「塔」~降り注ぐ雷
「やっ・・・!」
咄嗟に閉ざされる叫び。
眼前では、まさに異端狩りの巨大な鎌が振り上げられる。
駆け寄りたいのに、強靭な力でとりおさられる。
「あ・・・アルビス、汝が娘だけは私が守りきろう・・」
強靭な力で私を抑える男は、そうつぶやき、私の顔を覆った。
でも見えてしまった。
振り下ろされる鎌が。
恐ろしい速度で振り下ろされ、
胴体から爆ぜるように切り離され、
宙を舞う父の首が。
「・・・!!!」
声にならない声を更に力をくわえ口を押えられ、かき消される。
宙から地に落ち転がった父のそれが、
最後はこちらを向き、私を見つけ微笑を浮かべて、
安心したかのように目をとじた。
「おとうさぁぁーーーーーーーーーっ!!」
王都から遠く離れた村宿のベッドで起き上がった。
5年前のことだ。
昨日の事のように、また、夢に見たのだった。
ドンドンと、扉を叩く音と、声が
「お客さん!大丈夫ですかい?!叫び声がしましたが?」
「あ、すまない・・大丈夫だ・・」
宿の主人が心配して来てくれたようだ。
「そうですかい。なら良かった。あ・・朝飯の準備はできてるんで、
支度できたら、下にきてくだせぇ。今日は良い河魚が手に入ったんだぁ。」
少しなまりの強い主人は空気を変えるように知らせてくれた。
「あ~ありがとう。支度出来次第、すぐ降りるよ。」
「えぇ、ゆっくりでいいですぜぇ。降りてきたら河魚焼きますからねぇ」
5年前のあの日から王都を逃れ、村を転々とする日々。
私を逃がしてくれた父の友人、私の叫びを抑え見つかることを防いでくれた恩人はもういない。
異端狩りにやられたのではない。
もともとの病に加え、私を連れての逃亡生活で2つ前の村で天に召されたのだ。
1人になってからも逃亡生活は続いている。
支度を済ませ、父の形見の星詠みのカードを腰に携える。
父は、アルビスは、異端の星詠みだ。
クライスト正教は、星詠みの力を黒魔術として弾圧している。
アルビスは星詠みの力で貧しい人々の病気やけがを治して回っていた。
クライスト正教は貴族や商人の治癒はするが、
貧民街の赤ん坊に助けの手を与えたりはしないのだ。
階段を下りていくと、テーブルにはすでに2人の客が座っており、
朝食をとっていた。
2人とは、離れたテーブルにつく。逃亡生活の習慣だ。
「あ~、きなすったね。御嬢さん、少し待ってくださいね。
すぐに河魚焼き上げますからねぇ。」
宿の主人がなまりながらもすぐに私に気づき声をかけてくれる。
「へぇ~この物騒なご時世に女性の一人旅ですかぁ?」
客の一人で無遠慮に声をかけてくる。
「えぇ・・」
そこで会話を終わらせたい意思を込めて返事をしたつもりだったが、
無遠慮なその商人風な客は続けてくる。
「感心しませんなぁ~。先日、教皇様もお触れを出されて、
異端の増加を徹底的に弾圧するとされたばかりじゃぁ~。
王都だけじゃなくって、こんな田舎の村にも異端狩りが鎌ぶらさげて、
うろうろしとるんじゃぁ~。
女一人不審がられるのは間違いないですぞぉ~。」
「そうですね。ただ、ちょっと行く当てが・・っ!」
そう言いかけて、眼前に振り下ろされた大鎌を後ろに跳び、避けた!
「ほうぅ~いい動きをされる・・星詠みの娘!」
異端狩りか!
気が付くと、宿屋の主人は鎌で首を抑えられ震えている。
もう一人の客が、スプーンを置くと振り返り、口をひらく。
「探したぞ、ネメアン。キリスは死んだみたいだな~。
ちゃんとネムルの村で墓を掘り起こして確認したよ・・ふっ」
なんということだ!こいつら私の恩人の墓を暴いたのだ!
「貴様らっ!」
「あらら、御嬢さん、アルビスからそんなはしたない言葉遣いはダメだと教わらなかったのかい?」
商人風の異端狩りが合せる。
「ボスぅ~そらぁ無理ですぜぇ。こいつの父親、首から先なくなっちゃいましたからねぇ・・
へっへっ、教えたくても、口がございません。」
血が足先から、頭の頂点まで急激に昇るのがわかった。
「・・・星よ!導きを!」
腰からカードを5枚ひく。
瞬間、「塔」のカードを掲げる!
「神に背きし驕り高ぶる者に天罰を!!」
目の前の異端狩り2人に雷が降り注ぐ!周りのテーブルや椅子も巻き込んで、
爆ぜ、焼け焦げていく。
商人風の男は黒く炭に変貌し崩れ落ちた。
ボスと呼ばれた異端狩りは、膝をつきはしたが、一瞬の後、立ち上がった。
「ふふ、教皇庁が小娘一人を血眼で追うわけだよ、これだけの力・・!」
言い終わるか、終わらないうちに懐から小ぶりの棒を取り出し振り上げて
飛びかかってくる。
棒の先からは、刃が横に飛出し、やはりこれも鎌になった!
2枚目のカードを眼前に掲げる。
「幸運の神よ!その輪をもって我を守れ!」
「運命の輪」のカードは私の周りを光のベールで包む。
はじかれる鎌と異端狩りの男。
後ろに跳び退り、ボスと呼ばれた男は、宿屋の主人を抑えている男に目配せをする。
刹那、それまで宿屋の主人の首に鎌を当てていた男は、
そのまま無残にも主人の首をはねたかと思うと、
その返り血を浴びながら、私に跳びかかってきた。
「審判」を掲げる。
「星々よ、その佇む空を駆け抜けろ!」
瞬間飛びかかってきた男の姿は消えた。
宿屋の外から、悲鳴が聞こえた!
瞬間転移をさせたのだ。宿屋の外には、井戸がある。
そこへ移送した。飛びかかっていた異端狩りの男は今は井戸の底に落下し、
即死しているだろう。
水が枯れて、久しくなると昨日宿屋の主人が、奥底深くをのぞきながら
教えてくれたのだ。
やられた二人の異端狩りとは明らかに違う豪奢な服をまとったその男は、
最後の一人になり、私をにらみ、こう言った。
「終わったと思うなよ、星詠みの娘!悪魔の力を振りかざし、
世の安寧を乱す限り、教皇は刺客を送り続ける。
お前の父、アルビスと同じく、お前の首も王都に跳ね上がる日を
楽しみにしていろっ!」
そう呪って、男は移動魔法を唱え、消えた。
落ち着いて見渡すと、河魚を私のために焼いてくれると言っていた
なまりの強い主人の首が転がっていた。
「・・・わたしのせいだ・・」
早くこの村から離れねば。
すでに、騒ぎを聞きつけ、扉の向こうでは大勢の村人の声がしていた。
裏口から、森へ駆け抜けた。
どこへ行くかはあてはない。