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アトレア・サーガ ~序章 運命の選択~  作者: 室井 連
第一章 半端な決意
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「はっ!?」


 目の前に映るのは、一回だけ見たことのある天井。僕が借りた部屋の天井だ。


「……夜は越えたんだ」


 ベッドの横には、僕の持ち物であった体を覆う布、ナイフ、小型の盾、そして黒塗りのアイギス。特に損傷などは見られないが、ナイフの柄には拭き残しの血が残っていた。赤い僕の血と、誰かの紫色の血が混じったような色だ。左手も見る。切り傷はふさがっていたが、刺したような後は消えていない。

 僕は知る。昨日の出来事は全てが現実だったかはわからないけど、僕が、名も知らない魔人を殺してしまったという事実を。


「そう、か。ごめん」


 誰に告げているのかわからない。ただ僕は、誰かに許しを乞うようにただただ謝罪を続ける。目頭が熱くなり、涙が溢れる。

 明確な理由はわからない。誰かに対する贖罪か、僕が見捨ててしまった人に対する嘆きか、僕自身を慰めるための憐れみか。

 何もかもが遅いような気もして、自分自身に対する苛立ちは募る。


「結局、また泣いちゃうのね」


 くずれた視界に、小さな羽を持った妖精が写る。余計に涙が出てきて、リトルの姿は形を変えていった。


「ったく、しょうがないわね」


 とても小さな手が伸びてきて、僕の眼の下を撫でる。揺れる視界に、白い羽根だけは綺麗に輝いているように見えた。


「立派だった。また、逃げちゃうんじゃないかと思ったけどね。ちゃんと逃げずに戦ったわ。クロトが自分自身の行いを後悔するのだとしても、私は褒めてあげるわよ」

「ごめ、ん」

「何も言わなくていい。今はこうされてるだけでいいから」


 僕は何も言わず、リトルの行いを受け止め続けた。撫でた手が、とても優しくて温かくて、頭を撫でてもらってるかのような感覚だった。

 不思議だ。こんなにも小さな手なのに、すごく大きな手に思えてくる。


「ねぇ、リトル」

「なに?」


 だんだんと落ち着いてきて、話すこともできるようになってきた。僕には知りたいことがあった。彼女のことや、あの不思議な出来事のこと、魔人どもやハンターの存在。聞きたいことはたくさんあったけど、一番聞きたいことはそうではなかった。


「本当にこれで、良かったのかな?」

「私が良いって言ったら、クロトは納得するわけ?」


 リトルは手を止め、質問に質問で返されてしまう。多分、僕は間違った質問をして、間違った答えを求めてしまっているのだからだろう。それがわかっていたとしても僕は、安心したかったのだ。良いか悪いかの判断を下せない自分の代わりに、決断をしてくれる神様がいて判断してくれると。


「……うん、きっと。多分だけど」

「うそつけぇ!!」


 鼻のてっぺんを叩かれた。


「いたいなぁ、何するんだよ」

「くだらない質問するからよ。いい? クロトはね、あんたが思っている以上にずっと頑固なの。小さなことに捉われて、ずっと意地を張っているようなヒトよ。そんなやつが、まだ出会って数日のやつに何か言われて納得すると思ってんの?」

「出会って数日のわりには僕のことを知りすぎてるとお――いたっ」

「揚げ足を取らない。私、クロトをそんな風に育てた覚えないわよ」


 育てられた覚えなんかない。そう口に出したら、また鼻をはたかれそうな予感がしたので何も言わなかった。代わりに、天井へと目線を移す。

 僕は、そんなにも頑固だろうか。考えてみる、過去の行いを。

 確かに、どうしようもないほどに頑固で、歪な行いが目立ってしまう。わざとあの人の忠告を聞かなかったこともあったっけ。そもそも、自分の父親もあの人と呼んでいる時点で僕はもう、とんでもない意地っ張りなのかみしれない。

 そう考えてくると、彼女の発言に納得してしまう。


「ニヤニヤしない!」

「いたっ」


 なんだよ、やっぱり僕よりも僕のことを知ってるじゃないか。僕はそんなことを考えながら彼女を見ていると、大袈裟にため息をたてて空中へと飛び上がった。


「もう大丈夫みたいね」

「うん」

「じゃ、さっさと起きる。私、お腹が減ったのよ」

「そうだね、僕もそうだ」


 僕が起き上がると、リトルは僕の服の中へと潜り込んでくる。正直、服の中に入られるのは好きじゃないけど、彼女の姿を誰にも見せるわけにはいかないからこればっかりはしょうがない。


