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アトレア・サーガ ~序章 運命の選択~  作者: 室井 連
第二章 ファイスト領の攻防前編
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 ファイスト領は、村や集落といったいくつも自治体を抱えているクロノア領と比べて、ファイスト領はただ一つの町として統治されていた。東区西区北区南区中央区。5つのエリアによって町は別れていた。

 東区は市場を中心とした商業区。南区は農業を中心とした区画。西区はファイスト領に住まう人たちの居住区。北区は外から来た者のための宿屋や食事処、酒場などが中心だ。そして、中央区には武器や防具を売っている鍛冶屋が多く、ハンターを雇っている協会が有り、兵士の住まう兵舎、それにファイスト領領主が住まう館もあった。


「これは、すごいな。王都の市場に負けていない。それどころか、むしろこっちの方が人は多いような気がするよ」


 僕は東区へと入っていた。歩く先々には、出店が多く並んでいて、それを眺めている人が多かった。


「まーね。こうして見ると、王都よりも平和そうに見えるわよね」

「えっ?」

「なによ」

「えぇと、リトル? なんか普通に喋ってるような気がするけど大丈夫なの?」


 ましてやこの人の多さだ。僕から女の子の声が出ていたら、すぐに僕は不審がられてしまい、ファイスト領の兵に通報されてしまうかもしれない。


「周りを見てみなさい。あんたを疑ってるような人がいる?」

「そういわれれば」


 リトルの言う通り、全くもって注意されている様子は無い。


「これは、君の力? みたいなやつなの?」

「うぅん、微妙なとこだけどそんなところね。ほら、さっき服の中に入ったでしょ? だから、こうしてクロトのお腹辺りにいるんだけど、どうしても肌に触れちゃうわよね」

「うん……あっ、汗臭かったらごめん」

「もう慣れたから大丈夫」


 慣れたってことは、臭いってことか。僕はちょっと恥ずかしくなったけど、旅の道中風呂に入るのはもちろん、水浴びもすることができなかったから当然だ。服の替えだって持ってないし、洗濯はトードー村でやったけど、よく考えれば匂いが落ちたとは思えない。かといって、それを気にしてもすぐにどうにかできるわけは無いので、とりあえず保留にしおこう。


「えっと、つまり、僕とリトルが触れあってる時は、リトルの声が聞こえるってこと?」

「厳密に言えば、違うわね。私は話してないから。うんと、心の中で話かけてるって感じよ」

「へぇ、ていうことは、考えてることが全部伝わるってわけじゃなく、僕に話しかけようとしたことだけ僕に伝わる、そういう話かな?」

「そうね、クロトにしては物わかりいいわね」


 これは、リトルだけに適用されるんだろうか。僕は疑問に思ったので、試しに、うるさいバカ、と彼女に心で伝えてみた。返事として、腹にパンチをされる。


「いつっ、普通に痛いよ……」

「因果応報よ。とにかく、市場で買い物は後回しにしましょ。それよりも、飯よ飯」

「うん、わかった」

「その前に」


 リトルは、僕の腰に有るものを指摘してきた。確かに、このままだと不安だ。


「じゃあ、この布で隠したらどうかな?」


 僕は、手に持っていた大きな布を、腰のベルトに携えられているナイフと盾、それにアイギスが隠れるようにベルトに巻きつけていく。


「よし、どうかな?」

「はぁ、私に見えるわけないじゃない。自分で確認しなさい」

「うぅん……」


 おそらく、ナイフと盾は完全には隠れていない。だけど別に、アイギスを隠すことが目的だったので、これでいいだろう。それに、ちょっとぐらい見えている方が、僕の目的とかも周りが察しやすいだろう。

 そうして僕は、北区へと歩き始めた。




 北区に辿りついた僕たちは、なるべく大きな通りを選んで歩き、目に入った酒場へと入った。

 本当は、僕は食事をするための場所に行きたかったのだけど、リトルがそっちの方がいいと言ったからであった。

 彼女曰く、


「旅の基本は情報よ。情報が行きかうのは酒場なのよ。だから、私たちは酒場で食事をすることがこれからも基本よ。なるべく、周りの話を聞くようにね。あっ、あと、私の分のお持ち帰りを忘れないで、ね」


 らしい。まぁ、言いたいことはわかるけど、僕はあの酒場のわいわいとした雰囲気がとても苦手だった。昼間だから、お酒を頼まなくても不思議じゃないけど、僕は酒もあまり飲めない。よく周りの兵士からは、使えないしつまらない奴、みたいなことを言われたっけ。


「…………ふぅ」


 僕は、カウンターの席の端に腰をかけていた。5メテスほどお金を出したが、そこそこ満足できた。お金が入ってる袋を覗き見る。

 残りはあと、70メテスほどだ。宿一泊で10メテスほど支払うことになるので、5日持てばいい方だろうか。


「はぁ」


 このお金は、トードー村であのハンター達にもらったお金だ。3000メテスを僕を含めて山分けすることになったのだが、僕はそれを受け取るのが嫌で断ったが、こうして100メテスほどの袋を押しつけられたわけだ。

