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あれから少し時間をおいて、僕は食事をした。もちろん、領主の屋敷で出される食事だ。僕が食べたことのないものばかりが並び、美味しいはず、という感想以外が持てなかった。女性の召使いの方に手伝われたのもあるだろうけど、落ち着かないという緊張が一番だ。そして、それらが終わった後、姉さんは再び僕の前に現れた。さっきのように椅子に腰をかけたのだった。
「クロト、私は王都ガイア兵士団の隊長としていくつか事実確認をしなければいけないことがあります」
「……はい」
「まず一つ、このアイギスはクロノス総隊長のものですね?」
黒く輝くアイギスが隊長から提示される。僕の持ち物はほとんどが没収されていることには既に気づいていた。
「はい、クロノス様が息を引き取る直前に、自分は言伝とともにアイギスを手渡されました」
「そのお話は後で聞くことにします。次にですが、こちらの盾とナイフは兵士団から授かったものですか?」
「盾はそうです。ナイフは、自分が兵士団へと入団する以前にクロノス様から頂いたものであります。盾の裏には小さな紋章が刻まれているはずですが、ナイフには一切無いはずです」
「……そのようですね。私が知らないものでありますが、事実のようです」
僕の持ち物が、兵士団から授かったものとそうでないものに分けられていく。これはいわば、当然の儀式だ。僕はもういくつかの掟を破ってしまっている。あの王都ガイアの南門の戦いの先遣隊の生き残りであるのにも関わらず、報告はおろか、衛生兵として生存者の救護すらしていないと思われてしまうはずだ。
「他に身につけていたものがあるはずですが、それらはどうしましたか?」
「道中で捨てました。トードー村へ向かう最中の森の中へ埋めました」
僕が目を覚ました時には、もう既にその森にいた。しかし残念ながら、僕にはそれを証明する術は無い。
「そうですか、それは確かなようですね。ファイスト領には出回っていなようですから。これまでで、何か弁解はありますか?」
「……いいえ、ありません。僕は、全てが終わった後、あの戦場を逃げ出しました」
「全てが終わったあと、ですか……」
そこで、彼女は自分の手のひらを見た。あれは、何か考えている時に姉さんがよくする仕草だった。僕はおかしいことでも言ったのだろうか。彼女の目がひと際険しくなったような気もする。
「その戦場で、クロノス総隊長を葬った人物に心当たりはありますか?」
「……え?」
「あるのですか?」
「あ、あります」
これは、わざわざ聞かれることなのだろうか。いや、これは事実確認に過ぎない、だからだろう。僕は質問に答えることにする。
「サイクロプスです。追い詰められたクロノス様は、アイギスを使ってサイクロプスの心臓を貫いた後に、奴の光線によって命を落とされました」
「……それは整合性に欠けますね」
「えっと、それはどういう意味ですか?」
何か前後でおかしい話があっただろうか。僕には特に、疑問だと思える点は無かった。
「もう一度お聞きします。貴方は、クロノス総隊長がサイクロプスに殺されたところを目にしたのですね?」
「はい、即死でした」
「そうですか。では次の質問に移ります」
納得したのかしていないのかは、僕には読み取れない。なにせ相手は、氷のようだと揶揄されている女性だ。僕に、今の彼女の考えを読み取るのは至難の業だ。
「さっき貴方が話した、言伝について聞かせてください」
「……はい」
一瞬、話していいか悩む。でも、姉でもある彼女に話さないで、一体僕は誰に話すのだろうと思い直した。そう、話す必要がある。
「南の国へ行けと。そこの都の城に母がいる、と。僕はそう言われました」
「それは、事実なのですね?」
「はい、間違いありません」
今でも何度でも思い出す。あの時のあの人の姿を。僕は忘れちゃいけないと思っている。
「それで南の国へ向かうために、貴方は王都ガイアを離れたということですね」
「はい」
「その気持ちは、現在も変わりありませんか?」
「……はい」
