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天涯の記憶  作者: カンキリ


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戦慄8

 替わりに、那由子の顔には見る見る恐怖の色が浮かび上がり、顔を引きつらせながら後ずさりを始める。

 命乞い?

 初め、姫緒と、風小もその事態に気づいてそう考えた。

 しかし、そうでは無い。

 様子が違う。

 明らかに姫緒達とは別の、しかも目の前に存在する恐怖の対象への、恐れと、慄きが見てとれる。


「?」


 姫緒が訝しみ、詠唱を止めて後ろを振り返りろうとしたその時。


「姫緒さん」


 自分を呼ぶ声がした。

 一驚し、振り返る姫緒と風小。

 そこに、ポニーテールに髪を結う緑のリボン以外には、一糸纏わぬ娘の姿があった。

 それは那由子と同じ顔をした娘。

 綾子。

 が、独り立っていた。


「お姉さま!?」


 風小が叫ぶ。

 綾子は応えるように小さく頷くと、ゆっくりと姫緒達に近づいて来た。

 その動きは、まるで水中を進むようにふわふわとした足取りで、実際、腰まであろうかと言うポニーテールにまとめられた長い後ろ髪は、綾子の歩みに併せて、たなびく煙突の煙のように、宙に浮いたまま後ろに流れていた。


「姫緒さん。私にお姉さんと話をさせてください」


 そう言いつつも、綾子は歩を止めようとする素振りも無く、姫緒達の脇を音も無く通り過ぎていった。

 那由子の前に、無言のまま近づいていく綾子。

 その様子に、迫ってくる綾子に驚愕しながら、ただ震えて見つめていた那由子が小さな声で「ごめんなさい」と呟き出した。


「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい――」


 いつまでも、いつまでも、まるで呼吸の代わりに言葉を吐くように。

 その言葉を止めてしまうと死んでしまうというように。那由子が綾子に謝り続ける。


「お姉さん」


 綾子は那由子の目の前まで行くと、那由子の肩に軽く触れた。

 すると那由子は、力尽きたようにへなへなとその場にへたり込み、綾子を見上げて口を開いた。


「ななつさまが約束したんだよ!」


 先ほどまでの弱々しい姿からは想像できないほどの声で、那由子が叫ぶ。


「ななつさまが!約束してくれたんだよ!私がななつさまの言うことを聞けば、綾子を!綾子を生き返らせてくれるって!」


 泣き崩れる那由子。


「だから、ここに来たんだよ!私が力を使えるようになれば、綾子は幽霊じゃなくなるって!だからななつさまの言うとおりに――、ずっと、ずっと我慢して――、怖いことも、痛いことも、気持ち悪いことも――、全部、全部我慢して!我慢して!我慢して!我慢して!なのに……」


 那由子の嗚咽が大きくなって行く。


「なのに――。(ひっく……)ななつ様は、綾子はもう要らないって――。(ひっく……)(ひっく……)だから私、鬼追師に助けてもらおうとして――。(ひっく……)そしたら、ななつさまに見つかって――」


 沈黙。


 綾子が差し出した手を取って、那由子が立ち上がる。


「でもね――、大丈夫なんだよ――、もう、大丈夫なんだよ、綾子――。ななつさまが約束してくれたんだよ。鬼追師を殺せば綾子は殺さないって――」


 沈黙。


「許して――」


 那由子はそう言うと、綾子の身体に身をゆだねるようにして抱きついた。


「私が悪いんだよ――。私が綾子を殺したんだよ――。許してよ――。許して――。許して――、許して――、許して――」


 いつまでも止まない那由子の言葉を遮るように綾子が口を開いた。


「おねえちゃん、もういいよ、おねえちゃん」


 綾子は那由子をぎゅっと強く抱きしめる。

 ハッとしたように言葉を止める那由子。


「私がおねえちゃんを許さなくちゃいけない事、あるんなら、ぜんぶ、ぜんぶ許すよ、ゆるすから。だから、だから――」


 より一層、那由子を抱く手に力を入れる綾子。

 ふんわりと懐かしい匂いが鼻をクスグる。


「だから、もう、おねえちゃん、好きなことしていいよ。全部一人で我慢しなくていいよ!身体、返すよ。私、今までで充分だから。幸せいっぱいもらったから。おねえちゃんの時間、少し分けてもらって、凄く幸せだったから。ケーキ屋さんにもなれたし、お店のお客さん達もみんな善くしてくれたし、お友達も出来たよ!そうそう!妹も出来たの!」


