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憑きモノ王子とダークな騎士団  作者: 漆之黒褐
第1章 『憑きモノ王子の旅立ち』
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第17話 旅立ち

『……っか~~! やっぱ酒は良いで御座るのぉ』


 ナハト、アレック、レオン――と、立て続けにリースの部下達がこぞってリースに挑み、そして散っていった広場の中央で。

 これで三度目となる飲み比べが行われていた。


 どんぶりサイズの杯に並々と注がれた、この村の名産、木天蓼酒。

 それが勢いよくリースの口の中へと消えていき、また飲み干された。


 この大量の液体はいったい何処に消えているのか。

 この小さな身体の何処に入っているのか。

 まだ一度も小を催していないので、間違いなくリースの中に残ったまま。

 酒飲みの七不思議。


「ぬぅ……今度は儂の負けか。なかなかやりおるわ、小僧」


『伯爵殿もの』


 少し遅れて酒を飲み干した伯爵が、そう言って杯をまた砕き割った。

 これで都合3つ目。

 悔しいのは分かるが、このサイズの杯が幾つもあるとは思わない。

 そろそろ気付いて欲しい。

 この村の村長がすぐ近くで顔をひくつかせていた。


『じゃが、出来れば祭りの初めから貴殿と飲み明かしたかったの』


 2人の間には最初からハンデがあった。

 リースが子供だというのは確かにハンデだろう。

 だが、伯爵は昨日の夜からずっと酒を飲んでいる。


 酒が入った後の2戦。

 リースはほとんど動く事無く対戦相手を降していた。

 ほぼ瞬殺だった。

 故に、リースの酔いはほとんど回っていない。


「……ああ、もう朝か」


 酔いが回っていた伯爵は、既に夜が明け始めていた事にも気付いていなかった。

 祭りは朝日が登るまで。

 リースがどの程度酒に強いのかは知らないが、酔いが回る前に祭りが終われば後はなんとでもなる。


 恐らく、それを見越してナハト、アレック、レオンは対戦者として名乗りをあげた。

 前後不覚になるほど酒を飲んでいる……と、皆が思う様な状態となって。

 主君リースの命を救うべく、彼等は行動を起こしていた。


 俺は3人の忠義の位置付けがよく分からなくなった。

 それとも、俺がただ考えすぎだというのか。


『(他人の心など、儂にも分からぬよ)』


『(シル殿が言うと重みを感じるの)』


「(僕は自分の心すらよく分かりません)」


 余談だが、何故かシーネの呼び方だけ皆違う。

 俺は、シーネ。

 ゴザルは、シル。

 リースは、シルフィー。

 最初から呼び名を3つ持っていたシーネの我が儘。


 逆に、ゴザルの名前は皆好き好きに呼んでいる。

 俺は見ての通り、ゴザル。

 シーネは、拙者殿。

 リースは、ケイ。


 俺とリースは統一。

 ゴザルだけ後ろに殿をつけている。


「くっ……1勝2敗か。この勝負、貴様の勝ちだ」


 事ここに至れば伯爵も認めざるをえない。

 伯爵とリースの体格差は歴然。

 しかし飲み干した酒の量は同じ。

 試合の方は相手がリースの部下だったので八百長試合だと思われただろうが、酒の勝負に関して言えば完全に伯爵の負けだった。


「褒美をくれてやる。何でも言うがよい」


 と言いつつ、伯爵の瞳は、とある褒美だけは絶対にやらないと物語っていた。

 むしろこの場でそれを口に出せば、間違いなく死刑ならぬ私刑。

 一歩間違えばボスバトルに突入しそうな形相で睨んでいた。


『(リース、御前の出番だぞ)』


「(……え?)」


『(何を呆けている。折角、みんなで御前の願いが遺恨無く聞き遂げられるような状況を作ったんだ。不意にしてくれるな)』


 誰も意図していた動いた訳ではないだろう。

 だが昨日の昼、俺達はリースの話を聞いている。

 レオン達を含み、俺達の中で唯一、これからの事を最も深く考えていたリースの願いと、苦しみと、やりたい事と、その先にある展望を聞いていた。


 まだ目覚めたばかりだというのに。

 この小さな身体で、とても大きな事をリースは既に考えていた。

 大望と切望を抱いていた。


 そんなリースを知ってしまったから。

 自分達とは明らかに見ている視点が違っていたリースを知ってしまったから。

