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「ロジカ」と「アース」、時々、田中と佐藤*画面の向こうの「理想の人」と、目の前の「大嫌いな人」が一致した*  作者: 伝福 翠人


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6/8

合言葉が結ぶ、残酷な真実

静かな公園に、男の荒い息遣いと、猫の苦しそうな鳴き声だけが響いていた。


約束の午後二時は、もう過ぎている。


『アース』は、もう来ないかもしれない。


いや、もう、どうでもよかった。


律子の全神経は、目の前の「非論理的な男」を論破することに集中していた。


「あなたは、感情論でルールを破壊しようとしている。それは社会的な秩序を踏みにじる行為です」


「秩序? そいつが死んでから守る秩序に、何の意味があるんだよ!」


「意味はあります。あなたが今ここで勝手な処置を施すことは、動物愛護法における……」


「ああ、もう、わかった! わかったよ!」


男は、いら立ちを隠しもせず、自分の髪をぐしゃぐしゃとかきむしった。


「あんたの言うことは、全部正しい! 完璧な正論だ! 役所の窓口かどっかで、いつもそうやって『ルールです』って言って、人を追い返してんだろ!」


図星だった。


律子の胸が、冷たい針で刺されたように痛む。


(違う、私は、ただ、正しく……)


「けどな!」


男は叫んだ。


「そいつは、ただのあんたの自己満足だ! 目の前の痛みを無視して、遠くのルールを守って、それで『自分は正しいことをした』って安心したいだけだろ!」


「……違う」


「違わねえよ! そんなもんは、ただの臆病者の言い訳だ!」


男は、震える猫をそっと抱え上げようと、再び身をかがめた。


律子は、とっさにその腕を掴もうとする。


「やめなさい! あなたが触るな!」


「邪魔すんな!」


男は、律子の手を荒々しく振り払った。


その瞬間だった。


怒りが頂点に達した男は、律子の目をまっすぐに見据え、心の底からの叫びをぶつけた。


「いい加減にしろ! 理屈は後だ!」


「――え」


律子の思考が、停止した。


今、なんと言ったのか?


『理屈は後だ』。


それは、ネットの向こう側で、いつも『ロジカ』の鋭すぎる論理を、優しく受け止めてくれた言葉。


それは、律子が、世界で最も信頼する『アース』の、合言葉。


律子の頭が真っ白になり、唇が、勝手に動いていた。


無意識の、反射だった。


「…………問題ない」


男の動きが、凍り付く。


『問題ない』。


それは、どんなトラブルや愚痴にも、冷静な分析で応じてくれる、ネット上の『ロジカ』の合言葉。


ゆっくりと、男が顔を上げる。


その目から、さっきまでの怒りが消えていた。


代わりに、信じられないものを見るような、絶望的な驚きが浮かんでいた。


男は、目の前の女を見た。


冷たい眼鏡。


融通の利かない、地味なスーツ。


今にも泣き出しそうに歪んだ、その顔。


それが、自分が最も信頼していた『ロジカ』の、現実の顔だった。


律子も、目の前の男を見た。


ルーズな格好。


感情的で、子供っぽい、非常識な男。


自分が最も軽蔑していた、あの男の顔。


それが、自分が最も惹かれていた『アース』の、現実の顔だった。


時間が、止まった。


(……あ)


(……まさか)


『アース』は、この男だった。


『ロジカ』は、この女だった。


ネットで築き上げた、完璧な理想。


現実で積み上げた、最悪の嫌悪。


その二つが、今、目の前で、残酷な音を立てて衝突し、砕け散った。


「あ……」


律子が、何かを言おうとした。


だが、声にならない。


「……うそ、だろ」


男が、絞り出した。


次の瞬間、律子は、背を向けて走り出していた。


もう、何も考えられなかった。


慣れないヒールがもつれ、転びそうになるのも構わず、ただひたすらに、その場から逃げ出した。


『アース』から。


あの男から。


そして、こんな現実を招いた、『ロジカ』自身から。


男は、その場に立ち尽くすことしかできなかった。


腕の中では、小さな猫が、か細く鳴いていた。

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