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天涯の記憶  作者: カンキリ


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2/25

客(まろうど)

  整ったダイニング。

暗めなブラウンのフローリングが敷き詰められた床。

 姫緒きおが、ベージュのホルダーネックに白のパンツ姿で、部屋の中央に置かれたスツールに腰を掛け、傍らのテーブルの上に置かれた郵便物の束から手紙を一つずつ手に取っては目をとおす。

 テーブルの上には他に、半分ほどオレンジジュースの入ったクリスタルグラスがひとつ。

 手紙には宛名の他に『親展』『請求』『催告』等、意味深げな赤い文字のスタンプが押されているものが目立つ。

「くだらない」

 彼女はそう言うと、長い黒髪を軽く手櫛で整え、読みかけていた手紙を束の中に戻し、それら全てをまとめて足元の小さな屑カゴに放り投げた。

玄関のチャイムが鳴った。

しばしの沈黙の後、再びチャイムの音が響く。

風小ふうこ!聞こえないの!早く応対しなさい」

 姫緒が怒鳴る。

「風小!」

「はあい!ただいまぁ!」


綾子の目的地は、静かな住宅街を少し外れた、一際寂しい大きな坂道の途中にあった。

 背の低い木々に囲まれるようにして建つ、切妻屋根の大きな洋館は、煉瓦積みの門扉はあるが、周りを囲むような外壁はなく、よく手入れの行き届いた庭の先に玄関がある欧風のお屋敷といった構えで、玄関の周りの床にはクラシックなイメージのタイルが張り巡らされていた。

 綾子が深い庇の下に立ち、三度目の呼び鈴を鳴らそうとしたその時。

 突然、細かい細工が施された金属製の玄関の扉が勢いよく開き、物語の中でしか見たことの無かったメイド姿をした、亜麻色のショートカットをした小柄な女の子が飛び出してきた。

 左手でロングスカートを膝上までたくし上げ、反対の手で取っ手を掴みながら、くりくりとした緑色の大きな瞳で、ハッシと綾子の顔を睨み付けた。

「な、なななななな何のご、ご用でひょうか。ご用とお急ぎの無い方は、これで失礼致しますデスよ」

 余程慌てて出てきたらしい娘は、荒々しく息をして怒り肩になっていたために、異様な迫力を身体に纏っている。

 綾子は、左手に持った白い封筒をメイドの前に付き出した。

「これっ、紹介状です。これを姫緒さんに」

 何の変哲もない白い封筒。

 ふと、何を思ったか、メイドが封筒に顔を近づけて、クンクンクンと鼻を鳴らす。

 怪訝そうに封筒に注がれていたメイドの目が、見る見る驚愕のそれに変わった。

「あえぇぇぇぇ!」

 尋常でない悲鳴が、玄関前の閑素な通りに木霊する。

「それは――、それはぁ、『ねじまき屋』の鍵札ぁ!」

 ざあっと小さな風が舞い上がり、庭の草花がざわめいた。

「えっ?」

 綾子が小さく驚く。

 確かに、封筒は『ねじまき屋』から預かったものだった。

 しかし、表面上は、何の変哲もない白封筒なのだ。

 何故、このメイドは、紹介状の主が『ねじまき屋』であることが判ったのだろうか?

 そして、この娘の言う『鍵札』とは、ねじまき屋に『決して中を見ないこと』として渡されたこの封筒の中身の事なのだろうか?


 メイド姿の娘、風小は確信した。

 見知らぬ訪問者が差し出す白い封筒からは、結界の解除を求める波動が発せられている。

 幾重にも張り巡らされた風の結界。

 それは、許可無くこの家を探そうとするものに対して発動し、『気の迷い』や『胸騒ぎ』、『誤った予感』などを巧みに発現させ、目的地に辿り着けなくしてしまう。姫緒の命令により、風小が張り巡らせた強力な結界。

 その結界に対しての負の波動。

『鍵札』

 間違いはなかった。

 盟約により、この家に訪れることを許された者だけが持つ、唯一の結界解除アイテム。

 この世に、ほんの数枚存在する内の一枚。

 目の前にあるその鍵札は、波動から『ねじまき屋』のものとすぐ判った。

 だが、何故?それをこの見ず知らずの娘が持っているのか?

 何んであるにしろ――。

 それにどんな理由があろうと、鍵札を持つものに対して風小は如何なる阻害をすることも許されない。

 鍵札を持つ娘が姫緒に会いたがっている。

 娘の目と、風小の目が合う。

「しばらくお待ち下さいデスよ!!」

 気迫のこもった風小の声に、娘が一瞬たじろぎ扉が閉じた。


 風小は回れ右をすると、再びロングスカートをペチコートごと抱え込むようにたくし上げ、螺旋階段へのエントランスを、一気に駆けきった。

 階段の下まで来ると、大きな音をさせないように、足が攣るほどチカラを込めて爪先立ちし、二段抜きで螺旋の階段を駆け上がる。

 二階のダイニングに出る三段手前で止まり、両手を離しスカートをストンと落とす。

 慌てて前髪に手櫛を掛けて整え、ヘッドドレスの位置と襟の乱れを直し、ぱんぱんと軽く叩いてエプロンを整えると、努めて何事も無かったように階段をゆっくり昇り、姫緒の待つダイニングに出た。

