第1話 メイドさん達はミタ
「……?」
『(……?)』
目覚めると、そこは見慣れない景色だった。
白い天幕。
身体を覆っている白い絹の掛け布団。
ベッドの上だとすぐに気付いた。
しかし。
ベッドに潜り込んだ記憶がない。
「えっと……」
『(……!?)』
身体を起こした様な感覚があり、続いて周囲の景色が動く。
ん?
いったい何が起こってる?
まるで首を巡らしているようだった。
首が勝手に動いている。
あと、見る景色が全部新鮮だった。
豪華な調度品がある。
壺。
壺だ。
思わず割ってしまいたくなるぐらい高価に見える壺があった。
誇り一つ落ちて無さそうなフカフカの絨毯がある。
くるぶしまで埋まってしまいそうな絨毯。
ゴロゴロしたい。
ゴロゴロしたら気持ちよさそう。
意図的にワインを零したらもっと気持ち良い気分になれるかも。
窓から差し込む光がテーブルと椅子の数々を照らしている。
今日は晴れ。
見るからに良い天気。
そのままちょっと現実逃避。
――ああ、ここはきっと貴族が住むような屋敷の一室。
そう、俺の中の名探偵様が推理した。
名探偵がいるなら怪盗も必要だ。
では早速盗みを働こう。
っと、先に予告状を出さないと。
「ここ、何処だろう?」
聞き慣れない声がまた耳に届けられた。
少女の様な音色。
可愛い声だった。
声を聞いただけで是が非にでもお近づきになりたいと思ってしまった。
ただ、その発声源がちょっと問題だった。
何だか自分の喉から聞こえた。
いや。
勝手に口と喉が動いて、ピーチクパーと囁いていた。
『(なんだ? 何が起こってる?)』
「え、誰!?」
『(お?)』
こうして俺と彼女の出会いは、その日、唐突に始まった。
★☆★☆★☆★☆★☆★
「――この場合、自己紹介から始めた方が良いのかな? リースです」
『(リースちゃんか。良い名だな。俺は一騎だ。お邪魔してる)』
「ちゃん……? えっと、カズキさんですね? お邪魔、されてます?」
『(みたいだな。何でこうなったんだか)』
リースちゃんが事の次第に気付き、落ち着きを取り戻したのはすぐの事だった。
もっとパニクるかと思ったのだが、意外に冷静。
実は理解が追いつかなかったので思考を放棄したというオチ?
ちなみに俺の方はというと、異世界転生モノの創作話には事欠かない世界の住人だったので、マッハの速度で理解終了。
『(なぁ、この世界って魔法ってあるのか? スキルは?)』
「え、あの……」
俺の質問に、リースちゃんは律儀に答えてくれた。
魔法――あるそうだ。
いっぱいあるそうだ。
属性もいっぱいあるそうだ。
だがリースちゃんは使えないそうだ。
残念無念。
スキル――あるそうだ。
いっぱいあるそうだ。
これでもかというぐらいあるそうだ。
ありすぎて困るそうだ。
だがリースちゃんは一個しか持っていないそうだ。
しかもそのスキルは、無い方が絶対に良いと思えるスキルだそうだ。
残念子ちゃん確定?
レベル――あるそうだ。
でも、あるという事が分かっているだけで、詳細は分からないそうだ。
レベルは見えないとか。
「何だか損した気分です。カズキの言ってる事がほとんど分かりませんでした」
尚、リースちゃんの方も俺の言葉の端々から情報収集していた。
理解してる様には思えなかったが。
情報が等価交換になっていない。
ポテチ?
