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憑きモノ王子とダークな騎士団  作者: 漆之黒褐
第1章 『憑きモノ王子の旅立ち』
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第5.5話 シルバーパール伯爵

 リース一行がカザスの村に到着した日。

 この地の領主ルドル・ヒェン=シルバーパール伯爵は、迷宮の入口を監視している塔を訪れていた。


 同じ大きさに切り揃えられた石材を使い、居住性より高さを優先して組み上げられたその建造物は、ルドル伯爵と共に訪れた兵士達の誰もが一見しただけで分かる、大人数が宿泊する事は不可能な建造物。

 シルバーパール領が誕生する前よりも昔から存在する、極めて重要度の高い監視塔。

 その存在は、この地における迷宮の危険性を端的に示していると言える。


「大事はないか?」


 護衛の精鋭兵達を引き連れ塔に入ったルドル伯爵は、その塔で監視の任にあたっていた馴染みの兵士にそう問いかける。


「はい。今季も迷宮から高位のモンスターが出てきた様子はありません」


 管理者も兼ねている中年の兵士――ガラグルは、一瞬だけルドル伯爵の方へと向き直り敬礼した。

 彼の視線はすぐに眼下に見える迷宮の入口へと戻る。

 付近では、塔の外で野宿する事となった兵士達が慣れた手つきで準備を進めていた。


「探索者達は?」


「3組がこの入口より入っております。出てきた者はおりません」


「抜けたか」


「恐らく」


 ルドル伯爵は迷宮に入った者達の名簿を手に取り、そこに見知った名が無い事を確認する。

 最近モンスター達が活性化していた。

 そう簡単にくたばるような者達では無いが、動向だけは把握しておきたい。

 いつもの巡察経路を大幅に変更し、旅程を伸ばしてまでこの目で確認して回ったその最後の巡察地だったが、全て空振りに終わったのは少し想定外だった。


 モンスター達が活性化しているせいで手空きの兵も少なく、さして重要でも無い個人的な都合でその兵達を動かすのは忍びない。

 居候の騎士達に頼むという選択もあった。

 が、今回ばかりは見送って良かったと、ルドル伯爵は心の底で安堵していた。


 反面、複雑な心境でもあったが。


「やはりご心配ですかな、ルドル様」


 雰囲気だけで主の悩み事を誘ったガラグルに、ルドルは苦笑いを浮かべる。


「こんな所にまで伝わっておるのか。どこからの情報だ?」


「今朝、迷宮に入っていった者達です。噂好きの口が4つもありましたからな」


「名簿の一番下にあるこいつらか。男1に女4だと? よく崩壊しないな」


「奴隷でしょう。発情期の対処法としてはそれもアリかと」


「それは同情するな」


「まことに」


 獣人族にとって、雌の発情期は昔から悩みの種。

 一時的な狂暴化、尽きない性慾、事後の問題、望まれない子供の増加とそれに伴う糧食問題、雇用問題。

 最後のは避妊対策が確立してからは比較的顕著になったが、それ以外は未だに火種は多い。

 雌達にとって、それは本当に深刻な問題だった。


 本能を抑え続けるのは辛い。

 その解決策の一つとして奴隷を利用するというのが、未婚の女性達のみで構成された迷宮探索者達の間で徐々に広がっていた。


「娘は一目で気に入ってしまった様だがな。だが、嫁にやるつもりはない、娘をお嫁なんかにはいかせない」


「親バカですか」


「この感情は理屈では無いのだ。御前も娘を持てば分かる」


「その前に結婚ですな。まぁ、子供ならどこかにはいそうですが。具体的には近くの村あたりに」


 時々、非番の日に出かける村の方角をガラグルは見る。

 その視線の先の意味するところをルドル伯爵の側で控えていた護衛兵達も察し、苦笑させた。