「クロトのせいで無くなった命もあるように、あんたのおかげで救われた命だってあるのよ。救った命があるだけ、立派なんだから。もっともっと強くなって、無くなる命以上に助ける命の数を増やすのよ。それがきっと、正しいってことだと私も思うから」

「うん」

「よし、だったら早くご飯を食べるわよ!」


 部屋を出て、一階にある酒場へと向かう。たくさんの声と大きな笑い声が聞こえてきた。僕は秘かに、リトルが言ってくれたことを実感していた。


「おっ、昨夜の英雄がお出ましだぜ!!」


 僕が酒場へ出るや否や、僕は指をさされて注目を浴びてしまった。特に僕に関心を寄せているのはハンターたちで、彼らは酒が入ったグラスを片手に僕の元へと寄ってくる。


「へぇ、こいつがリザードマンの親玉を。なんか、信じられねぇなぁ」

「だよな。だってこいつの腕見てみろよ。俺らよりも細いぜ。いや、でも触ってみるとなかなか……」

「で、お前いくつだ? まだ酒も飲んでるような年には見えねぇが、一杯やるか?」


 などと、僕を囲んで好き勝手やっている。どうして僕がこんな風に持て囃されているのかはわかるけど、きっと彼らが聞きたいことの多くは、僕にとって答えにくい内容であることはわかっていたので、複雑だった。

 そしてやはり、僕の予感は的中した。


「でだ、あの滅茶苦茶な力はどの武器の力だ? アイギスを持ってるってことは、王都の兵士……いや、戦場で拾ったものなのか? それは、問題じゃねぇな。問題は、お前がそれを本当に使えるか使え――」

「そのへんにしときな!!」


 女主人の怒号に場が静まり返る。それを気にもしない素振りで彼女は、僕を手招きした。


「こっちにきな。ご飯を食べに来たんだろ?」

「は、はい。そうです」

「まったく、あんたらはさっき約束したばっかりだろ。余計な詮索はしない、って。それを守れなきゃこの店から出て行きな」


 氷水の入った桶から、酒らしき瓶を持ち上げる。それも一つや二つでは無く、四つ同時にだ。


「でも、守れるってんなら……サービスするよ!!」


 静まり返っていた場はその成りを潜め、大きく盛り上がる。嫌な顔もしていたハンターたちもだ。まったく、現金な人たちだと僕は少し笑ってしまった。


「旅人さん、悪くは思わないでくれよ。あいつらにだって悪気はないんだよ」

「はい、わかってます。それよりも、さっきのは?」

「その前に、ご飯を出すよ。といっても昨日と同じもんしかないんだけどねぇ。大丈夫かい?」

「あっ、それは全然大丈夫です」


 女主人は僕に背中を向けて、準備を始めた。パンとシチューだけではなく、サラダでも用意してくれるのだろうか。


「あたしにはもう一人息子がいてねぇ、王都の兵士団に志願したんだよ」

「えっと……?」

「兵士団の試験は難しいって言うじゃないか。あたしの息子はねぇ、名誉にも兵士団に入団できたんだよ。昔から、腕っ節だけは強くてねぇ、親不者だったけど自慢の息子だったんだよ」


 確かに、世間では難しいと言われているようだった。しかし実態は、試験を受けた八割以上が受かり、何かしらの役職を与えられるというものだった。そんな現実を知っている僕は、何て言えばいいのかわからず黙って話を聞くことにした。


「ちょうど一年。一年前戦死したって言われてねぇ……あっ、生きていればお兄さんぐらいの年頃なんだよ」

「そう、なんですか」

「まぁ、そんな話はどうでもいいんだい。お兄さんのそのマントの下の服、それに見覚えがあるんだよ」


 心臓が一回、跳ね上がる。あの日付けていた鎧は捨ててきたから、王都の紋章がついたものが無い以上ばれることは無いと思っていた。あのリザードマンが言っていたように、装備はどこかで手に入れたと思われて、アイギスすらもちょうど拾ったと思われるようにと。

 これは、予想外の出来事だった。

 僕には恐れていたことがあった。ティータ王国王都ガイア兵士団、そこには破ってはならない掟があった。僕は、その掟をいくつも破ってしまっていた。さしあたって、すぐに目立ってしまうのはこれだろう。


 ――兵士団を脱退する際には、授かった全てのモノを返還せよ――


 だから僕は、いくつかの装備を捨て、紋章のついていないものばかりを選んで持ってきたというわけだ。ただ、アイギスはいけない。知名度が上がってしまった今、アイギスは一目見ればすぐにわかってしまう。

