死に何を言われたのかを考えているようだ。
やはりコミュニケーションというものはそうすんなりとはいかないな。
化け物に服を引き裂かれたせいで、女の胸が八割型露出していることに気づいていたが、それを指摘するべきかはわからなかった。
結局、何も言わずに着ているジャンパーを脱ぐと、引き続き悩んでいる様子の女に羽織らせてやる。
「え……あっ!」
しばしの思考停止の後、女の顔がみるみるうちに赤くなっていく。
自分では気づいていなかったのか。
「Hum……that jacket looks good on you. HAHAHA」
俺は大袈裟に褒めて、おどけてやった。どうみてもジャンパーは女には大き過ぎ、似合うもクソもなかったが、たとえどんな大きな胸でも隠しきるには十分だろう。実際女は細い体型の割に、胸の方は俺のアパートの隣の部屋に住むファットガール・アマンダ並みの大きさがあった。
たわわなおっぱいはこれから死ぬ男の目には毒だ。早々にここを立ち去るとしよう。
「Good bye ,big peaches」
別れを告げ、俺は今度こそその場を後にした。
一人取り残された女は、のっしのっしと歩き去る黒い肌の男の背中を暫く見つめていたが、意を決したように男に向かって叫んだ。
「あのっ、この衣、いつか必ずお返ししますから! お礼もします! だから……だから、またどこかで!」
その男、ジェイコブは片手を上げてそれに応えた。
残弾、五発。