第5話 初めての狩り
「今夜はこの宿にお泊まり下さい。夕食の御用意も致します」
カザスの村は、猫獣族の村だった。
歓待してくれた村長以下全員が猫耳。
モフリストの血が騒ぐ。
「娘を宿の手伝いに残しますので、何か御用の際には何なりとお申し付け下さい」
「あ、ありがとうございます……」
その娘は今、リースを後ろから抱き締めてモフっていた。
俺がモフりたいのに、リーフがモフられていた。
困惑しているリースが村長に助けを求めるが、ついっと視線が反らされる。
村長は娘を生贄に捧げた。
それは処世術。
貴族・平民の世界では良くある事。
しかし、これではどっちが生贄か甚だ疑問だった。
尚、娘は酔っぱらっている。
まだ昼過ぎなのに恍惚の表情を浮かべて酩酊していた。
カザスの村の名産は木天蓼酒。
酒を造るのは男性達。
原料となる木天蓼を育てるのは女性達。
この時間、女性達のほとんどは木天蓼の畑に出ている。
リース達が村を訪問した事で、娘は急遽、畑から呼び戻されていた。
そして、リースを見るなりギュッと。
酔っ払いに説得は通じない。
酒臭い女性に良い感情はうまれない。
「ルドル伯爵は明日の夕刻にお見えになる予定です。リース様の歓待は明日の夜、改めて行わせて頂きますので、お付きの方々も今夜はごゆるりとお楽しみ下さい」
歓待は明日の夜。
ならば、今夜はいったい何を楽しむというのか。
愚問である。
リースはきっと食べられる方だろう。
「レオン、ナハト、アレック。剣の稽古がしたいんだけど、付きあってくれるかな?」
「もちろんです、リース様」
「喜んで!」
「っす」
リースは適当に理由を付けて娘から逃げ出した。
村の中で剣を抜くのは物騒なので、リース達は村の外へと出る。
さしもの娘も村の外まではついてこなかった。
時刻は昼過ぎ。
昼食は村長宅で済ませている。
「リース様、折角だから狩りしようぜ」
「そうだね。僕も早く強くならないと」
しかし、剣の稽古は始まらなかった。
『(いいのか、修行しなくても)』
「(え? ……ああ、カズキは知らないんだったね。修行をするよりもモンスターを狩った方が手っ取り早いんだよ)」
『(ほぅ……?)』
モンスターを狩ると経験値がたまる。
人や動物を狩っても経験値がたまる。
経験値が貯まるとレベルアップする。
レベルアップすると強くなる。
その理屈は説明するまでもなし。
「(年単位の研鑽を積めば確かに強くなれるよ? でも、僕に必要なのは今現在の強さなんだ)」
剣の稽古をいくらしても、経験値はたまらない。
新しいスキルを覚えたりスキルの熟練度はあがるが、その伸びは非常に遅い。
「(カズキの様にズルをする事も出来ないしね)」
『(確かに)』
ミケを戦闘に参加させていたら、俺のレベルはあっと言う間に上がっていった。
俺自身は戦闘に参加しなくとも、ミケがモンスターを倒すと俺にも経験値が入ってくる。
リースには入らない。
俺とリースは一心同体だと思っていたが、レベルは魂に付随しているらしい。
「(カズキは今、レベルいくつだっけ?)」
『(以下参照)』
★名前 滝川一騎
★種族
★性別
★職業 動物使い見習いLv7
★ボーナスポイント 0
★基礎ステータス
STR
VIT
AGI
DEX
INT
MND
CHR
LUK(+1)new!
★所持スキル
鑑定(1) アニマルコマンド(10) 取得経験値増加(1)new! 異次元収納BOX(1)new! 自動剥取(1)new!
★所持法術
★所持職業一覧
ロードLv2 動物使い見習いLv7 剥取士見習いLv1 new!