 レオン達は心変わりをしてしまったのかもしれない。

 ゴザルも、ついつい助けてしまったのかもしれない。

 シーネも、俺の問いかけに答えてくれたのかもしれない。


 俺も……。

 俺も…………。

 ……。

 あれ、無いな。

 まぁ良いか。


「〈フォールセティ連邦〉、シルパーパール領領主、ルドル・ヒェン=シルバーパール伯爵殿。

 私、〈イシュタリス連合国〉、亡フランヴェル王国王太子、現当主、リースウェルト・オーズ・H=フランヴェルは、貴殿に2つ、お許し頂き事が御座います」


 状況を察し、意を決したリースが片膝をつき、ゆっくりと言葉を紡ぎだす。

 そのリースの後ろには、いつの間にかレオン、ナハト、アレックの3人が同じ様に膝を付き頭を垂れていた。


 その仰々しい態度に、伯爵も一端姿勢を正す。


「娘は絶対にやらんぞ」


 が、酔っぱらっている頭はちょっと回転が鈍かった。

 しかし、それはそれで好都合。

 先にそっちの話の片を付ければ良いだけの事。


「まずは1つ。その話ですが、エイミー殿との縁談を一度白紙に戻したく思います」


「なに?」


 リースのこの申し出は、伯爵にとってほとんど予想外であっただろう。


 伯爵の娘エイミー嬢は、控えめに評価してもとても可愛い。

 醜聞を確認する限り、母親に似て才色兼備の箱入り娘。

 弾き手数多の優良物件。

 栗鼠の獣人という可愛くて小さな種だというのもポイントが高い。

 俺も何度愛でたいと思った事か。


 父親であるルドル伯爵は、安定した領地を治める古参貴族。

 領民の覚えも目出度く、これといって悪い噂もない。

 後継者という地位は流石に不可能だが、そんな伯爵の娘と夫婦になれば、順風満帆な生活が約束されているというのは誰が見ても明らか。


 娘が一方的にリースを好きになり、伯爵は強引に結婚を認めさせられた(ヽヽヽヽヽヽヽ)ともレオン達から聞いている。

 その婚約情報は既にシルバーパール領を駆け巡っており、外掘りも埋められている状況。

 故に、伯爵はリースがこの話を自ら蹴るとは思っていなかっただろう。

 レオン達もリースにこの話をしている時――聞いていたのは俺だが――諦めて下さいムードだった。


 実際、リースの逃げ道はほぼ塞がれていた。

 エイミー嬢は自分がリースの妻だと公言していたが、それは既にリースの言質がいらないレベルにまで至っていたという。

 リースが眠っていたから、最後の一線だけは守られていた。


 流石に、眠ったままの相手との結婚は成立しない。

 事前に両者が約束していたり、両家の当主が決めてしまった場合にはその限りではないが、エイミー嬢はそのどちらの条件も満たす事が出来なかった。

 そのため、エイミー嬢は、リースが目覚めたら速やかにその事実を公表する計画を企てていたという。

 リースと結婚したと。

 ルドル伯爵に宣言させる予定だった。


 その際にリース本人の承諾は必要無い。

 元王太子とはいえ、リースは現在、ただの人。

 リースが何と言おうとも、伯爵の権力の前には無にも等しい。

 むしろ「何言ってんだこのリア充が」と叩かれる可能性大。


 ついでに言うなら、リースの実力を鑑みるに、エイミー嬢に無理矢理手籠めにされたうえに籠の鳥状態にされるのは見えていた。

 実際にあの日、妻発言をしたエイミー嬢は、早速リースに襲い掛かってきている。

 あの時はレオン達が分け入り事無きを得たが、あのまま屋敷にいれば今頃リースはお嫁にいけない身体にされていただろう。


 今度もリースの人生には色々な所で詰み将棋が展開されている気がする。

 魅力が高いというのも良い事ばかりではない様だ。


「そもそも私には別に婚約者がいます。

 現在、その婚約がどうなっているのか確認の取り様が無いため分かりませんが、婚約が正式に破棄されていない以上、他の方との縁談を進める訳にはいきません。

 これは、フランヴェル家当主からの正式な申し出としてお受け取り下さい」


「その申し出、確かに受け取った! そして認めよう! その様な事情があれば致し方ないな! うむ!」


 即答だった。

 伯爵にとってもリースの件はほぼ詰みの状態。

 屋敷に帰ったら娘とその母親から無理矢理に結婚しました宣言をさせられる状況だったので――伯爵も娘だけなら抑えられるが、妻にはまるで頭が上がらないらしい。獣人族の女性には本当に気をつけよう――リースの申し出は渡りに船だった。