何ソレだ。
いや、知らなくても良い事だけどな。
ジャガイモ見つけたら作ってあげるか。
そしてリースちゃんの好感度アップを狙おう。
『(あまり気にするな。俺の方も似たようなもんだぞ? 国の名前とかサッパリだったし)』
「それは仕方がないと思います。それほど有名な国ではありませんでしたから」
リースちゃんはフランヴェルという国の人だった。
実は俺が知らないだけで、その国は地球にあったのかもしれない。
しかし、魔法があるという時点でこの世界は異世界で確定。
アナザーワールドだ。
アナザーディメンションだ。
いや、違うか。
『(それより、そろそろ起きたらどうだ? もう朝だ。そして着替えよう)』
「あ、はい。そうですね。僕も此処が何処なのか気になってましたし」
リースちゃんはまだ知らない。
俺の視界はリースちゃんのそれと完全にリンクしている事を。
身体の感覚は一部のみ共有す。
3割ぐらいの感覚がある。
もう少し詳しく言うと、五感はこんな感じだった。
視覚?
100%だった。
完全に共有している。
色々と見える。
見えてしまう。
何もかもが見えていた。
聴覚?
100%だと思う。
だが要検証。
とりあえず、リースちゃんの声は天使の囀りとだけ。
触覚?
頭からニョキッと出ているアレだな。
……
いや、それは触角。
触覚は30%ぐらいか。
喋っている時の喉の感じがちょっと朧気だった。
感度は保留。
ゾクゾクが止まらない。
味覚?
まだ不明だ。
でも舌や歯の感覚がある。
いや、それは触覚。
とりあえず、舌で口内をベロベロしてる感じがする。
舌で蹂躙されている。
まるでキスしている相手に、舌で口内を蹂躙されている気分。
そして、これがリースちゃんの味。
とても新鮮な感覚だった。
嗅覚?
とても良い香りがした。
きっとリースちゃんの香り。
この部屋の匂いかもしれないが。
信じる者は救われる。
これはリースちゃんの香りだ。
このことをまだリースちゃんには伝えていない。
確信犯。
何の為に?
もちろん、とある邪な目的を達成するためにだな。
「んぐっ、んぐっ……。ふはぁ、水が美味しいですね。何だかとても久しぶりに飲んだ気がします」
『(だな。生ぬるいのに美味い。レモンでも入れてるのか?)』
「レモン? それはなんですか?」
っと、失敗。
今の発言はなしで。
感覚を共有している事を秘密にしていたのに、いきなりポカしてしまった。
幸いにして、リースちゃんはその事には気が付かなかった。
鈍いな。
『それより、早く着替えよう)』
「はぁ。あ、そうだ。あの、出来れば呼び捨てでお願いします、カズキさん」
『(分かった。なら、俺もカズキで。リース)』
「はい、何でしょう、カズキ」
『(リース)』
「はい?」
気分は恋人を通り越して、まさに新婚気分だった。
何故なら、昨日は一緒に寝てしまったから。
既成事実が既に出来ていた。
もう結婚するしかないだろう。
まぁ、記憶は無いがな。
『(リース)』
「えっと……さっきから何です?」
五感以外も共有している気がした。
困惑しているリースの感情が一部流れ込んできている。
ということは、今ピンク色になってる俺の感情もリースに流れ込んでいるのか?
リースが何だか悩んでいる。
不思議感覚に悩まされている。
不思議に思いつつも、それは横に置いておき、リースが服に手をかける。
そして一気にまくりあげた。
――視界に映ったリースの胸は、とても綺麗で真っ平らだった。
『(おお……)』
「はい? どうしました?」
『(いや、何でも無い。着替えの続きを)』
心の中で超ガッツポーズ。
人生勝ち組。
万歳。
「あれ、そういえば着替えがない」
ズボンに手をかけたところでリースの手が止まった。
止まってしまった。
くっ。
何てことだ。
神は我を見捨てたのか。
いや、この場合は悪魔か。
『(そういや、リースはいつも一人で着替えてるのか? メイドさんとかの手伝いは?)』
冷静に。
冷静に。
それとなく誘導しよう。
ついでに気になる事を聞いてみる。
貴族風の屋敷。
高級そうな部屋。
天蓋付きのベッド。
良い所育ちな気がするリース。
それらの要素が揃えば、もう間違いなし。
メイドさんの存在を確信。
だが念の為だ。
イズ・ゼア・ア・ハウスメイド?
