1.燈子さんの手料理。
さっき見たのは、夏の幻覚か何か、だったのだろうか。
あるいはボッチ過ぎるが故に見てしまった妄想、その具現だったか。俺は結局のところ、さっきの女の子――燈子さんを見つけられないまま、自宅であるボロアパートに戻ってきた。
俺の部屋は階段を上った二階の角部屋。
格安の中でも、何故かひときわ安い家賃なので選んだ場所だった。もっとも入居してしばらく、その居心地の悪さに後悔したわけだけど。
「えっと、鍵は……ん?」
などと、鍵を探していてふと違和感を覚えた。
部屋の中には誰もいないはず。それだというのに、明らかに人の気配がする。俺は不審者か盗人が入り込んだと考えて、近くに転がっていた鉄パイプを拾い上げた。そして、こじ開けられたのであろうドアのノブを捻って――。
「あ、れ……鍵、かかってる?」
さらなる異変に、首を傾げてしまった。
鍵はかけられたままで、こじ開けられた様子はない。だったら、中にいるのは誰なのか。考えられるのは、一人だった。
「あー、大家の上木さんか?」
上木さんとは、このアパートの管理人である男性だ。
どうにも人懐っこいおじさんで、一人暮らしを始めた俺に対して何かと甲斐甲斐しくしてくれている。彼ならマスターキーを持っているだろうし、入室後に鍵をかけ直した、と考えれば筋が通った。
俺はそこでドッと肩の力が抜けて、改めて鍵を取り出す。
そして、開錠してドアノブを捻るのだった。
すると――。
「おかえりなさい、ソータくん! エプロン借りてるよ!」
「へ……?」
俺を出迎えたのは、中年のおじさんではなく。
水着にエプロンという不思議なコスチュームをした美少女。長い金髪に色白の肌、そしてしっかりメイクの燈子さんだった。
彼女はなかなか攻めた水着をつけていたため、エプロンをつけると、その――。
「――あ、ソータくん。鼻血? エロいこと考えたっしょ?」
目の毒であること、この上ない。
ちゃんと着ているのに、着ていないように見えるというか。正面から見ると、見事なまでに裸エプロンと誤認する仕上がりになっていた。
俺の鼻からはタイミング悪く血が伝い落ち、燈子さんはコロコロと笑う。
だがこれは絶対、俺に非はなかった。だから――。
「たのむから、なにか別のものを羽織ってください!?」
色々とツッコむところはあれど、ひとまずそう叫ぶのだった。
◆
「おー! これが男の子サイズのワイシャツ! 初めて着たよ!」
「それはそれで、なにか問題がある気はするけど……ひとまず、置いておこう」
俺は普段使いしているワイシャツを引っ張り出し、燈子さんに貸し出した。
彼女はそれを水着の上に羽織って、なにやら興味津々に自分を見ている。そんな無邪気な様子に、俺はどこか毒気を抜かれてしまった。
とりあえず、後回しにしていた食事を摂ることにしよう。
そう思っていると、燈子さんが口を開いた。
「そうそう、ちょっと台所借りて軽食用意しておいたの!」
「え、本当に? どうして、そんな……」
「ソータくん、さっきお腹鳴ってたからね!」
「……マジか」
どうやら彼女とのファーストコンタクト時に、俺は恥を晒していたらしい。
そんなことから、燈子さんに気を遣わせてしまったわけだが……。
「さ、召し上がれ!」
「おおう。思ったよりも家庭的な……」
差し出されたのは、塩むすびに味噌汁一杯。
どちらも程よい味付けがされていて、空きっ腹に染み渡っていった。俺はあっという間に平らげて、両手を合わせて感謝を示す。
そして、その時に思うのだった。
「あれ? 燈子さんの分は、ないの?」
そういえば、彼女は何も口にしていない。
これでは俺がもてなされている、といって過言ではなかった。こちらが迎えているのだから、何か出そうと思って立ち上がりかける。すると、
「あぁ、アタシは大丈夫!」
「いやいや。せっかくだし、飲み物の一つでも――」
「いや、そうじゃなくてねー?」
燈子さんは、サラっとこんなことを言うのだった。
「アタシ、幽霊だからさ!」――と。
時間が止まるような感覚。
俺はしばらく、いままでに起きた事象を頭の中で整理した。そしてようやく、不思議だった出来事に一本の筋が通り、納得する。
だが、それと同時に――。
「なんですとおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」
近所迷惑など気にもせず、そう叫んでしまうのだった。
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