 姫緒と向かい合い、深くお辞儀をする。

「お客様がおいでデスよ」

 小さめな黒い丸フレームの眼鏡をかけて手帳を見ていた姫緒が、顔を上げ眼鏡を外した。

「誰?」

 風小はお辞儀の姿勢のままハッとした。

 何としたことだろう、相手の素性を確認していない。

「申し訳アリマセン。お聞きするのを忘れましたデス」

 姫緒が小さく顔をしかめる。

 『風小の知らない客』が今、この家に尋ねて来ていると言う。つまり、風小の創った結界の中を尋ねて来たということ。

 素性を確かめずに報告に来てしまった風小の慌てぶりを見ても、彼女がどれだけ狼狽しているかが判る。

「同業者?」

 姫緒が尋ねた。それがまず第一に考えられる状況だった。

「いえ――。違う――と、思いますデスよ」

 風小はそう答えると、ゆっくりと上体を起こしながらオズオズと続けた。

「そのう――。『ねじまき屋』の『鍵札』を――、お持ちなのデスよ」

 風小がそう言い終わるか終わらぬうちに、姫緒が手に持った黒い手帳をテーブルに叩きつけるように置いた。

静かなリビングに、手帳の表紙皮とテーブルがぶつかる乾いた破裂音が響き渡る。

「ひぃっ!」

 風小が、小さく悲鳴を上げて首をすくめた。

 オレンジジュースが入ったテーブルの上のグラスが、ビリビリと共鳴し、小さく唸る。

「携帯をちょうだい」

 姫緒がそう言うと、風小は小走りに近づいて行き、メイド服の襟首から手を突っ込んで胸元を探っていたかと思うと、携帯電話を探り出し、姫緒に手渡す。

 気がつくと、姫緒が自分の方を見ている。どきりとして愛想笑いを浮かべてみる。

「チョーカーが曲がってるわよ」

 姫緒はそう言って、中折れ式の携帯電話を開いて操作した。

 携帯の呼び出しが二度鳴らない間に相手が出た。

「姫緒さんですか。そろそろ連絡が来る頃だと思ってましたよ」

 ひょうひょうとした男の声が先制する。

「どういうつもりだ?『ねじまき屋』」

 怒りを露にした凄みのある声で、姫緒が問いつめた。

「着いたでしょう?かわいい娘さん」

 ねじまき屋が続ける。

「インターネットでケーキやクッキーを売ってる人気のパティシエさんです。名前は――綾子さん」

 お互いを探るような嫌な間。

 切り出したのは『ねじまき屋』だった。

「なんでも大変らしゅうございましてね。で、そちらの霊査所のホームページに行ってもらいました。電話番号が『見える』そうです。一応、合格です」

 姫緒は電話を依頼人とのコンタクトの唯一手段としていた。

 その電話番号は――。

 姫緒の事務所『姫緒霊査所』のホームページにインターネットでアクセスすることによって確認することができた。

 が、しかし。

 このホームページもまた、自宅のまわりに張り巡らされた結界と同じように、特別な結界呪文をデーター化して壁紙の様に偽装し、気づかれないようにアップしてあり、『あやかし事』と呼ばれる怪異な事件に関わりを持ったことのある者のみが、その電話番号を正しく読めるように仕組まれていた。

『ねじまき屋』はその『一連の手続きが終わっている』ということを主張しているのだった。

「なぜ鍵札を渡した」

『ねじまき屋』の話を黙って聞いていた姫緒が口を開く。

「鍵札の協定は、お互いの信頼関係で成り立っていることは知っているはずだが?」

「もちろんです、姫緒さん」

 大袈裟なほど愛想のよい声で『ねじまき屋』が答える。

「私も、最初は電話をかけなさいと何度も言ったのです。しかしどうにも直に話したいと言って聞かない」

「よくわかった」

 そう言った姫緒の声は、明らかに何も判っていなかった。

「綾子さんには早々にお引き取り願って、鍵札は返却してもらうということで手を打つ」

「待ちなさいよ姫緒さん。そう話を急ぐもんじゃあ、ありません」

 電話の向こうの『ねじまき屋』も、そう言いながらもこの話を早く終わらせたがっているのが感じられた。

「参りましたね。いや、実はね、うちの嫁が綾子さんの店のケーキのファンなのです。なにかと五月蠅う御座いまして」

 ほとほと困り果てたと言った口調で、しかし、早くけりをつけたいという気持ちをあからさまに隠そうともせず、弁解を始める。

「由美さんが?」

 姫緒は、傍らに立つ風小の顔をチラリと見た。

 この娘、『風小』は人間ではない。

 姫緒が盟約を結ぶ『式神』。赤い扇の付喪神。あやかしである。

 或る事件の際、その、風と空間を操る彼女のチカラを姫緒が見込み、盟約したのだった。

 今となっては、仕事の助手をさせる傍ら、自分の身の回りの世話もさせてはいるが、何せ、人間の生活というものを何一つ知らず、齢千年を越えた『あやかし』だ。

当初、式神として盟約したばかりの頃は散々たるものだった。

 人間としての習慣が無いだけで、知識もチカラもヒトの数十倍以上あるのだ。

 或る意味、赤ん坊に一から教え込むよりたちが悪い。

 そんなとき。『ねじまき屋』の奥さん。由美さんと出会った。

 彼女は風小のあやかしとしての習慣を、奮闘の末、人間のそれに教育し直してしまったのだった。

 そんな彼女を、姫緒としても無下にするわけにはいかない。

 事情を重々知った上での『ねじまき屋』の言葉であったことは明白だったが。

 電話の向こうの『ねじまき屋』にしてみても、嫁は姫緒のそれとは違った意味で唯一のウィークポイントであることは事実であったし、この男の日頃の行いから見ても、その言葉に嘘は無いと思われた。

「ふん」

 目を伏せた姫緒が、鼻を鳴らす。

「利害関係の一致でよろしいですね」

 隙を見せた姫緒に『ねじまき屋』が追い討ちをかける。

「貸しと言うことでいいのか?」

 自嘲ぎみに姫緒が言った。

「勉強させていただきます」

「後悔するぞ……」

 そう言って、姫緒は一方的に電話を切った。 

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