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アトレア・サーガ ~序章 運命の選択~  作者: 室井 連
第二章 ファイスト領の攻防前編
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プロローグ

「まるでここは、地獄のようですね」


 ここ、ティータ王国王都ガイアの最南端にある城門で大きな戦があった。あまりにも突然な魔人達の襲撃に、兵士たちは混乱し、戦場は荒れに荒れた。貴重なアイギスを持った分隊長二名と、多くの兵士たち、それに加えた英雄の死。


「こうもあっけなく、我が国の兵士が失われてしまうなんて」


 対する魔人の損害といえば、種族長クラスのサイクロプスと低級の魔人達の死。一つ目の魔人として名を馳せるサイクロプスだとしても、その対価としての損害は釣り合っていない。


「ラトス隊長!」


 そう呼ばれた彼女は振り返った。凛とした佇まいと、鋭い眼差しは見る者に対して圧迫感を与える。そのためか、数少ない女性の兵士にも関わらず、近寄りがたい存在として有名であった。もちろん、美人であるためか寄ってくる男がいないわけでもなかったが、どれも彼女よりも実力は無かったため相手にされることは無かった。


「用件を」

「我が兵の損害を申し上げます!」

「どうぞ」


 降り注ぐ雨の中、伝令兵は片膝をついて報告をしていた。激しい雨は、土を飛び跳ねさせ、男の鎧を汚していった。一通りの報告を終えたあとには、泥だらけになっていた。


「……敵の損害は?」

「種族長のキュプクロスと、付き従って動いていた魔人、数10体ほどとの報告です」

「銀髪の魔人は?」

「報告には上がってません。ですので、逃げられたと考えて間違いありません」

「そうですか。せめて、あの魔人を撃退できていれば彼らの死も報われたはずですが」


 持て余した長い黒髪をラトスはかき分けて後ろで結んだ。その仕草から、髪が雨でぬれてうっとおしいのだろうか。表情を全く変えないため、真意はわからない。


「あの、大変申し上げにくいのですが」

「何ですか?」

「…………我らが英雄は」


 その先の言葉が出てくることは無かった。だが察しのいい彼女は、随分と前からそれを確信していた。


「父上、クロノス総隊長の遺体はどこに?」

「こちらです」


 伝令兵は、ラトスの前を先導して歩き始めた。その後ろ、やや離れてラトスも付いていく。

 ラトスの目に、ここであった戦いの悲惨さが写る。多くの兵士たちは、胴体から切断されて即死したことが伺えた。

 逆に、魔人は体中が破裂したような跡があり、たくさんの肉片が散乱していた。

 ラトスは思う。自分の兵士団がまだまだ未熟であることを。いくら急な襲撃であったとはいえ、一人一人が覚悟を持って自分の役割をできていれば、こうも損害を受けることは無かったと。それ以前に、王都の周りを警護しているはずの兵士がまったく機能していなかったことも問題であったと考えた。

 一人一人の力が魔人よりも劣ってしまう人間が勝つためには、より一層連携を強化することと、一人の魔人を殺すために犠牲者やくわりがもっと必要だと思っていた。

 ラトスは呟いた。目の前の兵士には聞こえないとても小さな声で。 

「このままでは、魔人に負けてしまう」


 凄惨な場所を抜けた先に、大きなサイクロプスの死体があった。心臓付近に円状の穴が大きく空いていて、クロノス総隊長が止めを刺したのは明白であった。そもそも、見る者全てを圧倒してしまう魔人を倒せてしまえるのは、普通のアイギス持ちには無理だった。協力して、連携して倒すのがやっとなのだ。

 それを、クロノスは一人でやってのける。それが、生きる英雄と言われた証であった。


「こちらです」


 その五歩先に、英雄の死体があった。胴体から首は離れてるという、無残な有様だった。

 ラトスは近づいて、死体を確認していく。


「サイクロプスと共倒れ、というわけではないんですね」

「……? どうして、ですか?」

「傷を見ればわかります」


 ラトスは首を指差す。


「ここの切れ目、明らかに鋭利なもので切ったあとが見えますよね。反対に、サイクロプスを見てください。攻撃方法は、一つ目から放たれる光線か、腕や足を頼った身体的な攻撃の二つです。そして、この跡から導けるものとすれば、光線ですが……光線にしては少しおかしいような気がしますよね?」

「……あっ、焼けたあとが無い、ってことですか?」

「えぇ、そうです。さきほどまでの兵士たちとは際立って傷が違いましたから」


 兵士は、横目でラトスの表情を見た。いつもと変った様子は無く、冷血女、と秘かに噂されている、正にそれだった。そんな様子に、兵士は憤りを感じてきた。


「お言葉ですが、ラトス様――――あなた様は、正気ですか?」

「正気です」

「なら! ここにいるのは人間の希望とも言われた人間で、あなたの父」

「私が悲しむを嘆くことで、魔人は死んでくれるのですか?」

「話をすり替えないでください!」

「ならば、貴君はその英雄が死んだこと。加えて、英雄の死が魔人に知られてしまったことをどう考えているのですか?」

「それ、は……」


 ラトスの表情は微動だにしない。兵士は、自分自身が感情的になっていたことを悟った。


「今まで、人間と魔人はある意味均衡状態ともいえました。しかしこれで、大きく均衡は崩れるでしょう。そして、崩れた先に元々の地力の差が現れて、人間は魔人に必ず敗北してしまいます」

「……なぜ、そう言い切れるのですか?」

「それこそ、その英雄は仰っていました。魔人が住まうタルトロス帝国の帝都には、上級魔人のさらに上の、神級魔人と呼ばれる者たちがいる、と」

「えっ?」

「人間は、魔人によって生かされているのです」


 ラトスは、何も言えなくなった兵士を放って、目の前の死体の装備を外していく。その行動は、死体に装備など必要ないと物語っていた。


「一つ学びましたね。わかったのであれば、貴君は貴君の役割を全うすることだけを考えるように」

「……はい、出過ぎたことを、申し訳ございませんでした」

「それよりも聞きたいことがあります。先遣隊は、全滅したのですか?」

「いえ、全滅ではありません。といいましても、生き残った者は再起不能者だけですが」

「……」


 死体に這わせていた手を止め、ラトスは宙を見上げた。そして、目を閉じる。


「クロト衛生兵の死体はありましたか?」

「衛生兵、ですか。その詳細はわかりかねますので、至急調べてきます」

「えぇ、お願いします。それと、クロト衛生兵の死体が無い時は馬を一頭用意してきてください」

「了解です……?」

「加えて、死体が無い時はテミス分隊長にも伝言をお願いします。後は任せます、と」

「それは、一体どういう――」


 視線を兵士へと戻す。兵士はしまったという顔をしていた。


「先ほどの話は無駄になりましたか? 貴君は貴君の役割を果たしてください。必要であれば、説明しますので」

「申し訳ございません!!」


 深々と頭を下げて、兵士はラトスの前から去って行った。一つ、ラトスはため息を吐く。


「まったく、本当に我が国の人間は危機感が足りませんね」


 クロノスの顔へと手を伸ばした。泥で汚れてしまっている顔を、手で拭っていく。まばたき一つしない顔が、少しずつ綺麗になっていく。


「父上、ご心配なさらないでください。これからは、私が父上の代わりもこなしてみせます。父上が守ろうとしていたものも、全て私が守ってみせます。だから……どうか、安らかに」


 一呼吸分見つめた後、ラトスは立ち上がった。


「では」


 後ろを向き、ラトスは歩み始めた。一歩一歩距離が遠くなっていく。彼女は、一度も振り返ることは無かった。

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