2.買い出しにて。
「んー……ちょっと、足りないなぁ」
「ん? 足りないって、なにが」
朝食を摂り終えて、俺は余暇をスマホのネットサーフィンで潰そうとしていた。するとトーコが冷蔵庫を覗き込みながら、そんなことを言う。
こちらが訊き返すと彼女は、こちらに振り返りながら答えた。
「見ればわかるっしょ? 冷蔵庫の食材、だよ」
「あー、基本的に自炊しないから」
「もったいないなぁ……」
こちらの言葉に対して、トーコは「こんなに立派なキッチンあるのに……」とボヤキながら、近くにあった紙とペンを手に取って、何かを走り書く。そして、
「ん、これお願いね!」
「これって、買い物リスト?」
それを俺に突き付けてきた。
手に取ってみると、そこにあったのは人参やジャガイモ、といった必要食材の名前と個数。俺が首を傾げながら言うと、少女は腕を組んで頷くのだった。
やや自慢げなその表情に、思わず苦笑してしまう。
このように感情の起伏がハッキリしていると、どうしても霊体であるという事実を疑ってしまうのだった。
「さて、ソータくんが出ている間にアタシも色々やるから! それそれ、急いで行ってらっしゃいだよ!」
「お、おおう……?」
そうしていると、考えるより行動しろ、と言わんばかりに。
トーコは俺に財布を握らせると、背中を押してきた。ゆっくりと午前中の暇を過ごしたかったが、こうなっては仕方ない。
それに食材が増えれば、彼女の美味しい料理がまた食べられる。この点についてはこちらとしても、悪くないと思える利点だった。
「それじゃ、行ってきます」
「いってらっしゃい!」
そう考えて、俺は炎天下の外へと繰り出す。
ただ思ったことは一つ。
「……トーコって、意外と家庭的なんだな」
彼女が外見に反し、ずいぶんと親しみやすい、ということだった。
◆
「それにしたって『幽霊の家政婦』ってのも、面白いよな」
俺はひとまず自転車を走らせ、アパートから少し離れた市街地に出てきた。
ここには居住地付近にはないスーパーや雑貨店、さらにはカラオケだったり、娯楽施設がある程度は揃っている。もっとも都心のような充実感はなく、されども不足感は最小限。いわゆる、ちょうど良い田舎、というものだった。
「えっと、まずは――」
そこの一番大きなスーパーに足を運び、俺はひとまずリストに書かれているものを探す。量にして数日分と思うのだが、消費期限などと見比べても程よい数の指定がされていた。どうやら、そういったあたりにもトーコは気が回るらしい。
そのことに感心し、俺はジャガイモを手に思わず呟いた。
「すごいな。まさに、理想的なお嫁さん――」
「……え、夏海くん。誰かと結婚したんです?」
「ん……?」
すると思わぬ方向から、何やら会話に混ざる人がいる。
そちらを振り返ると、そこには――。
「誰かと思えば、雛森か……」
「『雛森か……』って、なに残念がってるんですか! 大学以外で珍しく、可愛くて人気者の先輩に会えたってのに! ――というか、呼び捨てするな!」
ちんちくりんな、中学生くらいの女の子が立っていた。
彼女の名前は雛森暁美。同じ大学に通っている二学年先輩、つまるところ三年生だった。肩ほどまでの栗色の髪に、幼さの抜けない顔立ち。くりくりとした円らな瞳が、その童顔具合に拍車をかけていた。
服装も小学生くらいの女児が着用しそうなもので、人気者というのも、とある特殊な一部の方々にという注釈が付いてくる。
「すみません、って。……先輩はどうしたんすか、こんな休みに」
「アタシ? アタシはここが地元だからね。普通に頼まれた買い出しだよ」
そんな先輩を適当にいなしながら、俺は必要なものをカゴに入れていった。
雛森先輩もいつの間にか、一緒に歩く形になっていく。そして、
「しかし意外だね。面倒くさがりの夏海くんが、自炊だなんて」
世間話の延長としてそんなことを言った。
俺は色々と考えた後、適当に応える。
「あー、ちょっとばかり入り用でして」
「なに? もしかして、同期でパーティーとか?」
「俺のアパート知ってるでしょう? 騒いだら追い出されますよ」
すると思いの外、先輩は興味を持ってきた。
面倒だな、と思いながら、俺は嘘も方便と考えて言う。
「実は親戚が来てるんです。それで、買い出し」
「あー、なるほど……?」
するとようやく、ロリ先輩も納得したらしい。
しばし、動きを止めて――。
「――女?」
なんとも意地悪い表情を浮かべ、そう訊いてくるのだった。
こうなったら、もう下手に誤魔化すのもおかしい。
俺は会計をしながら頷いた。
「そうですよ」
「えええええええええええええええええええええ!?」
「……うっせぇ」
すると何故か、先輩は大声をあげる。
たしかに意外かもしれないが、親戚だと前置きしているのに何なのだ。俺が耳を塞いでいると、先輩はそれでも聞こえるくらいの声量で詰問してくる。
「誰!? 歳は、身長は、体重は!? 可愛い系!? キレイ系!?」
「………………」
俺は眉をひそめながら、買った品を袋に詰め込み答えた。
「先輩には、関係ないでしょう?」
「――か、関係ありますぅ!!」
すると今度は見た目通り子供らしく頬を膨らす。
そしてそんなことを言うので、いよいよ面倒くさくなってきた。俺はそそくさと自転車のカゴに荷物を乗せ、先輩に言う。
「気になるなら、見にくればいいっすよ。それじゃ」
「ちょ、ちょっと待てええええええい!?」
自転車をこぎ出し、出発進行。
雛森先輩の悲鳴のような声を背中に受けながら、俺は足を止めずに帰宅の途に就くのだった。
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