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「ねえ、今朝の『朝スペ』見た?」
「見た見た、二組の池元さんでしょ。ムリシンジュウだって」
朝の教室が不穏な熱気に包まれたのは一週間ほど前のことだった。身近な友だちの身に起きた不幸が、病気とか事故とかそんな単純で一方的なものだったら、友人の死を悼む空気はもっと厳粛なものになっただろう。しかし池元杏奈の死が、TVの芸能ニュースでスキャンダラスに報じられたことで生徒たちは興奮していた。
「サギってなあに?」
「お年寄りをだましてたくさんお金をとったんだって。うちのお母さんが言ってた」
杏奈の父親が役員をしていた投資会社が、詐欺事件で告発された。架空の儲け話でお年寄りをだまし多額の金を集めたことが発覚し、役員全員が警察の取調べを受けた。その翌朝、杏奈の父親は妻と娘を車に乗せ、博多港の埠頭から海に転落した。
亜里沙は小学校の時から杏奈と仲がよかった。だからよく学校の近くの杏奈の家に遊びに行った。門から玄関まで長いスローブがある豪邸で、亜里沙はその玄関の広さと豪華なインテリアに驚いた。
「すごいね。なんか芸能人の人のおうちみたいだね」
亜里沙が言うと、おとなしい杏奈は困ったような気弱な笑みを浮かべた。中学で亜里沙が陸上部に入ったり、クラスが違ったりして、以前ほど一緒にいることはなくなったが、それでも休み時間に廊下で会ったりすればおしゃべりがはずんだ。だから亜里沙は杏奈が死んだと聞いた時はただ無性に悲しくて、友人たちの噂話の輪に加わることもできなかった。先日廊下で会った時に、お嬢さん学校で名高い私立の女子高に合格が決まったと、うれしそうに話してくれたその矢先でもあった。
「二組の秋元杏奈さんが今朝不慮の事故で亡くなられました。皆さん、秋元さんのご冥福を心からお祈りしましょう」
木内先生が朝礼でそう説明し、クラス全員に一分間の黙祷をさせた。それで終わりだった。中学生には正確に理解するのが難しい複雑な大人の事情がからんだ杏奈の死は、踏み込んではいけないタブーのようにこっそりと、そしてあっさりと片付けられた。
杏奈の死から四日後、亜里沙が学校から帰ると、黒いワンピースに着替えた桂子が待っていた。
「亜里沙、杏奈ちゃんにお別れしにいこう」
亜里沙は母の言葉に黙ってうなずき、桂子と一緒に杏奈の通夜に出かけた。
祭壇には親子三人の写真が飾られ、三つの棺が並んでいた。セーラー服を着た杏奈は、相変わらずはにかむように笑っていた。亜里沙は、住む人を失ってがらんと広い家の、冷え冷えとした空気に胸がしめつけられ、桂子の隣りでただひたすらしゃくり上げた。桂子は、そんな亜里沙の手をしっかりと握り締め「杏奈ちゃん、かわいそうに」と厳しい表情でつぶやいた。
「親はずっとこどもと一緒にいるのが当たり前だけど、でも時には手を離してやらなきゃいけない時もあるのよ」
桂子は、通夜の帰り道に並んで歩きながら亜里沙にそう言った。亜里沙が驚いて母の顔を見ると、桂子は娘の手を握ってほほえんだ。
「大丈夫よ。お母さんは亜里沙の手をちゃんと握っててあげるから」