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ファイスト領南門、そこで今、魔人の掃討作戦が行われようとしていた。10人ほどの弓士は南門の後門から狙撃。30人ほどの広場に集ったハンターは、魔人が入り次第各個撃破。
それが各ハンターに与えられた仕事。ファイスト領の兵士5人の仕事は、前門を開ける偽の内通者が一人、後門を開け閉めをするのが一人、南門の上で彼らの護衛と地上の兵士に合図を送るものが二人、広場の後方で全体を指揮するのが一人、となっているらしい。ハンターでも兵士でもない僕は異色ながらも、ヘメラルさんの護衛及び南門に上がってくる魔人をこの空間に入れないのが仕事となっている。
「……足音が聞こえる」
遥か遠くから、音が聞こえる。軽快なスピードに乗った何かの音?
この音には聞き覚えがある。僕は目を閉じて耳を澄ませて、そこにあるはずの音以外を遮断してみる。随分と遠くから足音は聞こえるけど、その音は重量感はなく、複数の足音、これは敵が一人ではないから当然。気になるのは、軽い足音と独特に思えるそのリズム。
「馬?」
そうこのリズムは、馬に近い。かといって、馬に誰かが乗っていればもっと音に重さが響いていてもおかしくはない。であるならば……今日相手をする魔人は想像がついた。
「魔人が来ますよ」
近くにいた兵士に聞こえるように言う。兵士は、耳を傾けて首を傾げた。
「何も聞こえないぞ? 確かにそろそろ約束した時間だが」
「聞こえます。彼らはちゃんと陣形を保ったまま、こちらに向かっているようです」
「…………聞こえた。君は耳がいいんだな」
兵士にお礼を言われ、僕は小さく頷いた。顔を地面へと向ける。地面はどこで見てもいつも同じだな、と思った。じゃあ僕は? もしかすると、どこか違うように見えたのかもしれない。失敗した。
そう考えたが、今はそんな細かいことを気にしている場合ではない。先は、まずは生き残ってから存分に悩めばいい。
「お前ら、そろそろ奴らが来る。いいか、くれぐれもあいつらが入りきる前に弓を放つんじゃないぞ」
そう言われたハンター達は、各々武器を取り出して準備をしていく。正確にいえば、準備されきっている装備を取りだしただけだ。ここで準備をしていく人はさすがにいない。
各々の弓は形や大きさは違うけど、おそらくどれも魔装武具であることは十分に予想できる。こんなにも色んな種類の弓の魔装武具があるのかと、素直に感じた。王都の兵士にも弓の魔装武具を使う者達がいるが、皆一様に同じものを使っていたからだ。
やはり、このファイスト領の武器の流通、もしくは製造には王都ガイアで使われていない技術があるんじゃないかと思えた。この戦いで無事生き残れたら、鍛冶屋に足を運んでみよう。
と、少し脱線していることを考えていると、本格的に遠くから足音が響いてきていた。兵士は、下の広場の兵士へと合図を送る。広場の兵士は、こちら側の下の方へ何か合図を送った。すると、僕達の真下の門が開いてゆくのがわかった。かすかに振動もする。
「やっと、お出ましってわけかよ」
「あぁ、お楽しみの時間だぜ」
二人のハンターがニヤニヤしながらそんなことを言っていた。随分と余裕そうだ。
「私語は慎め」
「固いこと言うなよ。ちゃんと仕事はするぜ?」
「本作戦は、敵にばれた瞬間に意味を為さなくなる。そのことを理解しているのか?」
「へいへい、わかったわかった」
人によっては不快に思う人がいるかもしれないけど、さして僕には気にならなかった。軽口を言いあって、緊張から体をほぐそうとしていた兵士は意外と多かったからだ。ああゆうタイプの方が、予想外の出来事に対応できる、なんてパターンもあった。
っていけない。もうすぐ、敵は来る。こんなことにとらわれてるようじゃ駄目だ。
「…………」
再び目を閉じて、音に集中する。下の門は上がりきり、前門が上げられる音が聞こえた。それに合わさって足音も聞こえる。やはり、陣系を維持したままか。このまま固まって行動するんだろう。それはこちらにとって都合が良い。