「アリィが来る前に僕が先に目覚めた時は、いつも自分で着替えてるかな?」
『(僕っ娘ゲット)』
「え?」
『(いや、何でも無い。アリィというのはメイドさんの名前か? 年齢は?)』
「さぁ? というか、女性に年を聞くのは失礼ですよカズキ」
『(ならば質問変更。リースよりちょっとだけ年上か?)』
ちょっとだけ、というのがここのポイント。
「です」
『(なるほど。いつもリースはそのアリィさんに着替えさせてもらってるのか。おはようモーニングしてもらってるのか)』
「モーニン……なんですか、それ? あと、さっきも言った様に先に目覚めた場合は自分で着替えているのでいつもじゃありません」
『(手伝いは一人だけか?)』
「その日によって違いますね。3人だったり、5人だったり。新しく人が入ってきた時とかは多いです」
『(なるほどなるほど。おっと、そうだ。先に脱いだらどうだ? ついでに下着も脱いでしまおう)』
「あの、流石に素っ裸になるのは……」
リースは上半身が裸のまま。
その絶景は何度も瞳に映っていた。
もうテンションMAX。
MAX越えて宇宙に飛びだしてしまいそうだった。
「……カズキ、何だか変ですよ?」
流石にリースもおかしいと気付いたようだ。
MAXテンションの一部がリースに流れ込んでいるからな。
だが、まだ大丈夫そうだった。
俺が男だって事は100%リースにバレている。
なのに何故だかリースはその事に気付いていない。
もしかしたら興奮してる俺の感情に引っ張られて、リースの頭の回転がかなり落ちている可能性も。
ただ、リースの頭の回転は元々遅い様な気がする。
称号『温室育ちの天然属性』を授与。
マジでリースは気が付いていなかった。
『(む、服発見)』
「え、何処ですか?」
そんな所に天恵が。
着替えを見つけてしまった。
「丁度良く下着もありますね」
天運は我にあり。
そこには綺麗に折り畳まれた服に加え、替えの下着も置いてあった。
では、その瞬間に備えてもう一度心構えを……。
!?
心構えをする前に、リースがズボンをサッと降ろしてしまった。
ズボンを脱ぎ捨てたリースがトコトコと。
下着姿のまま、リースが部屋を歩く。
だが残念。
視界にリースの下半身は映っていなかった。
まぁ当然か。
自分の下着をジロジロ見ながら歩く人はいない。
前方不注意にも程がある。
とはいえ、今、リースが下着一枚でいる事は間違いない。
共有感覚がバッチリ教えてくれる。
下着姿でウロウロと。
ワクワクが止まらなかった。
ドキドキが止まらなかった。
心が躍っている。
阿波踊りや盆踊りしている。
たまにブレイクダンスっている。
お祭り気分。
わっしょいだ。
わっしょいわっしょいだ。
何だか遠くでコンコンという音が聞こえてきたが、ガン無視。
続けて誰かの声が聞こえてきたが、超無視。
今はそれどころでは。
一昨日キヤガレで御座りまするDEATH。
そして遂に、リースが下着に手をかける。
下着を下に降ろす。
マル秘でモザイクなあの場所をお目見えに……。
お目見えに……。
お目……。
……。
『(ギャーーーーーーーーーーーッ!?)』
「「「キャーーーーーーーーーッ!?」」」
――パオーンがあった。
★☆★☆★☆★☆★☆★
ちなみにその日。
完全解放されたリースのパオーンを偶然見てしまったメイドさん達の叫声が、屋敷中に響き渡ったそうだ。
若干一名、別の意味で悲鳴をあげた者もいたがな。
その一名の悲鳴を聞いたのはリースだけだったというのは言わずもがな。
メイドさん達はレベルが上がった。
知力が1上がった。