小さく息を吐く音が耳に入る。それが呆れから出るため息か、自然に出た息の音なのかはまたもや理解はできない。でもどちらかというと、後者であるんだろう。僕から目を逸らし、天井を見上げているし。
そう思ったが、突然そこに置いてあるアイギスを持ちそれを天井へと向けた。
「ラトス隊長、どうしたんですか?」
険しい表情をして、そのままの姿勢を続ける。そして、引き金へと指をかけて力を込めていく。引き金が完全に降りきる直前で、アイギスを元の場所へと下して僕へと顔を向けた。
「いえ、何でもありません。少し考え事をしていました」
「そう、ですか」
明らかに何でもないはずはない。かといって、それを問いかけて答えてくれる意思がないのも目に見えている。
何かあってああいう真似をした、その事実は覚えておくことにしよう。
「クロト、ここからは姉としてお話します。私はクロトが南の国へと行くということ、止めはしません」
「はい」
「ただそうなってしまう場合、兵士団を脱退してもらうことになります」
その事実を突き付けられた時、僕はひどく動揺すると思っていた。でも意外と、冷静でいられていることに気付いた。いつのまにか覚悟は決まっていたといことなのか、元々兵士団に在籍していたくなかったことなのか、僕にはわからない。
ただ僕は、はっきりと南の国へと行くべきだと思っている。あの時は逃げる口実に過ぎなかったけど、今はどこか使命感をかんじているからだ。
「構いません」
決意を告げると、姉さんは一度瞬きをして立ち上がる。そして窓際へと向かい、窓から外を見る。
「一つだけ、約束してください」
「……約束?」
「えぇ、約束です」
振り返る。僕の目をまっすぐに見つめていた。
「生きて必ず私の許へと戻ってくると」
僕も正面から逃げずに見つめる。答えは決まっている。
「必ず。僕は必ず生きて戻ってくるよ。昔の約束も、忘れたわけじゃない」
「それを聞いて安心しました。それならば、クロトに一つ私の命を預けます」
姉さんは、腰に携えていた二つの白塗りのアイギスの片方を取りだした。この場面、僕は見覚えがある。だけど立場は違う。
「姉さん、でもこれは、僕はもう兵士団を完全に。それにこれは姉さんの大事な武器だよね?」
「大丈夫ですよ。私には、父上のアイギスもあります」
「でも」
「いいから、受け取りなさい」
そう言って、僕の手へと握らせる。ずっしりとした重さがある。父さんのアイギスよりも後に作られたせいか、金属で加工を加え、強固なものへと仕上げられているのだろう。多少の攻撃であれば、受け止めるのは問題なさそうだ。
そうやって観察していると、声が耳に入ってくる。
「クロト」
顔を上げる。姉さんは笑みを浮かべていた。
「迷った時には、このアイギスを見て、私との約束を思い出してください。必ずやクロトを迷いから振り解き、望む所へ導くでしょう」
そうして僕の顔へと近づいてくる。僕は金縛りを受けたかのように体を動かせない。そのまま、姉さんの行動を見守ることしかできなかった。
姉さんは、僕の額へと一度キスをした。少しだけ、体温が上がった気がした。
「もう一つ、忘れないでください。貴方と共に過ごした家族は、私と父上だけ、ということを」
「うん」
僕はただ、勘違いをしていたのかもしれない。自分が半人だから、自分ができそこないになってしまったからって、二人が僕を見捨てたのだと。だけどきっと、そうじゃなかった。だって僕たちは家族で、共に過ごしてきた大切な思い出だってある。
あくまでも僕が、二人から距離を取っただけ。そうだったんだ。
「必ず、僕は」
リトルは近くにはいない。ただ僕は誓った。南の国へと行く。だけど、そこは終着点などではなく、通過点でありたいということを。
関係の無い話かもしれない。それでも僕は、彼女にこの決意を聞いてほしいと思っていた。
「生きて、戻るよ」
約束が一つ増えた。これからは、僕は僕の命も守ることも考えなければいけない。重荷になるかもしれない。けれどこの約束は、少しでも前向きに生きるための理由になる。僕にはそれが本当に嬉しかった。