 目の前の女性には、僕がどう映っているのかはわからない。なぜならば僕がどんな経緯でここに来たのか、これからの予定はわからないからだ。ただ、やはりアイギスは見せるべきでは無かった。アイギスは、たかが一兵卒が所持を許されているものではない。であるならば、王都の兵士であることを隠していながら、アイギスを持っていることは何かやましいことがあることは明白だということだ。


「そんな顔をしなくていいんだよ。別にあたしはねぇ、告げ口なんてする気は無いんだ」


 僕の顔を見ずにそんなことを言われる。かなり動揺をしているけど、その言葉が本当かどうかの判断はできているつもりだった。


「何か事情があるんだろ?」

「はい」

「それなら聞かないよ」


 食欲をそそられる匂いと共に、僕のための食事が並べられていく。


「あの、なんで?」

「それは、お兄さんがこの村を救ってくれたからだよ。あたしたちが今こうして、生きて笑って馬鹿騒ぎ出来てるのはお兄さんのおかげだからねぇ。命あってこその人生。うちの馬鹿息子がいなくなってから気づいたんだよ」

「……僕がもっと前に力を出せていたら、息子さんも」

「早く食べな。せっかくのシチューが冷めちまうよ。シチューは熱いうちが一番なんだよ!」

「はい」


 スプーンを手に取り、一口飲み込む。とても熱くて口の中が火傷するかと思った。でもそれ以上に、心の中も暖まるような気がして、とても、とても美味しかった。


「美味しいです」

「そうかい、それは良かったよ。でもねぇ」


 そう言って僕の頬を両手で挟んだ。


「すこーし、お兄さんには笑顔が足りないよ。もっと笑っていいんだよ。その方がおいしくなるんだっ!」


 女主人は、歯を見せて豪快に笑った。僕もつられて笑顔になっていた。


「はいっ!」


 僕は知らなかった。笑顔一つでこうも、食事が楽しく美味しくなることを。今日食べたシチューの味を僕は、忘れないだろう。そして、これが笑って食べる食事の最後にならないことを強く願っていた。






「ねぇ、本当に良かったの?」

「何が?」

「何がって、あんたわかってるでしょ? あのまま村に残らなくてってこと」

「どうだろう。その気持ちはわからなくはないけど、少なくとも僕は半端者だからね。多分、あそこでの居場所は無いよ」

「私はそうは思わないけど、ね。あのおばさんだって、また絶対に来てほしいって言ってたし」


 酒場を出たすぐ先の広場、そこにはリザードマン達が一本の柱によって串刺しにされ、見世物にされていた。

 あれを見て、素直に可哀そうだと思った。あんな残酷なことをしなくても、とも思った。だけど、あの状態がずっと放置されているということは、言わずもがな、僕が例外であることを示しているはずだ。それが当たり前の世界で、僕が生きていけるわけがないんだ。


「また、あそこに行く機会があったら行くの?」

「どうだろうね」


 あの女性は、どうなんだろう。どっち側の人間なんだろうか。知りたいと思いつつも、知るのが恐くて僕は、あの村へは二度と訪れないと心に決めていた。


「それよりもリトル、これから南の国へ行くに当たってだけど、物資の補給がしばらく行えない山越えの東南のルートか、それとも迂回して平坦な道を進みつつファイスト領を目指す西のルートがあるけど、どうする?」

「うぅん、どうしよっか。私は目的地にたどり着ければなんでもいいからねぇ。もちろん、この姿を他のヒトに見られることなくだけど、ね」

「それはわかってるよ。だから、こうしてわざわざ僕は体をマントで隠しているんだから」


 先の予定を話ながら、僕たちは道を進んでいく。 

 僕の人生は、何とか先へと繋がっている。僕が今もこうして生きていられるのは、確証は無いけど、この小さなリトルのおかげ。最低でも一度、助けられている。

 僕にはわからない。彼女が僕を助けた理由が。この世に、打算無しの善意があるわけがない、そこまでは言わないけど、彼女が何かの理由を持って僕を助けてくれたことには違いないだろう。

 それでも僕は、彼女を全面的に信用しようと思う。どうせ、拾われた命だ。彼女が僕の道標になってくれると言うんだから、遠慮せずに僕も彼女に乗っかってしまおうかと思っている。


「じゃ、最短のルートで行きましょ。食べるものは、何とかなるわよ」

「了解」


 これから、険しい山々を超えての旅になる。せめて、足を引っ張らないようにしないと、と僕は気合を入れた。

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