怪奇事変 雪男
「最近この地域では行方不明者が続出しております!危険なのであまり深い所には入らないで下さい!」
列の最後尾まで聞こえる声で地域のガイドが言う。
雪山……本来なら此処も自由に登山家達が上り下りできる場所だったが、つい最近になってから行方不明者が続出したことで一時ガイドが付くことになったのだ。
そんな列を歩いて居る中で噂話が聞こえる。
「なあ聞いたか?此処の“行方不明者”の話」
「あ?」
友人か同僚か、どのような関係かは不明だが男性2人が前で話をしている。
「この山は昔“山神”って神様が住まう山だったらしい」
「ふ~ん」
「けどある時からこの“山神様”の怒りを勝ってしまい、さっきの話に結びつくんだってよ」
「怒りを買うって具体的になんだよ」
「ほら、ゴミとか無断で捨てたり環境を悪くすることばかりしてるから」
「ああ、なるほど……けどただの噂だろ?」
「ああ、でもある日からネットでも“ただの噂”が“噂じゃない”って話になったんだ」
「で?どんな??」
「これ見ろよ」
男性2人は肩を揃えて携帯を見ているようだ。
「……」
登山家として登り始めたのは社会人に入ってから。
彼女はたまたま会社の人の付き合いで登らされていたが、過去に見た絶景を忘れられず魅了され、1人でも登山するようになった。
過去に山を登った回数はもう20を軽く超えるほどだ。
ネットでしか見たことがないが、外国の山なども登ってみたいと思っており、いつかは世界の山を登山しようと心に決めている。
だが——ある日、ネットに見た掲示板で“ある登山”で起きる怪奇現象と言わざる終えない“集団による行方不明”の記事を見つけてしまった。
普段ならそんな場所に訪れたいとは思わないが、何故が興味をそそられてしまったのも事実だった。
「(山の景色が綺麗って話も嘘じゃないし)」
過去にアップされた記事に乗っていたこの山の景色は絶景なのをネットで確認している。
一目それを見るために登山家は山を登るのかもしれない。
だが、それと同じく“謎めいた秘密”にも誘惑はつきものだ。
それは人間として生まれてしまった故の性なのかもしれない、当然彼女も“行方不明者”の記事については知っていた。
そこにアップされた写真も——。
自身の携帯を覗き見ると巨大な足跡が映し出されていた。
人の足にも似たことからビックフットとも呼ばれているが、日本では“雪男”が濃厚だろう。
たまたまこう言う形になったのかもしれないが、偶然とは言えない。
「そろそろ休憩場所に着きます~!はぐれないで下さいね!!」
声がかかりぞろぞろと皆休憩所に到着し、中に入って行く。
降りかかった雪を皆払って水気を少しでもなくそうとしている様子が伺えた。
自分も同じ様にやっていると、先ほど前を歩いて居た男性2人組が何やらヒソヒソと会話をしているようだ。
「?」
「えー、皆さん!本日は悪天候に付き、これ以上の登山は危険だと判断して明日に予定を変更します!」
ガイドの言葉に皆講義の声を挙げはしないものの、何処か不満そうな表情を各々がしている。
だが、こう言う時こそ安全に行くべきなのだ。
登山家……なんて肩書があっても本職のガイドと比べればまだまだ知識に対して甘い部分がある。
此処は本職であるガイドの言う通り出発は明日にして、今日の疲れを取ることに決定した。
幸いにも此処は入浴場が付いているということもあって、皆喜んでいた。
疲れた身体に染み渡る癒しのお湯がとても心地よく、その場で眠ってしまいそうな勢いだった。
風呂から上がると何やら先ほどのガイドの方と、山小屋に居た管理人らしき人が血相を変えて話し合っていた。
初めは喧嘩?と思ったが、どうやら内容は違い、一緒に付いてきたはずの登山客が居なくなってしまったとのことだ。
「それでいなくなったのは?」
「2名です!名前は——」
直ぐに分かった、あの男2人組だと。
男子湯から出て行くのを見るまでもない、何やらコソコソと話をしていたし、もしかしたら我慢できなくなって2人だけで山を登ろうなんて無謀な事を考えていたに違いないと。
だが——
「男女で行方不明ですか……」
「はい、何度も忠告していたんですが、入浴時間を見計らって出て行かれてしまったようです」
「この雪です、二次遭難の可能性もあります、念のため上層の休憩所に連絡を入れて、もし彼らが到着したならば何が何でも止めるように伝えておきましょう」
「捜索願も出しておきます!」
「だな、行方不明者は実際に出ている以上、これ以上の失踪者は出したくない」
慌ただしくなり、周りもその状況に飲み込まれて行く。
ただしガイドは変わらず声を上げて言う。
「此処にお集まりの皆さま!吹雪のため外出は厳禁です!勝手に出て行かずに私たちの指示に従って行動して下さい!本日は此処で吹雪が止むのを待って、明日また状況をお伝えします!」
そうして関係者たちは山小屋の扉を開けると、凄まじい寒さと白い吹雪の霧でまともに景色が見えない状況になっていた。
だが——そこで奇妙な跡を見た。
ガイドを含めた関係者の人たちには見えなかったのだろうか?
