表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
憑きモノ王子とダークな騎士団  作者: 漆之黒褐
第1章 『憑きモノ王子の旅立ち』
3/19

第2話 リースの現在

『(だーまーさーれーたー)』


 一騎は一瞬で天国から地獄に叩き落とされていた。

 早合点。

 自業自得。


「リース様。お目覚めになられたのですね!」


 しかし、リースはそれどころではなかった。


 いや、見知らぬメイド達に男の象徴をガン視された事が問題ではなく。

 鼓膜が破れそうになるぐらいの悲鳴をあげていたのに、その瞳がリースの下半身に釘付けになっていたのは兎も角。


 リースがそっと下着を履き、最低限の体面を保った後。

 屋敷はひっくり返すような騒ぎになっていた。


「……一年か。そんなに寝てたんだ」


 服を着たリースの前に居並ぶ面々。

 その顔を、リースは誰一人知らなかった。


 ただ、彼等が全員、リースの部下である事だけはすぐに分かった。

 理由は、胸に刺繍されている紋様。

 フランヴェル国の象徴とも言える、馬を象った意匠がそこにはあった。


「(よく助かったね、僕。もしかしたら一生分の運を使い果たしたんじゃない?)」


 リースが戦場で雷にうたれてから、既に一年が経過していた。

 驚愕の事実にリースは言葉を失う。

 しかし部下達の口から次々とあがってくる報告は、リースに驚いている暇を与えてはくれなかった。


 リースの父であるジークウェルト国王は戦で討ち死に。

 王を失ったフランヴェル国は、まるで示し合わせた様に周辺国が群がり、国土の全てを失った。

 リースの母や姉妹は行方不明。


 リース自身は全身火傷の意識不明で、今日までずっと虫の息だった。

 事実上、フランヴェル国は滅びたも同然の状況だった。


「(……つまり、僕は今ではただの人ということかな)」


 これでまだリース達が元フランヴェル領もしくはその周辺に隠れ潜んでいたならば、まだ国を取り戻すため立ち上がる事も出来たのだが。

 しかし今リースがいるのは、そこからかなり離れた土地だった。


 フランヴェル国があったのは〈イシュタリス連合国〉領。

 その南にある大国〈カーウェル皇国〉領を越えた先にある〈フォールセティ連邦〉領――そこに今、リースはいた。


 〈イシュタリス連合国〉は、複数の国家が寄り集まった集合国家である。

 〈フォールセティ連邦〉もそれと似たようなものだが、国を治めているのは国王ではなく領主が治めている。


 前者は完全に独立した国家。

 王族、貴族、国民、非国民に別れ、頂点である王が全てを統べる。

 それ故に争いも多く、常に群雄割拠していた。

 連合国という体裁を取っているのは、周りが全て大国であるが故。

 それ以外の理由もあったが。


 後者は半独立した国家だった。

 大小様々な領土を貴族が治め、王は存在しない。

 代わりに、連邦議会長が数年任期で選出され、その者が国の舵取りを行う。

 共通の法があり、また治めている領主独特の法があった。

 土地を治めているのが貴族で、それ以外の者は民。

 領主同士で多少の小競り合いはあるものの、戦争の脅威はあまり無かった。


「シルバーパール伯爵に挨拶をしないといけないね。今、伯爵は?」


 部下達の手によって運ばれた先は、バルトフェトの古い伝手、ルドル・ヒェン=シルバーパール伯爵の屋敷だった。


 シルバーパール家は、その土地を100年以上に渡って治め続けている歴史ある貴族。

 その事から、現在その土地はシルバーパール地方、もしくはシルバーパール領とも呼ばれている。


「領地視察に出ておられます。五日後には帰ってくるそうです」


「そっか。なら、バルトフェトは?」


 居並ぶ面々の中に見知った顔がない――それはつまり、リースをこの屋敷まで運んできたバルトフェトの顔も無いという事になる。


 バルトフェトは既に引退した身。

 貴族の称号も受け取らなかったので、リースの部下――正確にはフランヴェル国王の部下という訳ではない。

 しかし、バルトフェトに国への忠義があるという事を、リースを含めて多くの者が知っていた。


「バルトフェト様はリース様を送り届けた後、暫くして旅立たれました」


 その際に、一緒にこの国まで落ち延びてきた騎士達もごそっといなくなった事は告げられなかった。

 言っても仕方のない事だからだ。


 国は滅びた。

 俸給のない生活。

 肝心の主は眠り姫状態。

 むしろまだ部下が残っている方が驚きだろう。


「レオンにナハト、それにアレック……だったよね?」


「はい。レオンハルト・フォン・D=ニーズヘグと申します」


「同じく! ナハトイーガー・フォン・C=グラボラスです、リース様!」


「アレキサンドル・フォン・M=ロストフっす」


 二桁にも満たない部下達の中。

 前に出ていた3名の若い騎士達が順にリースに答える。