「止まれ!!」
前門から大きな声が響く。これは合図だ。足音も止んだ。僕の鼓動はドクドクと脈打つ。
「うちのバカ領主は、中央の館で寝ている。今のうちに、殺っちまってくれ」
「人間よ、本当にいいのか?」
「良いに決まってる。どうせこの戦い、人間なんかに勝ち目なんてない。俺は、魔人に支配されても家族が生きて、まっとうな暮らしさえできればいいんだ」
「それは約束しよう」
嫌に鼓動がうるさい気がする。実を言うと、少し嫌な予感がしていた。
この作戦、本当に上手くいくのだろうか、と。その懸念は、残念ながらも当たってしまう。
「人間よ、ここまでご苦労だった」
とても嫌な音が聞こえた。人の肉が裂けて、何か許しを乞うようなうめき声と、こと切れる間際の恨み言が。この一連の流れ、僕は戦場で何度も見てきた。どの人間も、生き残れないほどに傷ついてしまった人間だった。
「愚かな人間どもよ!!」
魔人は、大きな声で告げる。これは、僕らが潜んでいることを予想していた、もしくは知っていたということだ。
「壁の中に隠れ機会を伺う臆病者どもよ! これより我らは、レイア様の掟に従い貴様らを屠る!」
僕は兵士を見る。まだ落ち着いているようで、この事態を想定していたといことだろう。もう一方の兵士は、手でまだ動くなとハンターに合図を送っていた。ハンター達もそれに黙って従っている。僕も黙って、その場に留まる。
「我が先を行く! 我に続き、魔人としての誇りを掲げ、戦果を上げるのだ! 死など恐るるに足らず。人間どもに我らの血と奴らの血、どちらが優秀であることを示せ!」
「うおぉぉぉッ!!!」
魔人達の叫び声がこだまする。続いて、遠慮のない足音が入り乱れ、こちらへとどんどん音が大きくなっていく。
隣にいた兵士にも動きがある。ハンターたちを広場の方へ、兵士の一人は広場側へ残り、もう一方は外の方へ、僕は中間へとずれていたが、手で招かれて外の方へと。
「わかっていると思うが、状況は変わった。君はここで奴らを見て、広場へと入りきったらあそこにいるハイネスに合図を送ってくれ」
「えっと、はい」
「私は、広場へ行って門を下してくる。運が良かったら――なんてな。君とはここでお別れになるな。せめて君は、生き残るんだぞ」
「あ、あの」
前門を通り過ぎ、後門へと入ってくる音が聞こえる。状況は刻一刻変化しつつある。しかし僕は、その兵士に聞きたいことがあった。
「死ぬのが、怖くないんですか?」
兵士は間抜けな顔をしてみせた。僕の質問の意図がわからないのか、そもそもどうしてこんな質問をするのか、といったような表情だ。
僕自身、間抜けな質問をしているのはわかる。でも僕は、あの時死を賭して守られた故に、聞いておかなければならない。
「怖いさ」
「じゃあ、なぜ?」
「私が死ぬよりも、家族が魔人に殺される方が何倍も怖いからだ。だから私は、この先の自分の未来が少しだけ怖くない」
それだけ言うと兵士は扉を開け、階段を下りて行った。本当のことを言うと、僕にはまだ聞きたいことがあった。でもそれはきっと、あの兵士に答えを求めることは間違っていて、これからもその真実を探し出すことはできなくて。僕があの人に守られたことを、気まぐれだって期待するなって、言い聞かせることしかできなかった。
「駄目だ。集中しろ」
ちょっとだけ顔を出して前門を見下ろす。馬に似た魔人が、続々と橋を駆け抜けてくる。先頭にいる大きい魔人が広場へと入ってくる。続けて、一人二人、また一人と広場へと押し寄せてくる。後方の広場からは、金属音や誰かの叫び声、はたまた笑い声。広場が戦場へと移り変わったことがわかる。
一つ、深い呼吸をする。最後の魔人が入る。僕はハイネスと呼ばれていた兵士へと合図を送る。頷くと同時に、彼はハンターたちへ号令を出した。
「撃て!」
静かに僕は、最後のため息をついてしまう。
もう引き返すことも、逃げることも、僕はできないことを知っていた。
戦いは始まったのだ。