 広大な木天蓼畑には至る所に死角がある。

 どちらも慣れたもので、それは娯楽の少ないその村ならではの処世術でもあった。


「早く相手を見つけて都市勤務に戻ってこい」


「私にはここが性に合ってますので」


 飾らない素の笑顔を伯爵に見せたガラグルは、しばし昔の事を思い出した。

 幼少の頃からの付き合いとはいえ、2人の間には身分という壁がある。

 あまり親しすぎるのも問題だとガラグルは考えていた。

 それはいらぬ誤解と面倒を呼び込む。

 それを嫌い、ガラグルはこの辺境の地での勤務を希望した。

 功績とは縁遠い退屈な毎日ではあるが、それなりに楽しみもあるためガラグルは今の生活を満足していた。

 ここならばあまり身分を気にする事無く腐れ縁の親友と話す事も出来る。


「私もリース様の噂を、この地を訪れる探索者達から集めました。あまり良い噂は聞かぬようですな」


「ほう? それはどのような噂だ?」


「武人には程遠く。将としての器も見当たらず。覇気は皆無。仁君の素質はあれど、平和な時には恵まれず。奴隷となれば一財産は稼げるだろうと」


「なんだそれは。あまりどころか散々ではないか」


「ですが、後継者から外したうえで婿とするならば、娘の幸せは約束されるのではないでしょうか? 身分も育ちも申し分無い。祖国は遠く離れた地。家の柵も無い。良縁ですぞ?」


 言葉を続けるうちにルドル伯爵の顔はどんどんしかめっ面になっていた。

 ガルグルは2人の縁に賛成の立場――親友の娘の恋を応援しようと援護したつもりだったが、それは却って油に火を注ぐ結果になっていた。


「まるで話にならんな。平和な時だと? そのようなもの、いったいどこにあるというのだ。それに軟弱者に娘はやれん。せめて儂を打ち負かす程度の強さがなければ」


 力尽くで奪ってみろとルドル伯爵は言い放つ。

 強引な手段に訴え、結婚を反対している親から花嫁を強奪するという行為は、獣人族の中ではよくある事だった。


「そんな無茶な」


 が、それはあくまでも一般的な話に限る。

 領主でありながら武人としてもこの地方では最強の部類に入るルドル伯爵と戦って勝てというのは無茶もいいところ。

 毎年開催される闘技祭で優勝する事よりも難しい条件だった。


「――そうか、初めからそうすれば良かったのだな」


「?」


 暫し熟考した後、ルドル伯爵は呟く。

 誰に聞かせるでもなく、しかしそれは既に決定事項の様に。


「さっさと潰してしまえば良いのだ、そんな軟弱者は。いくら娘が望もうと、相手が逃げてしまえば――いなくなってしまえば娘も諦めがつこう」


「あ~、ルドル様?」


「いきなり儂が相手をするのも何だな。兵達の訓練も兼ねて、下から順にぶつけてみるか。そのうち事故も起きよう。起きぬのなら闘技祭に放り込めば良い。もし万が一勝ち抜きおった場合には、その時は儂が直々に……」


 暴走し始めた親友が凶悪な笑みを浮かべて、遂には暗殺計画まで発展していくのをガラグルは見守る事にした。

 それはある意味、父親が娘を嫁に出すために行われる儀式の様なもの。

 今のルドル伯爵と同様、物騒な事を呟いていた者達に心当たりがあった。

 ガラグルはそれも通過儀礼だとして、親友の娘に見初められてしまった青年に同情した。


「私までお鉢が巡ってくると喜ばしいのですが」


 そして、それはそれ。

 生まれる前から知っている親友の娘の事を同じ様に大事に思っていたガラグルもまた、まだ見ぬ青年へと密かに闘志を漲らせていた。






娘「父上。父上は母様の何処を気に入ったのでしょうか?」

父「……儂に選択権は無かった。この世は弱肉強食」

娘「……それでは、私が父上をのしても問題無いという事でしょうか?」

父「!?」

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