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天涯の記憶  作者: カンキリ


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19/22

ほんとのこと3

「気づいてみたら朝でした。あの獣たち――。姫緒さんはあやかしと言っていましたが。あれは部屋の中に入ることは出来なかったようです。それでも、ただもう怖くて怖くて。起きたとたんに錯乱してしまい、部屋の中を転げ回るようにして、這々の体で寝室を逃げ出したんです」


 話し終えた綾子は一呼吸置いて続けた。


「今でも、一晩中、あの、あやかし達に見つめられながら倒れていたとかと思うと――」


 そう言ってふるふると身体を震わせる。

 綾子のそんな姿に同情する余裕など、今の北條には皆無だった。

 心ここにアラズの表情をした顔色から、急激に血の気と意識が引いていく。

 そのまま消え入りそうになった意識を、すんでの所で踏みとどめ、おもむろに携帯電話をベルトのホルダーから取り外すと、予め登録してあった姫緒のアドレスを呼び出した。

 長めの呼び出し音。北條の意識が再び遠くへ落ち込みそうになったとき、電話口から声した。


「こんばんわ、北條さん。何かご用ですか?」


「ふざけるな鬼追師!」


 もはや北條には綾子は見えていない。外でもはばかれるような大声で怒鳴り散らす。

 姫緒は知っていたのだ。その事が北條の怒りを加速させた。


「俺は降りるぞ!」


 もはや一刻の猶予もない。怒りと余裕の無さがストレートな言葉となって吐き出される。


「落ち着いてください北條さん。綾子さんの話は良く聞いて下さいましたか?」


 取り繕う気配もなく、妙に落ち着き払った口調で姫緒が言った。


「ふざけるな鬼追師!聞いたからこそ電話してるんだ!出てるじゃないか!しっかりあやかし、おいでになってますじゃないかぁ!」


「あやかしが居ないなどとは一言も言ってませんよ、北條さん。私は今すぐに危険な状態になると言うことは無いと言ったのです。それに、あやかしに狙われていると言うことは話してあったはずです。狙われているという確証が無ければ、玄人としてそんな風に口に出したりはしません」


「詭弁を言うなぁ!お前の屁理屈につき合っている暇は無い!俺は怒った!止めるぞ!止めて帰るぞ!絶対帰る」


 常人にしてみれば、あやかしが居る事自体で、もはや最上級の『危険な状態』である。姫緒に玄人の意見だと言われても、素人の北條がハイそうですかと言えるはずが無かった。


「そうですか。非常に残念ですが――。それではこの話は無かったことにいたしましょう」


 意外な姫緒の言葉に、北條の緊張と怒りがふっと緩む。

 あまりに、あっけなさ過ぎる。その事が北條に新たな警戒感を呼び起こさせ、たじろぐように沈黙する。


「残念です、北條さん。貴方を解放すると言うことは、たった今から喚ビの荒石の印を解くと言うことです。風小を召還出来なくなりますが、よろしいのですね」


 北條の頭で鳴り響いていた警報が止んだ。『残念』とはそう言うことだったのだと理解する。


「かまうもんか!」


 姫緒は、自分が風小に対して少なからず好感を持っているのに気づいているのだろう、と北條は思った。確かにそのとおりだが、命がかかっているとすれば、それとこれとは全く別だ。

 脅しにしては余りに陳腐な切り札に、北條は、姫緒を心の底であざ笑っていた。


「結構です。北條さん。時に、綾子さんにお聞きになったお話の中に、あやかしは何匹出てきましたか?」


「はぁ?」


 脈絡のない、安っぽいクイズ番組のような突然の質問。


「綾子さんに確認してご覧なさい。あやかしは一匹でしたか?それとも二匹?」


 一抹だった不安が大きく広がり出す。北條はゆっくりと振り返ると、後ろにたたずむ綾子を見た。彼女は今の事態を飲み込めず、不安げな表情で北條を見ている。

 北條が口を開く。


「あのー。綾子さん――」


「はい!」


 北條の声に弾かれるように綾子が返事を返す。


「あやかしは――」


 北條は先ほどの綾子の話を思い出していた。たしか。


「何匹ぐらい居たので――?」


 さっきの話によれば。


「えっと――」


 綾子はそう言って、北條の肩越しにバルコニーの方に視線を移す。

 その視線に従って、北條もそろそろと振り返る。そこには、となりの寝室にあるそれと同型と思われる、2メートルほどの高さと間口の吐き出し窓。その窓ガラスに――。


「10匹か、20匹くらい。多分――」


 びっしり。


「だ、だからどうしたってんだ!おい!鬼追師!」


 その状況を想像して、ひびりながら北條が電話に向かってがなった。


「身をもってご存じとは思いますが」


 再び穏やかな姫緒の声が電話口から流れる。


「あやかしには敵を敵と認識するチカラがあります。ところで北條さん。あなたはそこに何をしに行ったのでしたっけ?」


 姫緒はそう言うとわざと会話に間を持たせ、北條に考える時間を与えているようだった。


 「あっ!」


 だが、そんなことは考えるまでもない。北條が小さく叫ぶ。


「北條さん。あなたはそこに綾子さんを助けに行ったのですよね。つまり、あなたはあやかしにとって何なのでしょう?」


 自分は、『鬼追師の代理人』。『あやかしの敵』。


 だらだらと、冷や汗が流れ落ちる。意識が状況を確認する事を拒絶して思考出来ない。


「あやかしは何匹でしたか?北條さん。10匹ですか?20匹?その内の一匹が、お帰りの際に貴方についていってもおかしくは無いですよねぇ。北條さん。『敵』の家を発見したら、あやかし達はどうするでしょうね?」


「き――、キおいしぃ――」


 ゆっくりと状況を把握しだした北條が、恨めしそうに言葉を絞り出す。


「ほんとうに風小は必要ありませんか?」


 もはやどんな奇跡もこの状況を救ってはくれない。

 北條は電話を耳に当てたまま、額から脂汗をダラダラと流し、硬直して押し黙っていた。


「ほんとうに残念です。『さようなら』北條さん」


「まってくれ!切るな!」


 間髪入れずに北條が叫ぶ。


「留守番を続けてください」


 力のある声で、静かに姫緒が言う。もはやそれは命令だった。


「案ずることはありませんよ北條さん。報酬は差し上げますし、お約束は全て守ります。あなたは2、3日そこに泊まり込んで――」


「2、3にちぃー!?」


 いきなり約束が違う。北條が再び切れた。


「約束では明日の朝までのハズだ!」


「おや?」


「『おや?』じゃねぇ!何が約束は守るだ!説得力なさすぎだろ!」


「いずれにせよ」


 姫緒が北條の追撃を振り切る。


「いずれにせよ。私が帰ってくるまでの間、あなたはそこで留守番を続けるしか生き残る術は無いのですよ」


「き――、きったねぇ――」


 完璧に絡め取られた。全ては姫緒の手の内だったのだ。


「それでは、失礼します。北條さん、ご武運を」


 そう言って姫緒の電話が切られた。


 北條は、ほんのしばらくの間、携帯電話を握りしめたまま、何かを考えていたようだったが、突然、綾子に詰め寄ると口を開いた。


「綾子さん!何か、無いか?」


「えっ?」


「ほら!こう、太くて!硬くて!長い」


 綾子の顔が見る見る困惑の表情に変わっていく。


「俺には武器が、武器が必要なんだぁ!」


 北條が声を裏返して叫喚した。


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