◆使役中の動物◆
ミケ
「(……ねぇ、カズキ。聞いた事無いスキルがあるんだけど? 職業も増えてるし……)」
『(検証も兼ねて、ボーナスポイントを使えそうなものに振ってみた)』
「(カズキ、ズルはいけない事だと思います)」
『(手っ取り早く強くなろうとしているリースに言われたくないな)』
「(ルール守ろうよ。自重しようよ)」
『(これが俺のルールだ)』
断言した。
★☆★☆★☆★☆★☆★
狩り場はカザスの東にある森だった。
「この森にはフォレストマウスがいます」
「奧に行けばフォレストラビットとフォレストスライムもいるが、まだリース様には早いだろうな」
「3人は戦ったことある?」
「はい。ですので御安心下さい」
森鼠に森兎、森スライム。
森にいるからそういう名前なのだろうが、出会ってみると意外に強かった。
ミケがフォレストマウス一匹を仕留めるのに少し苦労していた。
フォレストマウスの体格は、プレインマウスより一回り小さい。
それでもミケと同じぐらいの大きさはある。
攻撃が決まれば天敵効果でクリティカルヒット扱い。
その当てるまでが問題だった。
ほとんど隠れる場所が無かった街道とは違い、森には障害物が多い。
しかもここは彼等のテリトリー。
フォレストマウスは木の後ろに隠れたり穴に隠れたりと、ミケを何度となく翻弄する。
最終的にはミケが勝つが、狩りのペースはなかなか上がらなかった。
――ん?
リース?
レオンとナハトが一生懸命痛めつけたフォレストマウスにせっせとトドメを刺して回っていた。
ズルはいけない事だと思います。
「アレック、そろそろこの辺りは枯れたか?」
「っす。見つからないっす」
「リース様、移動しましょう。今度は私が釣ってきます」
「お願いね、レオン」
時間ポップする訳ではないので狩り場を移動。
完全に駆逐する事も出来ないらしいので、何かしら裏がきっとある。
名探偵の出番。
……。
事件では無かったので名探偵は降臨しなかった。
「これだけ倒したんだ。リース様、そろそろタイマンしてみます?」
経験値は倒した者が総取りルール。
敵とレベル差があればあるほど取得経験値アップ。
低レベルのうちはレベルが上がりやすい。
働きバチの様に無償で貢ぐ騎士達の視線がリースに突き刺さっていた。
そして、これがリースの現在ステータス。
★名前 リースウェルト・オーズ・H=フランヴェル
★種族 混沌の民
★性別 男性
★職業 ロードLv2
★基礎ステータス
STR 3
VIT 2
AGI 5
DEX 3
INT 2
MND 2
CHR 34
LUK 1
★所持スキル
???(?)
★所持法術
★所持職業一覧
ロードLv2
何も変わっていなかった。
『(さっきので16匹目だったよな? ロードという職はそんなにもレベルが上がりにくい職業なのか?)』
ロードはきっと王族限定の特殊職。
突然に名探偵が降臨。
「(いえ、これは僕が持っているスキルのせいです)」
名探偵は廃業した。
麻酔針でプシュッとされないと活躍出来ない探偵だった模様。
『(あの見えないスキルか。あれはいったい何なんだ?)』
「(それは僕にも分かりません。ただ、あの謎スキルの御陰で僕のレベルはなかなか上がらないし、新しいスキルも全然覚えてくれません。本当に何なんでしょうね、あのスキルは)」
どうやらリースが弱い原因は、そのスキルにあるらしかった。
尚、一年間の寝たきり生活で衰える筈の筋肉は、魔法の御陰でほぼ皆無。
便利な魔法もあるものだ。
『(リース、変わろう)』
「(……何の解決にもならないと思いますが。カズキも剣術などのスキルを持っていませんから、僕と何も変わらないと思いますよ)」
『(ふっ、リースとは違うのだよ、リースとは)』
「(あ、ボーナスポイント!)」
気が付いたらしい。
リースがズルして16の命を奪っている間に、ミケは単独で5匹仕留めていた。
現在、俺のレベルは8。
レベルが上がった事で、ボーナスポイントが1増えていた。
『(アイ・ハブ・コントロール)』
「(あ、また強引に)」
リースの身体ゲット。
そしてこれが今の俺のステータス。
★名前 リースウェルト・オーズ・H=フランヴェル(憑依:滝川一騎)
★種族 混沌の民
★性別 男性
★職業 ロードLv2
★基礎ステータス
STR 3
VIT 2
AGI 5
DEX 3
INT 2
MND 2
CHR 34
LUK 1 (+1)
★所持スキル
鑑定(1) アニマルコマンド(10) 取得経験値増加(1) 異次元収納BOX(1) 自動剥取(1)
★所持法術
★所持職業一覧
ロードLv2 動物使い見習いLv8 剥取士見習いLv1
憑依合体と言ったところか。
職業はリースのそれ。
ステータスが合体。
スキルは俺。
法術は不明。
所持職業もたぶん俺。
職業をロード以外に変えようとしてみたが、変わらなかった。
そして、ミケが言う事を聞いてくれない。
スキル【アニマルコマンド】は専用職とセット扱いだという事か。
……。
ぬ、ボーナスポイントの項目がない。
しまった。
これでは剣術系のスキルが取れない。
「リース様、釣ってきました!」
そして不運来訪。
敵を探しに向かったレオンがあっと言う間に敵を釣ってきた。
★フォレストマウス・亜種
しかも気のせいか、ちょっとでかい。
ミケと比べれば一目瞭然。
ちなみにミケは暢気に欠伸をしていた。
可愛いな。
モフりたい。
いや、そうではなくて。
「アレック、リース様がピンチになっても絶対に手を出すなよ。可愛い子には旅をさせろ、だ」
「うっす」
ナハトが余計な事を言ってくれたせいで、守りたがり屋のアレックの心が鬼になってしまった。
過保護だったりスパルタだったり極端過ぎる。
可愛い子の意味はたぶんそのまま。
何となく思っていた。
やはり3人はリースを子供として扱っている、と。
余談だが、アレックの顔はめいいっぱい強面にしています的な表情になった。
全然怖くなかったが。
そんな事はどうでもいい。
亜種?