 とはいえ、この対応だけではただの時間稼ぎにしかならない。

 この一件からも分かる通り、エイミー嬢は怖いくらいに本気。

 リースを夫に迎え入れるためならば、エイミー嬢はきっと手段を選ばない。


 それ故にリースは、もう一つのお願いも速やかに許可を得て動く必要があった。


「ありがとうございます。

 伯爵の助力には大変感謝しております。

 この一年間、私と、私の部下が大変お世話になりました。

 この御恩は感謝の言葉だけでは語り尽くせません」


 リースにとって、エイミー嬢との一件は単なる障害の一つにしか過ぎない。

 しかし、それが今後の足枷になるならば、速やかに断ち斬る必要がある。

 そしてそのタイミングは、今が最も好機だった。


「ですが、私はこれより伯爵に不義理を働かなければなりません。

 世話になった身で恩も返さず、この様な申し出を行うのは大変心苦しいのですが……伯爵、私達にこの土地を去る許可を下さい。

 それが、もう一つの願いです」


 さしもの伯爵も、今度は即答はしなかった。


 内心で伯爵はきっと複雑な心境だっただろう。

 先の願いと同じで、その申し出は伯爵にとっても渡りに船。

 娘をリースから確実に引き裂くチャンス。

 リースと飲み比べをする前であれば、間違いなく小躍りして喜んでいた申し出。


 だが、伯爵は少しずつリースという個人を気に入り始めていた。

 酒の飲み比べに、娘との縁談の白紙宣言。

 試合では部下との絆を見せつけられた。

 娘婿と父親という関係であれば敵対になるが、伯爵と客人という関係ならば悪くない。

 そう伯爵に思わせる程度にはリースの事を評価し始めていた。


 流石に年齢差があるので友人にはなれないが、もしかしたらリースが望めばレオン達同様に召し抱えても良いと思い始めていたかもしれない。

 その矢先に、この申し出。

 酔った頭では即答も難しかっただろう。


「我が領を出て何処へ向かう」


「向かう先は、旧フランヴェル領」


「奪われた土地を奪い返すためにか。それとも、裏切った者達への復讐か」


「そのどちらでもあり、どちらでもありません。

 知っての通り、私と共にこの地へ逃れてきた者達は、故郷へ家族を残したままです。

 後ろにいるレオン達もそうです。

 ですので、私は故郷へ戻り家族の安否を確かめたいと思う者達を集め、まずはその願いを叶えるために動きたいと思います。

 その際に戦いが生じるというのならば、この剣を取る事になるでしょう」


 リースがやろうとしていること。

 それを一言で言い表すならば、責任、という言葉が適当だろう。

 一国の主としての責任を果たしたい。

 共にこの地へと流れ着いた者達へ、リースは出来る限りの事をしてやりたいと考えていた。

 そして彼等が何を望んでいるのかを考えた末、リースはその結論へと辿り着いた。


 現在、〈イシュタリス連合国〉は群雄割拠の時代へと突入していた。

 引き金を引いたのは何処かの国の馬鹿貴族達。

 だがその影響は連合国全土へと広がり、その被害は周辺各国にまでおよんでいる。

 控えめに言っても安全とは程遠い状況。


「間違いなくその剣を取る事になるだろうな」


「はい」


「落ち着くまでこの地で待つという選択肢もあると思うが?」


「私が寿命で亡くなるまでに落ち着く可能性は半々でしょう。それは歴史が証明しています」


「であるか」


 戦乱が終わる云々は兎も角。

 むしろそんな状況なので、待てば待つほど故郷にいる者達の命は危うくなる。

 しかも、戦争に負けてから既に1年も経っている。

 動くなら早い方が良いのは言うまでも無かった。


「許可を頂けるなら、今日にもこの地を出発致したく思います」