 赤い服に身を包んだ、几帳面そうな騎士レオン。

 緑の服に身を包んだ、活気溢れる騎士ナハト。

 青い服に身を包んだ、重量感のある騎士アレック。


 3人の顔に見覚えは無かった。

 が、家名を聞いた瞬間、リースはすぐに彼等の父達の顔を思い出した。

 あの戦で失った、側近3人の顔を。


「報告ありがとう。少し考えたい事があるから、少し一人にしてくれるかな?」




★☆★☆★☆★☆★☆★




『(あ~……なんか大変な事になってるみたいだな。大丈夫か?)』


「大丈夫、とは言い難いかな? 覚悟はしてたけど、やっぱりちょっと辛いかも。出来れば、あのまま眠っていたかった気分」


 リースは窓際に座って項垂れていた。

 窓から見える景色はとても美しい。

 だが今のリースにはそんな鑑賞に浸る余裕は無い模様。


 まぁ、そりゃそうだろう。

 リースは一年間も寝ていたそうだ。

 眠り姫だ。

 王子様のキスで起きるお姫様だ。

 お姫様なのに男の子。

 男の娘だ。

 ……。

 納得いかない。

 こんなに可愛いのにな。

 ピカピカに磨いてある窓に映るリースは女の子そのものだった。


 それは兎も角。


 リースが寝ている間に、世間では色んな出来事が積み上げられていた。

 過酷な現実だけがリースの身にのしかかっている。

 容赦なしの待ったなし。


 その重たい空気がさっきから俺の方にも影響を及ぼしていた。

 濁流の様に流れ込んできている。

 正直きつい。

 溺れそう。


『(んで、これからどうするんだ? とりあえず復讐か?)』


「それは……僕には重たすぎるかな。でも、レオン達の思いはそこにあるのかもしれない」


『(そんな風には見えなかったけどな。側近だった人達の息子か)』


「ニーズヘグ男爵、グラボラス男爵、ロストフ準男爵。階級は低いけど、良く僕に尽くしてくれた良い人達だったよ。死んだ彼等の為に、僕は責任を持たないといけない」


『(重たいな。投げ出してしまえ、元王子様。今はただの人)』


「……あれ? カズキ、僕の心の声、聞こえてる?」


『(うむ。だから、わざわざ喋らなくても大丈夫だ。俺達の間にプライバシーはない。バッチリ見てしまったし)』


 意図的に意識をガードすれば思っている事は伝わらないが。

 このナレーションはリースには聞こえていない。


「プラ……? いや、何となく言ってる事は分かるけど。(そっか、全部筒抜けなんだ。カズキのエッチ)」


『(エッチで結構。リースもエッチなんだよな?)』


「僕はエッチじゃ……ああ、名前の方か」


 リースウェルト・オーズ・H=フランヴェル。

 それがリースの名前だった。


 エッチなのはいけない事だと思います。

 でもこのエッチは許さないといけません。


 ちなみに、〝オーズ〟は王族、〝H〟は八代目当主、〝フランヴェル〟は家系を意味しているそうだ。

 つまり、リースは王子様。

 但し、過去形。

 先代、G番目の当主であるリースの父親が亡くなったため、唯一の息子であるリースは家督を継いでHになった。


 エッチなのはいけない事だと思います。

 でもこのエッチは許さないといけません。

 二度言った。


 くっ、パオーンさえ無ければマジで眠り姫だったのに。

 何でこの世界は俺に優しくないんだ。

 俺が復讐者になってしまいそうだ。


『(ま、気楽にいこうぜ。これから長いんだしな)』


「うん、ありがとうカズキ。正直、カズキがいてくれて良かったと思う。一人だったらもっと落ち込んでたかもしれない」


『(子供を助けるのは大人の義務みたいなものだ。気にするな)』


 俺は腐っていても17歳。

 前世では成人認定されないが、リースからすれば大人みたいなもの。


「あ、酷い。一応、これでも成人してるんだけど? ……寝ている間にだけど」


『(成人? リースって今何歳だ?)』


「12歳です。……カズキが言いたい事は分かるけど」


 この世界の成人認定は12歳。

 17歳の俺は成人確定。

 いやいや、今、気にするべきところはそこではない。


『(ダウト! 7歳にしか見えない!)』


「それは酷すぎるんじゃない!? せめて9歳、いや10歳で!」


『(無理だ。8歳でも無理だ)』


 おっと、禁句に触れてしまったようだ。

 リースの感情がカッと熱くなっていくのが分かった。

 間違いなく激怒している。

 感情を共有してるからすぐに分かった。


『(リースは小さすぎる。あっちの方はデ……)』


 本当の禁句を言いそうになってしまったところ。


「失礼致します、リース様。お目を覚まされたと聞きましたが本当でしょうか?」


 突然、部屋の扉がバンっといって開け放たれた。


 驚いたリースの身体がカチコチっと固まって、まるで氷の彫像に。

 いや、驚きすぎ。

 心臓まで止まってる。

 何もそこまで驚くこ、と……は……。

 ……。


 !?