名前の後に妙なものがくっついている。
これはアレなのか。
不運フラグが立ったのか。
貴重なボーナスポイントを振ったというのに、+1では足りないというのか。
もう一度確認。
★フォレストマウス・亜種
この世界はリーフに優しくなかった。
レオンもナハトもアレックも気付いていない。
仕方ない。
腹をくくろう。
済まない、リーフ。
骨は他の誰かに拾ってもらってくれ。
先手必勝。
ノコノコとレオンに釣られてきたフォレストマウスに近づく。
近づくと、フォレストマウスはすぐに標的をリースに変え、攻撃する構えを見せた。
リースの弱さが見切られた。
しかし俺の攻撃の方が早い。
得物はレイピア。
ならば最速の攻撃は突き。
剣道では相手を殺してしまいそうだったのでほとんど使った事がない攻撃方法。
飛び蹴りを放ってくる前に、レイピアの切っ先がフォレストマウスに突き刺さった。
おっと、意外にチョロいな。
「お見事です、リース様!」
フォレストマウスは絶命した。
そして煙となって消えた。
――え?
「「「は?」」」
[リースがレベルアップしました!]
★名前 リースウェルト・オーズ・H=フランヴェル(憑依:滝川一騎)
★種族 混沌の民
★性別 男性
★職業 ロードLv7(5アップ!)
★基礎ステータス
STR 3
VIT 2
AGI 6(1アップ!)
DEX 4(1アップ!)
INT 2
MND 2
CHR 38(4アップ!)
LUK 1 (+1)
★所持スキル
鑑定(1) アニマルコマンド(10) 取得経験値増加(1) 異次元収納BOX(1) 自動剥取(1)
★所持法術
★所持職業一覧
ロードLv7 動物使い見習いLv8 剥取士見習いLv1
[カズキは森鼠の毛皮を手に入れた!]
[カズキは森鼠の肉を手に入れた!]
[カズキは森鼠の幸運尻尾を手に入れた!]
え?
「(え?)」
奇妙な事が起こった。
仕留めたフォレストマウスが目の前で忽然と消えてしまった。
実は幻覚?
いや、手応えは確かにあった。
レイピアに血も付いたまま。
「凄いっす! リース様、まさかレアスキルを手に入れたんっすか!?」
「まさか……そうなのですか? リース様」
「おいおい、マジかよ。リース様、パねぇぜ」
幸い、誤魔化せそうな雰囲気。
まさかここで+1効果が!
『えっと……秘密にしてて御免。ちょっとみんなを驚かせたくて。実はそうなんだ』
無事に誤魔化せた。
スキルはばれてしまったが。
「(カズキ、僕はもう何を言って良いのか分からないよ)」
『(レベルアップしたんだからもっと喜べ。これでリースもラッキー7だ)』
「(素直に喜べない……一撃って。これが持ってる人なんだね)」
落ち込んでる理由はそっちか。
同じ身体を使って違う結果を出した。
それが意味するところは、実力?
『(きっと例のスキルが原因だ。リースも見ただろ? 憑依合体後のステータスを)』
「(……)」
リースは沈黙した。
山彦草では治らない状態異常。
放っておこう。
ところで。
レベルが5も上がったのにステータスの伸びが小さい。
一部例外を除く。
そんなものなのか?
森鼠の毛皮 : 鞣して防具に加工
森鼠の肉 : 焼いて食べる
森鼠の幸運尻尾 : 持っていると自慢出来る