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天涯の記憶  作者: カンキリ


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ネモ・レンレン 2

 応接室はすっかり様相を変えていた。


 部屋の窓は厚い暗幕で覆われ、少しの光も入り込まないようにされており、明かりは間接照明だけでほの暗く照らし出されている。

 闇そのものは、照明のほどよい演出により、恐怖や不安を感じることは無かったが、装飾や部屋の造りによる独特の雰囲気が、多少の緊張感をかもしだしていた。

 綾子の前にあった応接セットはあらかた片づけられていたが、彼女が座っていた椅子だけが取り残され、綾子は同じ場所に座らせられている。

 姫緒は、綾子に背中を向けて立ち、螺旋階段の方を伺っていた。

 階段の傍らには、居心地悪そうな風小が、対面する格好で静かに立ちすくんでいる。


「はあぁーい。お・ま・た・せぇん」


 場にそぐわない脳天気な洒落声しゃらごえと共に、レンレンが下階より階段に現れ、風小の脇をふらふらと通って部屋に入って来た。

 姫緒より一つか二つ年上といった風情の娘。彼女の名前はネモ・レンレン。

 東洋的な透明さに輝く瞳、跳ねがかかったセミロングの髪の色はオレンジ。

 タイトな白いチャイナドレスが拘束する挑発的な体躯。

 醸し出す独特のエキゾチックさは、目元に入れられた紅系のアイラインの印象と相まって、紛れも無く『美女』と呼ぶにふさわしいそれであった。

 が――。只一つ、その完璧に近い彼女は。


 隻眼だった。


 いや。正確には、彼女の右目は、繊細な銀の装飾に彩られたアイパッチに覆われていた。

 レンレンは、ふらふらと姫緒に近づいて行くと脇に並ぶ。

 思いっきり酒臭い――。


「何時まで飲んでたの」


 あからさまに嫌悪感を剥き出して姫緒がたずねた。


「3じかんまえまでぇ」


 だらだらに緩んだ顔でレンレンが答える。


「だいじょぶよぉ、三時間寝たもの」


「ジムのトイレの中でデスけどね」


 風小が嫌みっぽく補足する。

 レンレンは鋭く風小に一瞥したが、すぐにまたゆるゆるの顔にもどって姫緒に微笑む。

 そんな彼女を見て姫緒が小さく溜息をついて口を開いた。


「仕事さえちゃんとやってくれれば文句はないのよ。潜れる?レンレン」


「もちろンよぉん」


 レンレンが答えると、風小は、部屋の隅に片付けておいた椅子を持ってきて、綾子の向かい側にセットした。


「さて、綾子さん」


 姫緒が、綾子に話し出す。


「これから行う事は、心霊的な要素を持つもので、事の最中に予期せぬ外部からの刺激や、何らかの要因による中断などがあった場合、綾子さんが危険な状態に陥る『可能性』を少しでも軽減するため、このような様相にさせていただきました。が、緊張する必要はありません」

 だが、綾子は居心地悪そうに身じろぎする。

 そんな綾子を見て取って、穏やかな表情で姫緒が続けた。


「これから行う事は、ちょっとした手順だと思っていただければ結構です。事前に確認したい事がふたつあります――。『危険』だとは言いましたがそれは、あくまで何事にも絶対は無いという程度の、可能性の問題です。ここはそういった事態のために特別に作られた部屋であり、霊的、物理的にも強固な護りをとっています」


 姫緒が言うように、この部屋は、鬼追師の術により理想的な霊場を作り出していた。

 屋敷の周囲には、風小による風の結界が二重三重に張り巡らされ、今は『鍵札』さえも通用しない状態になっている。


「何も心配する必要はありません」


 綾子の長いポニーテールは、姫緒が話している間じゅうピクリとも動かず、顔から緊張と不安の入り交じった色は消えなかったが、綾子が姫緒の言わんとしていることを理解しようとしているのは強く感じられた。


「それでは、始めましょうか」


 姫緒は、綾子が事態を考えあぐねて、不安の募らぬうちに事を始めた方が良いと判断した。


「レンレン。お願い」


 レンレンは姫緒の言葉を受けると、備え付けられた椅子の背もたれの位置を、クルリと綾子の方へ回転させ、またがるように椅子に掛けると、両腕を組んで背もたれの上に置き、じっと彼女の顔をのぞき込んだ。

 チャイナドレスの深いスリットが一杯まで広がり、すらりとした太股が露になる。


「はじめましてぇ。えーとぉ――、綾子ちゃん?」


 綾子は緊張した面もちで小さく頭を下げた。


 レンレンは満足そうに微笑み、ズイと身体を椅子の背もたれに一段と深く預ける。


「えーとねぇ、どうせなんにも聞いてないでしょうから、これから何が始まるのか説明するわねぇ」


 軽く首を傾げる。


「まず、私の名前はネモ・レンレン。超級符術師、サイコダイバーだしぃ――」


 困惑する綾子にレンレンは人なつっこい笑みを浮かべて続ける。


「あなた、サイコダイブって知ってる?」


 綾子が『いいえ』と首を振る。


 レンレンは目を閉じて『うん』と言うと、再び目を合わせた。


「他人の精神の中に私の精神を潜り込ませるのよ。ちょっと不思議体験よん。催眠術による精神の誘導とかとは違って、ホントに貴女の精神と私の精神が対峙するの。信じられないかもしれないけれど、私は法術によってそれができるのよん」


 そう言って意地悪そうに笑う。


「これから私は貴女の心の中に潜り込ませてもらうわ。その際、貴女の自我は邪魔な存在になるのでぇ、眠って貰うことになるわね。つまりね、私は貴女の記憶と思考を自由に閲覧、細工出来る立場になってぇ、貴女はそれを邪魔できない。うううん。終わったあとは、何をされたかも判らないのよぉ」


