表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アトレア・サーガ ~序章 運命の選択~  作者: 室井 連
第一章 半端な決意
5/59

「――はっ!?」


 上下左右目線を動かし、状況を確認していく。さっきまでいたはずのリトルはいなくて、代わりに先に見える者たちは、リザードマンと傭兵と、村の人たちだった。

 一体何が、僕はどうして――!!


「駄目だッ」


 何一つ状況は把握できていない。しかし、脳が危険だと叫んでいて、足をもたつかせながらも前方へ飛びあがり後ろへと振り返った。そこにはあいつがいた。


「へっ、ただのガキかと思えば、こいつはとんだ癖者ってわけか?」


 後ろに潜んでいたのは、リザードマンの同族であろう魔人であった。ただ、圧倒的にサイズが違う。こいつは多分、下級といわれるリザードマンの中でも稀有なタイプだ。


「はぁはぁ……」


 視界からの情報と、現在の状況とさっきまでの状況を把握しようとしているためか、頭の中が破裂しそうだった。

 予想するに、目の前にいるのは種族長クラス。そう仮定し、余計な思考をを停止して、過去から現在までの情報を一切遮断することにした。考えるべきは、これからどうするかの一点だけ。

 戦場に出たら、余計なことに捉われるな。目の前に集中しろ。って、あの人も言っていたんだ。秘かに覚悟を決めた。


「……一ついいことを教えてやる」

「おいおい、俺様に向かって教えてやるだと? 生意気な口を利くんじゃねぇ!!」


 一瞬、気圧されそうになる。だが、下からもこっちを向く視線がある以上そのことを表に出すわけにはいかない。けれども、手足は言うことをきかず、細かく揺れてしまっていた。


「どっちが生意気だよ。僕の武器は、これだぞ?」


 素早く腰からモノを取りだす。クロスボウと呼ばれる弓の外見に似たそれは、まだその名を世に知らしめてないうちは、新しい弓の一種だと勘違いされていたらしい。

 実態は、手を握るためのグリップに備え付けられた引き金を引く、それだけでことをなせる究極の魔装武具。グリップから上方に伸びた金属の細長い筒から吐き出される光は、魔人をこの世から消滅させることができる代物だ。名前は、アイギスという。

 

「はぁん、大した代物に違いねぇ。が、それを使えたらの話だけどよ」


 しかし、欠点もある。第一に、扱える人物が多くはないということ。第二に、アイギスから放たれる光球は人によって形や速度、力も違う。第三に、体中にある祝福の力を扱うために多用することはできない。

 こうした欠点はあるものの、アイギスの性能を顧みれば欠点など些細なものだ。目の前のリザードマンの言う通り、使えたらの話だが。


「この前の戦場で大勢の兵士が死んだって話じゃねぇか。おおかたそのアイギスは、拾ったやつに違いねぇ。人間どもは今大変だって言うじゃねぇか。そんな状況でアイギスを持った兵士がこんなところにいるかぁ? いないよなぁ!」


 そいつは、屋根の下にいる仲間に同意を求めていた。下の仲間たちからヤジが飛んでくる。そのどれも同意に賛成を求める答えだった。

 しかし、僕は気付いていた。相手にアイギスを見せたその瞬間、瞳がかすかに揺れ動いていたのに。

 手足の震えは止まり、僕は耳に入ってくるそれを全て無視する。確信があった。この対峙、自分に優位性があると。だから、僕は何も答えず、ひたすら親分と呼ばれる相手を見続けていた。