まるでアレは写真に載っていた——“足跡”に似ていた。
——翌日——
朝起きると吹雪は去り、普通の雪降りとなっていた。
昨日の一件はどうなったかと言えば、やはりガイドや関係者に披露が見えることからあまり良くない状況のようだ。
「皆さんおはようございます、連絡が遅れましたが本日の登山は中止となりました」
「何でですか?」
あの男性2人組のうちの1人だ。
言葉こそ普通に接しているつもりだろうが、態度としては詰め寄る勢いに感じだ。
「ご連絡が遅れてしまい誠に申し訳ありませんが、昨日2名の方が無断で休憩所を出て登山し、行方不明となりました」
「はぁ?」
「実際に捜索願を出し、二次遭難に備えるためにこれ以上の登山は危険と見なして中止に——」
「おいおい、俺達は登山で最高の景色を見に来たんだ!そんな身勝手な奴等のために何で俺達が帰らなきゃいけないんだ!」
「仰る理由も憤りも分かります!ですが昨日話し合って警察からも実際にこれ以上の登山は危険と判断されてます!」
「知るかよ!アンタは此処のガイドだろ?なんでそんな飼い犬を野放しにするような危険な真似をさせたんだ!?」
「申し訳ありません、その件につきましては私の不注意でした。ですが、これ以上は——」
収拾が付かなくなる。
そう、少なくとも登山をしている客は皆それぞれの目的のために此処に集まったのだ。
身勝手な他の客によって予定を狂わされた、それを阻止できなかったガイドは無能だと野次が飛ぶ。
だがそれでも、ひたすらにお願いすることでしか向こうもそれ以上のことはできないのだろう。
1時間以上のクレームにも耐えきり、それぞれが不平不満をもらしながらも、警察も無事に山小屋に到着したことで事態に収拾がつく。
それぞれの名前と住所、連絡先を書いた物が警察に手渡され安否のために名前を呼ばれる。
あとは警察もガイドと同じ様に説得と言う形に事態を収拾させ、下山することになった。
足取りは重く、誰一人として口を開こうとはしなかった。
「……?」
だが、ほんの僅かに聞こえた音に反応する。
今のは後ろから?と振り返るが、登山していた時に前を歩いて居たあの2人組の男性で、口笛を鳴らしたようには見えない。
と言うより、はぐれないようにするために皆かなり近い距離で歩いているため、気づく距離のはずだ。
「(気のせいか……)」
そう思って下山を再開するも、道中はまるで葬式の様に静かに雪を踏む音だけが鳴り響いていた。
ほどなくして前の休憩所に着くと衝撃の事態が起きた。
それは後ろにいたはずの2人組の男性が居なくなっていると言う事実だった。
当然ガイドは自分に何かあったのかを聞くも、アレだけ静かな状況の中で気づくなんて不可能だ。
何も知らないことを言うと、ガイドは真っ青になり急いで携帯を使って連絡を取った。
「(いつ…から)」
消えたのだろ?