 見る見る綾子の顔色が恐怖にかじける。


「怖い?」


「す、少し……」


 綾子が答えた。


「そう、正直ね。そういうの、嫌いじゃないわよん」


 レンレンが、静かに右目のアイパッチを外し、綾子を見つめた。

 レンレンの右の瞳は、色を失っていた。虹彩は硝子のような輝きを放ち、その周りには、おびただしい血流がっきりと見て取れる。

 壊れた瞳。

 それ自体が己の意思を持つように脈打っている。

 綾子が、驚きのあまり眼を見開いたまま硬直した。

 するとレンレンは、自分の右目を指差してみせ、綾子に、異形のその瞳にほんの少しだけ意識を集中させるよう仕向けた。その瞬間、綾子の瞼は静かに閉じていき、くたりと椅子の背もたれに寄りかかり、気を失う。即座に風小が抱き起こし、椅子に座り直させる。


「3分ってところかしらね」


 サイコダイブは、潜る術者に負担がかかる事は当然ながら、被験者にも負担を強いる。

 ダイブと言えば聞こえも良いが、混沌とした精神に強いストレスで負担をかけ、消去法のように答えを探す。

 ストレスの強さを調節すれば双方の負担は軽くなるが、それでは心の殻を完全に消し去る事は出来ない。あまりにストレスが弱ければ、相手の精神力に弾き返されてしまう。

 返され続ければ、それは術者への大きな負担となって行き、非常に危険だった。最初の出会い頭に大きな負担をかければかけるほど、露呈される回答は真実のそれに近づくものなのだ。

 訓練によって耐性をつけることは可能だが、何の訓練も受けていない綾子にダイブして、安全のマージンを維持するのは、3分くらいが限度だろうと思われた。


「充分よ」


 姫緒が頷きながら答える。

 レンレンは立ち上がると、綾子の右脇に椅子を移動し、腰掛けた。


「それじゃあねぇん」


 そう言って、目を閉じて大きく深呼吸し、首を反らせたかと思うと、びくりと痙攣し、次の瞬間、いっぺんに身体のチカラを無くしたように椅子に深くもたれかかった。

 準備は整ったようだ。


「聞こえますか?私の声が」


 姫緒が眠ったように椅子に掛ける『レンレン』に向かってハッキリした口調で尋ねる。


「聞こえたら返事をして頂戴」


 尚も声をかけると、レンレンの口から「ううっ――」と言う呻きがもれた。


「答えてほしい事があるの。返事をして」


 今の状態を例えるなら、レンレンは本体の綾子につながれた『キーボード』と『スピーカー』だった。


 彼女は術によって、綾子の意識の部分をフリーズさせ、彼女の自我を覗き込んでいる。そこに外部からの情報を負荷に変換して入力し、出てきた答えを再び変換――。そして、答えはレンレンの口から語られる。


「聞こえる?」


「……はい――」


 ゆっくりと、今、目覚めたという感じでレンレンが返事をした。

 それは、つまり。横で椅子にぐったりと掛けている綾子の自我の声であった。

 サイコダイブが成功したことを確認した姫緒は、最初の質問を試してみることにした。


「教えて頂戴。あなたの名前は?」


 確認したかった一つ目のこと。

 それは、彼女が本当に彼女であるかどうか。


「わたし――、わたしの名前は――。『綾子』です」


 魂は嘘をつかない。


「それじゃあもう一つ教えて頂戴。あなたのお姉さんの名前は?」


 これが確認したかった二つ目のこと。

 これにより、綾子には那由子と言う姉がいることが判れば、精神的な思い込みや疾患によって、幻の姉妹を作っているのではないという確証になる。

 双子の絡む事件に置いて、まず一番に疑わなくては成らない命題。

 双子は存在するのか?

 そして、もし、双子が存在するのなら、ナニモノカの意図により、入れ替わったり勘違いをしていたりしていないか?

 姫緒は捜査をする上で、根本となる命題が間違っていないという事を確認しようとしていた。

 少々荒っぽいが、その信憑性の高さと確証にたどり着くまでの迅速さは、この方法に勝るものは無いだろう。

 事前に綾子に伝えなかったのは、事態を伝えることで綾子が自我に殻を作り、サイコダイブに余計な負担をかけないようにするためであった。


「お姉さんの名前は?」


「おねえちゃんの、なまえは、なゆこ――」


 突然、先ほどの口調とは全く感じの違う、幼く、聞き取りにくい声の調子でレンレンが答えた。


「?」


 これで、サイコダイブにより、姫緒の思惑どおり最短で最も確証の高い証明が取れたわけだったが――。

 姫緒は戸惑っていた。

 この口調の変化にどんな意味があるのを推し量ろうとした。

 が――。わからない。

 ふつう、思考が変換されて発せられる『声』は、その年齢における思考が言葉になるものである。

 口調や調子が変化するなどという、そんな逆行催眠のような凡例は聞いたことが無かったし、何より突然すぎた。

 それ故の困惑。


「うたがきこえるる――」


 不意に、質問もしていないのにレンレンの口から声が漏れる。

 ありえない。綾子の思考には何一つ負荷がかかっていないのだ。自我を眠らされている彼女が自分で思考出来るハズがない。

 事態の意味を知る風小が、不安げな表情で何度も綾子と姫緒の顔を交互に覗き込んだ。


「うたがきこえるのぉ」


 綾子が繰り返す。

『歌が聞こえる』?その言葉に姫緒は、那由子の日記を思い出していた。



『あの歌だ!間違いない。あの曲を聴いたせいだ!』

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