「それは……ちと性急過ぎぬか?」


「私もそう思います。ですが、私が行動を開始したという噂をより印象付けるには……故郷へと帰りたいと思っている者達の耳へ確実に届けようと思うなら、目覚めの報に間髪入れない方が良いと考えます」


 それは建前でもあった。

 伯爵の娘とこれ以上の揉め事を起こさない為には、サッサとこの地を出てしまった方が手っ取り早い。

 屋敷に戻れば間違いなく縁談が再燃する。

 最悪、旅の準備どころでは無くなるだろう。


 しかし、リースの言う様に、各地に散っている者達の耳に届きやすくなるという効果も期待出来た。

 目覚めから行動を起こすまでに期間が長いと、リースにその気は無いと彼等に思わせてしまう可能性も否めない。

 逆に、決断までの時間が短ければ、それだけリースの本気度が窺い知れるというもの。

 準備不足は否めないが、目的地はかなり遠いので、後からの合流もそれほど難しくない。

 リースもそのつもりで、道中はゆっくりと進む予定だと言っていた。


 まぁ、そもそも先立つ物がないため、これは資金集めしながらの旅路。

 その移動速度はおざなりに言っても亀よりも遅くなるだろう。

 とりあえず、最初に向かう町で1週間、その先で2週間。

 そんな計画だけが大雑把に決められていた。


「次の行き先だけ、伯爵には後でお伝え致します。屋敷に帰りましたら、レオン達のお付きの者達にお伝え下さい」


 言い換えれば、エイミー嬢には伝えないでくれ、と。


 レオン達には悪いが、屋敷にある私物や交友関係は諦めてもらう必要があった。

 それは既に先日の話し合いでレオン達も了承している。

 必要な物、大事な物は、付き人達が普段からレオン達とマメに接していれば問題無く彼等と一緒に合流する事になるだろう。

 ちなみにその話をした時、ナハトだけが絶望していたとだけ。


「決意は固いようだな」


「はい。必要な事だと思いましたので(誰かさんがいた御陰で)」


 ――コソッとリースの本音が聞こえてきた。

 もしかして、リースが本当に警戒しているのはエイミー嬢ではなく俺?


「(胸に手を当てて、よ~~~~く考えてみてください)」


 という裏事情があったのは、もちろん伯爵やレオン達には内緒だった。


「良かろう。

 〈フォールセティ連邦〉、シルパーパール領領主、ルドル・ヒェン=シルバーパール伯爵の名にて告げる。

 我が客人、リースウェルト・オーズ・H=フランヴェル、およびその部下達の我が領地から出立を認めるものとする。

 とはいえ、もともと貴殿等はこの国でも隣の国の人間でも無いし、今は国を持たぬ自由人となっておるので、通行証は不要だがな。

 しかし、貴殿等が出立したことはすぐに触れを出しておく。

 ぬしらがこの後どこに向かうのかは知らぬが、国境もしくは領境でトラブルは起こらぬであろう。安心せよ」


「はっ。格別の配慮、有り難う御座います、伯爵」


 こうして、リースはレオン達と共に故郷へと向けて出発するのだった。


 リースが目的を達成し、次にこの地を踏むのはいったいいつの日になるのか。






















カ「また此処へ来たくなったら遠慮なく言ってくれ。テレポートという法術を覚えたので、たぶんいつでも来れる』

リ「ちょっ!?」

K「おお……これでまたこの地の酒が飲めるで御座るな」

シ「でかした、カズキ!」

リ「カズキのせいで全てぶちこわしです!」

カ「いや、夢をみる前に現実みろよ、お坊ちゃん」

K「無一文で御座るな」

シ「レオン達はきっと苦労するのぉ」



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