 みるみるうちに、男は表情を変えていく。不愉快そうに見えた。


「てめぇ、気にいらねぇな。なんとか言ったらどうだ?」

「じゃあ、聞くよ。お前らは僕が恐い――ッ」


 相手の尻尾が動くのを目視し、後ろへ飛び避ける。これでも結構おおげさに避けたつもりだったが、意外とぎりぎりの距離だったかもしれない。

 危なかった。口には出さないが、素直にそう思ってた。


「僕が恐いんだろ。アイギスは、お前ら下級魔族なんかが受けきれるものじゃないからね。もしも、こいつを使える人間だとしたらとか考えてるんだ」


 右手に持っていたアイギスを腰へと戻す。僕にとっての本番は、これからだった。


「でも、心配しないでいいよ。僕は使わないから」


 明らかな挑発だった。僕はそれでも、相手が乗ってくることはわかっていた。どこまで自己顕示欲が高そうな男だ。あいつらのボスとしてのプライドがあるんだろう。


「――ッ!!!!」


 声にならないうなり声を上げて、突っ込んできた。サイズがサイズなためか、迫力は十分感じるが早いわけではない。

 これなら捌ける。相手の拳をかわして、顔面に向かって蹴りでも食らわせてやればいい。そうすれば、屋根から地面へと転がり落ちて、僕の優位な展開へいけるはず。

 そして、僕は相手の攻撃を右へかわした。そこで僕は気づけた。


「くっ!?」


 相手は自身の攻撃に合わせて尻尾を振っていた。避けた先の僕の顔面へと伸びてくる。

 どこに逃げる? 右、左、上、下? 駄目だ、あの長さでは避けきれない、なら!


「ちっ、なかなかやるじゃねぇか」


 相手の尻尾へと合わせてジャンプし、殺傷能力の高い先端を避けて踏み台にする。そのまま思いっきり蹴りあげ、後方へと後退した。


「……くっ」


 着地をし、態勢を整える。相手を見る。余裕そうにへらへらと笑っているように見える。

 おそらく、先ほどの激昂は演技だったんだろう。引っかけたつもりがあやうく引っ掛かりそうになったわけだ。さすがは種族長クラスの魔人だ。戦闘経験に関して言えば、きっと僕は足元にも及ばないかもしれない。戦場に出る機会はあったにはあったが、僕はいつも補給と救護ばかりしていたから。

 いまさらそんなことを悔やんでも仕方ない。なら、アイギスを使うか――――それは、駄目だ。僕はここでアイギスを使わないと決めたんだ。そもそも、僕は本当にアイギスを使えるかどうかは本当は知らない。


「考え事はいけねぇな! 止まっていられる余裕があるのかよ!」

「ッ」


 距離を詰められる。余裕などあるわけも無く、相手からの攻撃をかわす。右腕、左腕、右足、左足、それに尻尾。4つの部位からは一辺倒な攻撃に見えるものの、尻尾が所々に織り交ぜられて、こっちからの攻撃のチャンスを見つけられない。

 幸いなところは、尻尾以外の攻撃の早さはさしあたり問題ないところ。だが尻尾が僕を襲うスピードは速く、かわすには難が有る。さらに、攻撃に緩急があって、中々尻尾のスピードに僕の眼は慣れてくれない。これでは、相手に捕まるのも時間の問題だ。


「中々当たらねぇな! 青くせぇガキにしてはよくやると思うぜ?」

「それは褒めてるのかな!」

「そうに決まってるんだろッ」


 あの人ならどうするんだろうか。僕みたいに、こんな大袈裟に避けたりせずに相手の予備動作を見極め、的確に動くはずだ。

 悔しいことに僕には恵まれたモノはあっても、技術はない。僕に、僕にあるものは……?


「俺様の攻撃をこうも不器用に避け続けるんだからな。てめぇみたいなガキは、いけねぇ! 生かしとくわけにはいけねぇ!!」

「いつッ!?」


 ついに避けきれず、相手の振りかぶった拳を腕で防御してしまう。早々以上の衝撃に組んだ腕は解けてしまった。


「そこだぜ!」


 ガラ空きになった体に、リザードマンの尻尾が襲い掛かってくる。避ける術も防御することもできなくて、僕は吹き飛ばされてしまう。


「ぐっ!」


 為す術無く屋根を転がって、衝撃を抑えきれず地面へと落下していく。僕の視界はぐるぐると回り、体中が痛み朦朧としてくる。


「いっ――」


 この光景に見覚えがあった。なぜか、リトルの顔が思い浮かんだ。あの現実がどうかわからない世界で彼女は確かに言った。

 ――力を受け入れて、と。

 彼女は一体何者なのだろう。一体僕の何を知っているんだろうか。このまま地面へと落ちたら、また僕は死ぬ。前があったのかわからないけど、次は無い気がする。死んでしまったら僕は、何も彼女のことがわからないまま死んでしまう。なぜか、それがとても惜しいと思った。


「まだ!」


 体を捻り腰からナイフを取り出す。躊躇うことなくそれを、左手の甲へ突き刺す。強烈な痛みが駆け抜ける。次の瞬間、体中の血が沸騰したかのように熱くなってくる。この感覚を僕は、二度経験している。

 その直後、僕の体は地面へと叩きつけられそうになる。考える間もなく、僕は右腕を地面へと叩きつけ、体を反転させていく。同時に、ナイフが突き刺さった手で小型の盾を取りだした。