 そう言うと、綾子はチラリと振り向き、風小と目を合わせた。

 不意をつかれてどぎまぎする風小を見て、楽しそうに微笑みながら那由子に向き直る。


「素敵な5年間だった。使っちゃったおねえちゃんの時間、それだけは返せないけど。後は全部返すよ。もう、おねえちゃん、好きな事していいよ!」


 静かに目を伏せる。


「たのしかった。ありがとう。おねえちゃん」


「ありがとう?」


 そう言って、ふらふらと那由子が綾子から離れた。


「ありがとうだなんて――シンジラレナイヨ――」


「おねえちゃん?」


「うれしいよ、すごくうれしいよ」


 那由子は綾子の肩越しに姫緒を見た。


「鬼追師さん」


 姫緒は無言で頷く。


「鬼追師さん。あと、お願いね」


 那由子の後ろに、漆黒の姿見のような四角い空間が出現した。


「私ね、綾子。行かなきゃいけないところがあるんだ。でもね、綾子に許してもらいたくてね、行けなかった」


 綾子の方を向いたまま、那由子は静かに後ろに下がって行った。


「でも、綾子が、ありがとうって言ってくれたから――」


 そう言いつつも名残惜しそうに、ゆっくりと『姿見』の中に、那由子が沈んでいく。


「おねえちゃん!」


「鬼追師さん。綾子をお願い」


 そう言うと、那由子の身体がすべて、四角い空間の中に沈み込む。

 こちらを向いて、うっすらと浮かび上がる那由子のその姿はまるで、綾子の姿が鏡に映っているかのように見えた。


「付いて来ちゃ――、だめだよ――」


「おねえちゃん!」


 那由子の姿は、漆黒の中に消えていった。


 綾子が泣き崩れる。


「また――、また私を置いていくの?」


「めでたし、めでたしィー!」


 唐突に、ぱちぱちと手を叩きながらはしゃぐ女性の声がした。


「やっぱりあなたの仕業だったのね。ネモ・レンレン」


 姫緒の隣には、いつの間にか光沢のある白いチャイナドレス姿のレンレンが立っていた。


「だァってぇん。姫緒ったら、帰りの段取りもつけずに行っちゃうんだもん。綾ちゃんに道案内してもらって迎えに来たのよん」


 媚びるような色っぽい態度でレンレンが姫緒に擦り寄ると、彼女は言葉も無く身をかわした。

 レンレンは崩れそうになった体勢を建て直し、何事も無かったように腕を組み、意地悪そうな笑いを浮かべて、隻眼を姫緒に向ける。


「姫さま!」


 風小が叫び、綾子を指差す。

 座り込んで、すすり泣いていた綾子は、ゆらりと立ち上がったかと思うと、那由子の消えた漆黒の空間へふらふらと近づいていくのだった。


「綾子さん!」


 姫緒が大声で綾子を呼ぶと、彼女は踵を返し、ぎこちない笑顔で姫緒と向き合った。


「綾子さん!そこに行くことをあなたのお姉さんは望んではいない!」


 姫緒の言葉に綾子は小さく首を振った。


「姫緒さん――。みなさん――。お姉さんを見つけてくださって本当にありがとうございました。本当に、とても感謝しています」


「その空間の先にあるのはねぇ」


 レンレンが口を挟む。


「その先にあるのは、多分、潜在的共通意識の空間。那由子はそこで究極態になるために行ったのよん。星の数ほどの、あらゆる記憶の平行世界。空間と物質が混沌とした概念世界。時間すらその意味として存在する。次元の坩堝。生と死を超えた超空間よん」


 そう言ってあはははははと大きく笑って続けた。


「案外、幸せになれるかもよん」


 綾子は小さく頷くと、そのまま後退り、目を閉じて静かに空間の中に沈みこんでいく。


「レンレン、あなた今、那由子が究極態になるとか言ったわね。何か掴んだの?」


 レンレンは得意げに胸を張った。


「帰ったら詳しく話したげるけど、それが那由ちゃんのほんとの能力なのよん。幽霊作ったり、あやかしの冷蔵庫になったりなんていうのは、ほんの序の口ィ。時空間を概念として操作することすら可能な、生命の生と死の存在をも脅かすかもしれない、究極の超意識態よん。あははははは、最早、あやかしねぇ」


「人の運命すら操るあやかし?つまり――」


 姫緒が了解したというように笑みを浮かべる。


「那由子は、ななつさま、になるということ?」


「!」


「やっと見立てが整ったわね」


 姫緒は悟った。

 那由子こそが、ななつさま――、死神の継承者だったのだと言う事を。

 死神が欲しがったのは、那由子の能力ではなく、那由子自身だったのだ。

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