目線を下に移すとそこにはあの巨大な足跡のようなモノが作られていた。
「……」
次は……自分かもしれない——。
そんな恐怖を押し殺す様にしてガイドの指示に従って再度下山することになった。
後ろには男性2人の代わりに新しいガイドの人が付くことになり、厳重にガードされている状況だ。
「……?」
まただ。
——ヒュ——
これは風の音ではない、まるで口笛のような音。
それが響いたと感じた瞬間に先ほどの“足跡”を思い出す。
怪談の類でこんな話がある、雪山で口笛を鳴らす音、確か海外の伝承か何かで伝えられた話のはずだ。
だが、話の内容ではその音が聞こえたなら追ってはいけないとかだったはず……少なくとも後ろの2人が追って行った可能性は——否定できない。
足並みや音などは一緒だ、こっそり追っていった可能性だってある。
だが次の休憩所に着いた時にも驚愕の真実が明かされる。
点呼を取っていた際、真ん中を歩いていた家族3人が今度は遭難していたのだ。
「一体なにが……」
ガイド2人も青ざめる状況となっていた。
霧などは多少あっても前方のガイドが確認できない程の死角ではなかったからだ。
そんな中、真ん中の客が消える異常事態。
「残りの休憩所は?」
「あと1つ、そこを抜ければ山の麓だ」
「……」
ガイドだけではなく、周りも騒めき始めた。
直感で危険だと感じているし、それは当然だ。
得体の知れないナニカが襲ってきている感覚に近い、廃墟の心霊スポットを探索しているような感覚をこういうのかもしれないが、生憎とそんな経験はない。
「皆さん!一度此処で今日は休みましょう!」
「なんで!」
「私達ガイドが付いて5名もの遭難者はあり得ません!あり得ませんが、事実起きてしまっています」
非難の声が相次ぐ。
だが、そんな非難の声さえも真正面から受け止め言葉を続ける。
「明日、警察に同行してもらいながら下山しましょう!」
そうして結局またそこで休憩を余儀なくされることとなった。
「……ん?」
途中言われた通り歩を進める最中、またあの“足跡”のような痕跡が見つかった。
こんな巨大な足跡で誰も気づかないなんてことはあるだろうか?
「あの」
「どうしました?」
「この“足跡”みたいなの……」
「……気にしない方が良い」
「え?」
「私達も…分からないんだ」
「……」
結局モヤモヤした気持ちの中、最後の休憩所となる山小屋に付く。
部屋は広いが此処は風呂がないため、みんな濡らしたタオルで身体の汚れを取る。
暖の近くで丁度良い温度に暖められたお湯で拭くため、身体は若干の安らぎを与えてくれる。
「……ん?」
窓を見ながら外景色を眺めていると2つの赤い光が見える。
送電鉄道でチカチカしている赤い光のようなモノ……だが、この山にはそんな物はない。
「(もしかして、遭難者が発煙筒を炊いてるとか……!?)」
昨日の吹雪とまでは言わないが、相変わらず降っている雪、煙などは見えない。
急いで広間に行きこの事を伝えると、ガイドや関係者はその窓を確認した後情報を共有した。
「とりあえず、警察にもこの事を共有しますので絶対に小屋からは出ないで下さい」
「はい」
その日はそれ以上の成果はなく、就寝に着いた。
翌日の朝は騒然した状態で始まり、既に警察も到着していた。
これから大幅な捜索が行われるらしい。
警察とガイドに護衛されながら山の麓に到着したのは1時間後だった。
結局何が起きたのかはわからないまま山を下山できたと言う安堵から力が抜けていく。
他の観光客も同じ様子だった。
分かったことと言えば——あの巨大な“足跡”と“口笛”に“赤い光”の3つだった。
勿論この状況は共有している。
——雪男——
本当に実在するのか?
その正体は最後まで確認できなかった。
ただ山の山頂部分を見ると、相変わらずの曇り空と降り続ける雪は、静かに登山者に恐怖を与えるのであった。
第三十六怪 山頂に住まう怪物
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