 死ぬ!

 死ぬぞ、リース!

 死ぬんじゃない、リース!

 そんな事で死んでしまうとは、何と情けない事か!


「――はっ!?」


 セーーーーーーーーーーーフ。

 やばい。

 俺の心の心臓がバクバクいってる。

 生きてるって素晴らしい。


「えっと、どちら様でしょうか?」


 そして映し出された衝撃映像。

 リースの瞳が、謎の来訪者の瞳と――獣の耳と尻尾を生やした可愛らしい容姿の少女の瞳に重なった。

 ――刹那。


 ズキューン!


 一撃だった。

 リースの脳に衝撃が走った。

 いや、違う。

 衝撃が走ったのは俺の方。


 やばい。

 物凄く可愛い。


 なにその耳!

 なにその尻尾!


 ケモケモだ。

 ケモっ娘だ。

 なになに、この世界ってそういうのもありなのか!?


 コスじゃないよな?

 偽物じゃないよな?

 うわっ、耳がピクピクしてる。

 尻尾がゆらゆらしてる。

 リアルきたコレ!


 今度は俺の心臓が止まった。

 ドクドクしてない。

 シーンとしている。

 ご臨終だ。

 心臓なんてものは無いが。


 ――ああ。

 ついでだが、顔も可愛いんだな。

 メイド服でもない。

 まぁ、そっちはどうでもいい。


 女の子だとか。

 顔が可愛いだとか

 そういうのは後回し。


 今は兎に角、モフりたい!


「ああ、リース様、なんとお可愛いお姿なのでしょう! 寝ているリース様も良いですが、起きているリース様もまた素晴らしく愛くるしいです!」


 モフられた。

 満面の笑みを浮かべた少女の腕が、迷う事無くリースの頭をモフモフった。

 胸に抱いてギュッとした。

 自然な動作だった。


 ――え?


 いきなりの事態に、リースが大混乱。

 俺も混乱。

 いや。

 突然舞い降りた天使の抱擁に昇天。

 チーン。


「はぁ……このすっぽり感がたまりません」


 ここで一句。


 ケモケモの 可愛いケモ娘に モフられる

 モフモフモフも フモフモフモッフ

(意味不明)


 とりあえず、生きてるって素晴らしい!とだけ。


 ぬいぐるみと化したリースの意識が回復したのは、それから暫く経ってからだった。

 リーフ、予想以上にメンタル弱い。

 お子様だ。


 意識を保ち続けた俺のメンタルは鋼の強度。

 この状況下で意識を飛ばすなど、勿体ないお化けが出てしまう。

 は~、幸せ。


「えっと……はじめまして、ですよね?」


 リースが恐る恐る問いかける。

 ケモっ娘はまだリースを後ろから抱き締めていた。

 解放する気はないようだ。


 一応リースはどうにか解放されようと藻掻いた。

 が、その試みは2人(ヽヽ)の抵抗にあい撃沈。

 やらせはせん。


「エミと申します。本名はエイミー・スクイラル=シルバーパールです」


 言葉使いはお淑やかで丁寧なのに、行動とのギャップが激しい。

 ある意味でいえば、ギャップ萌え属性。


 シルバーパールという言葉にまたリースが驚いていた。

 間違いなく、リースが今現在厄介になっている伯爵家の血縁者。

 俺は何となく察していたが。

 消去法だ。


 部下じゃない。

 メイド服じゃない。

 なら残るは?


 部屋に入ってくる時に事前の挨拶無し。

 ノック無し。

 お供のメイドちゃんズなし。

 それだけ自由に振る舞ってもOKなのは?


「あと、リース様の正妻でもあります。不束者ですが、どうぞ宜しくお願い致します」


 そして更なる爆弾発言。


『(む、遂にパンクしたか?)』


 一年ぶりに目覚めたリースの身に次々と降りかかる驚愕の事実。

 その日、遂にリースの思考は完全停止した。








エミの攻撃!

エミは会心の一撃を放った!

エミはリースにを倒した!

エミはリースを手に入れた!



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