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もうひとつ亜里沙には誰にも言えない悩みがあった。好きな男の子のことだ。
サッカー部の宮川健太。カッコいいとか、イケメンなんていうにはほど遠いが、ボールを追って走る姿は天性の野生児で、性格も単純明快、少しも気取ったところがなく、小学校時代からほとんど雰囲気が変わらない。中学で亜里沙が陸上をやるようになって、同じグラウンドで練習していると、大会の前などに「篠原、がんばれよ」と気さくに声をかけてくれた。たとえそれが男友だちに対するのと同じノリであっても、亜里沙は心が弾んだ。
中学も二、三年になると、男の子も微妙に女子を意識しているのが伝わってくるが、健太にはそんなところがほとんど感じられない。部活をやっていた頃の亜里沙は、思い切りショートカットで表も裏もわからないくらい日に焼けていた。自分ではそれなりにキュートだと思おうとしてみたが、誰もそんなことは言ってくれない。まして男の子がそんな自分に好意を持ってくれるはずなんかないと亜里沙は思い込んで、だから健太への想いはずっと片思いだった。
「制服のボタンちょうだい」
卒業式の日に、冗談みたいに健太に頼んでみよう。亜里沙はそう心に決めていた。第二ボタンでなくたってかまわない。別れの日だったら、ちょっとだけ自分の想いを伝えられそうな気がしたから。それなのに、私立に落ちて、この上公立までだめだったら、見かけによらず成績がいいという噂の健太に本当におバカだと思われて、とてもボタンのことなんか言い出せなくなってしまう。
―― もう……なんであたしだけ、こんなつらいことばっかり。いっそ死んじゃいたい。
心の中でふくらんでいく投げやりな思いを抱えながら亜里沙は坂道を上り続けた。このあたりは小高い丘陵になっていて、なぜかあちこちに小さな神社がある。ふと気づくと桜ヶ峯神社というお宮の石の鳥居の前だった。その神社の石段を人影が登っていく。
―― こんな時間にお参り?
亜里沙は思わず目をこらした。中年のスーツ姿の男性と同じく黒っぽいスーツを着た女性、そして亜里沙とあまり年の違わない白いワンピースの少女。しかし、その少女を見て亜里沙は息を呑んだ。
―― 杏奈ちゃん?でも……でも……そんな……。だって杏奈ちゃんは……