 リザードマン特有の咆哮が耳に入ってきた。地面へ両足がついて、盾を屋根にいるあいつの方向へ向ける。迫ってくるものがあった。

 思考は追いついていない。でも、目の前に迫る火の球には気づいていた。盾へと力を流すイメージをした。盾は僕の力に反応してくれて、光を帯びていく。


「死ねない!!」


 火球を受け止める。その火の強さと大きさに怯みかけるが、僕は自分を信じた。


「死ねや!」


 圧倒されそうな重量だったが、右手に持った盾で弾くことができた。それは村の外の木へと直撃し、木は一瞬で灰になった。


「ちっ、くそが。やっぱりてめぇ、普通の人間じゃねぇな。てめぇは……生かしといちゃならねぇ人間だ!」


 相手は屋根から動き出す。相変わらず思考が状況の変化についていけず、自身がどう行動すればいいかはわからない。だから、直感に従って僕は動く。

 地面を蹴り上げる。一度のまばたきで僕はあいつの目の前にいた。


「ば、化け、も」

「――どっちが」


 顔面を蹴り屋根から、空中へと追い出す。相手に追いつくために屋根を蹴る。嫌な感触がし、僕は心の中で村の人に謝った。確認する暇などないけど、おそらく屋根に穴を開けただろう。


「だよ!!」


 相手へと追いつくと地面へ叩きつけるように、相手の胴体に向かってかかとを落とした。村の人もハンターも、相手の仲間のリザードマンもいない地面へと落ちた。大きな地響きがなり、リザードマンの親玉は地面へのめり込まれた。

 追って、僕は着地をした。相手は仰向けに転がり、震えるように体が動いていた。目が合う。動きたくても、動けないようだ。目が震えている。僕のことを恐れているのだろうか。


「はぁ……はぁ――――っ!」


 左手の甲に刺さりっぱなしだったナイフを抜いた。僕はそのナイフを見つめ、盾に力を込めた時のようにナイフにも力を込める。刃に光が帯びて輝いていく。邪魔になった盾を地面へと置き、地面へ這いつくばる相手へと向かっていく。

 躊躇わないで、僕はそう言われた。だけど、本当に躊躇わなくていいのだろうか。ここで、相手にとどめを指す必要が果たして……本当に、あるのか? 上手くいけば、リザードマンたちは撤退してくれて、このトードー村を襲うことだって。それに、仮に僕が殺さなくてもハンターが代わりに殺して――


「やっぱり僕は僕ってことか。最低な臆病者で、あの人の面汚しって言われるわけだよ。この後に及んでまだ、覚悟ができていなかったなんて」


 多分、僕はずっとそうやって、誰でもない自分に言い訳して、誰かに罪を被ってもらっていた。誰かが誰かを罰しているのを横目で眺めて、自分はやってないから平気だと叫んで。嫌なことを嫌って言って、誰にも受け入れてもらえないことを自分のせいじゃないと血を恨んで。自分だけではなく世界も恨んで、見捨てられたなんて勘違いして。

 全部違かったんだ。僕が受け入れられないのは、あくまでも僕の行いのせい。偽善者ぶって、気持ちのいいことしかやろうとしなかった僕のせいなんだ。

 だからこそ今日、僕は生まれ変わらなければいけないような気がする。


「今から僕は、君を殺す。いいよね?」

「……いいも、悪いもねぇだろ。レイア様の掟は、力こそが絶対。こうして負けちまった以上、俺様は奪われるだけの敗者だぜ」

「そうだ、ね。そうだ、きっとそうだ、よ」

「なんてな!!」


 僕を襲う尻尾を冷静に切り落とす。尻尾の切れ端から紫色の血が噴き出し顔面が汚れる。もはや、気にするに値することではない。

 僕はこれから、最低からヒト殺しへと昇華する。


「そうだ――きっとそうだッ!!」


 手に持ったナイフを胸部へと突き刺す。命を奪うってことはもっと抵抗があると思ったが、簡単に心臓を突き破り、あまりにもあっけなく命の灯は消え去った。


「はぁ、はぁ……」


 顔面が、体が、血まみれになる。途端、意識が朦朧としてきた。ショックのせいなのか、力のせいなのか僕にはわからない。わからないけど、僕はそのまま倒れた。

 相手の心臓が止まっているのかを、確かめるように。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