 あの時は、誰かを殺してお金はほしくない、なんて思ってたけど、現実的な問題、僕たちにはお金が必要だったんだ。山菜や水を飲んで誤魔化すこともできるけど、こうして肉も食べないと、きっと体を壊してしまう。


「ふぅ」


 そうなると、ハンター、か。現実的に、短い期間に稼ぐともなれば、僕にはそれしかない。

 でも、僕の目的は南の国に行くことであって、魔人を殺すことでも無くて。だけど、お金が無ければ旅はかなりきついものになるし。


「あぁもう、どうすればいいんだよ」


 周りの喧騒がやけに耳ざわりに思える。これじゃ、何のために酒場の来たのかわかない。まったくといっていいほどに僕は、周りの声に耳を傾けていなかった。


「何の話だ?」

「何を? 何をって、見てわかんないかなぁ。お金だよ、お金」

「はぁん、あたしが少し恵んでもいいぜ」

「えっ!? 恵んで――って、えっ!?」


 僕は、2重の意味で驚いていた。お金を恵んでくれると言ったことと、隣の椅子に、さっきの褐色肌の大きな女性がいたことだ。こうして見ると、あらゆるところが大きい。間近で見ると、胸に目が行ってしまいそうになるけど、僕は腕の太さに目が惹かれた。おそらく、腕力で叶うことはないだろうと思った。


「いや、そうじゃなくて、って、えっ!? あ、あのさっきはその……」

「ん?」


 豪快に酒の入ったグラスを飲み干していた。その風格に、女性であるという考えは消え去った。


「さっきは、助けてくれたんですよね?」

「あぁ、あれか。気付いてたのか」

「えっと、まぁ、はい。そうですね」


 隣の女性は腕を上げて、酒を要求する。すると、目の前にグラスが5つほど並べられた。飲むか、と尋ねられたが僕は丁寧にお断りした。


「助けてくれたことはうれしいんですけど、あなたはどうして僕を助けてくれたんですか?」

「理由が必要か?」

「はい、理由は必要です」

「その返しは意外だ。話してやる義理なんざねぇが、特別に話してやるぜ」


 そう言って、また一つグラスに入ったお酒を飲みほした。なぜか、周りの気配が気になり、横目を使い辺りを見渡す。見た感じ、こちらを見てるような人はいない。

 それでも、僕を誰かが見ている気配を感じた。いや、でも多分、これはあの時の戦いの傷が癒えていない、ただそれだけだろう。

 そうしていると、隣の女性が僕の目を凝視していることに気付く。ハッとした気持ちになり、意識を戻す。


「興味があるんだ。お前、あたしと一緒だろ?」


 一緒。一体何が一緒なんだろうかと逆に聞き返すべきなんだろうけど僕は、しばらくの間何も答えられなかった。沈黙は肯定。この場合そうなんだろうけど、頭が真っ白になり疑問しか浮かばない。

 なぜ、どうして? 僕は、彼女と比べて、わかりやすくなんてない。それどころか、これまでその事実を隠してきた。


「……いいえ、違います」

「そりゃあ、嘘だろ」

「違います。理由はあるんですか?」


 そう、これまで一部を除いてその事実を隠せていた。ばれるわけにはいかない。


「はっ、これまた理由ね。いいぜ、そういうのは嫌いじゃない。でもな、そうやって理由を求めるってことは、逆に怪しいってもんだぜ。それにあたしは、何が一緒なんて話は一つもしてない」

「……何の話ですか?」


 女性は僕の耳元まで近づいてくる。僕は動かず、その様子をできるだけ冷静に観察する。

 そして、僕の耳元で鼻を鳴らして、囁く。


「これは、混じった匂いだぜ」


 ゾクっとした感覚に、僕は体を微動させてしまい、相手に動揺を悟られってしまっただろう。

 確信した。目の前の女性は、僕が彼女と同じである絶対的な理由を持っている。

 どうする? いや、どうするじゃない。どうすると考えても、相手に主導権があるように思える状況で、僕にどうこうできる話じゃないのはわかる。だからといって、ここで指をくわえて見てるのも駄目に決まってる。なら、この状況で僕ができることは。

 相手の目的を探ること、ただそれだけだ。


「仮に、仮にそうだとして。あなたは、僕に何を? 一体僕に何を、求めてるんですか?」

「はっ、そう焦んな。別に、悪いようにするつもりはねぇぜ」


 僕から離れていき、目の前にある酒を飲み干す。あれだけあったものも、すべて彼女の胃へと流し込まれてしまったらしい。


「ふぅ、スッキリしたぜ。なぁ、そろそろ場所を変えようぜ。えぇと……そういやぁ、名前聞いてなかったな。あたしは、ニクスだ」

「僕はクロト、です」

「じゃ、ついてきな」


 そう言うと、彼女は立ち上がった。このままここで逃げるのも手、ではあるけど、相手の目的がわからない以上、ここは避けるべきではい。

 僕はそう判断して、彼女へとついていくことにした。

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