表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「ロジカ」と「アース」、時々、田中と佐藤*画面の向こうの「理想の人」と、目の前の「大嫌いな人」が一致した*  作者: 伝福 翠人


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

3/8

正直と、裏切る現実

『アース:今度こそ、本当に会おう』


チャットルームに、アースからの真剣なメッセージが届いたのは、あの「最悪の日」から一ヶ月が過ぎた頃だった。


『ロジカ:……本気ですか?』


『アース:本気だ。もう、ネット越しじゃ我慢できない。俺は、ロジカに会いたい』


律子の心臓が、大きく跳ねた。


嬉しい。だが、それ以上に、怖い。


会いたいのは、『ロジカ』であって、地味で、押しに弱く、感情の爆発が苦手な『田中律子』ではない。


(現実の私を見たら、彼はきっと幻滅する)


『ロジカ:……私は、あなたが思っているような、完璧な人間ではありません』


『アース:知ってるさ。俺だって、君が思ってるほど包容力のある聖人じゃない』


『アース:お互い、現実じゃ色々ある。だからいいんじゃないか。ダメなところも、全部見せ合おうぜ』


『ロジカ:……』


『アース:大丈夫。俺が全部受け止める。……ダメか?』


律子は、ぎゅっと目を閉じた。


この一ヶ月、アースの優しさにどれだけ救われてきたことか。


臆病な自分(田中律子)を、論理の仮面ロジカで隠し続けるのは、もう限界だった。


(……この人になら)


『ロジカ:……わかりました。会いましょう』


『アース:本当か! やった!』


画面の向こうで、アースが子供のようにはしゃいでいる気配が伝わってくる。


律子は、不安と期待が入り混じった複雑な笑みを浮かべた。


約束は、次の土曜日の午後。駅前の、新しくできたカフェ。


目印は、二人が所属するVRゲームチームのフラグ(旗)柄のハンカチだ。



そして、運命の土曜日。


律子は、鏡の前で深呼吸をした。


いつもの地味なスーツではない。この日のために、勇気を出して買った、少し明るい色のブラウスだ。


(大丈夫。私だって、やればできる)


待ち合わせのカフェに着くと、すでに店内は混み合っていた。


入り口で、それらしき人物を探す。


(……いない?)


アースらしき人は、見当たらない。


少し早すぎたかと、時計を見る。約束の五分前。


(大丈夫。彼は時間にルーズなところがあると言っていた。少し、待とう)


律子は、そう自分に言い聞かせ、入り口の隅で彼を待った。


だが、約束の時間を過ぎても、彼は来ない。


十分が過ぎ、二十分が過ぎた。


(……どうしたんだろう)


不安が胸をよぎる。


スマホを取り出し、チャットアプリを開こうとした、その時。


『アース:ごめん!!!!!』


通知が飛び込んできた。


『アース:本当にごめん! 急なクライアントトラブルで行けなくなった!』


『アース:デザインの納品データが、俺のミスで一部破損していたらしくて……今、全力で復旧してる!』


『アース:本当に、埋め合わせは必ずするから!』


律子は、スマホの画面を、ただ呆然と見つめていた。


(……仕事の、トラブル)


(……彼の、ミス)


アースが謝っているのは分かっている。不可抗力だったのかもしれない。


だが、律子の頭の中では、別の記憶がフラッシュバックしていた。


『あーあ、最悪だ』


あの朝、ぶつかってきた男の、ルーズな服装と、非常識な態度。


(……やっぱり、そうなんだ)


(ルーズな人は、結局、肝心なところでミスをする)


アースが、あの男と同じだとは思いたくない。


だが、『大事な約束』と『仕事のルーズさ』を天秤にかけ、約束を破った事実は同じだ。


『ロジカ:……問題ない、です』


律子は、指先が冷たくなるのを感じながら、そう返信した。


『ロジカ:仕事なら仕方ありません。気にしないでください』


『ロジカ:復旧作業、頑張ってください』


『アース:ロジカ……。本当にすまない』


律子は、チャットを閉じた。


カフェの窓ガラスに映った自分の顔は、期待に上気していた数分前とは別人のように、こわばっていた。


(……私が、期待しすぎたんだ)


ネットの理想と、現実。


その間に横たわる、どうしようもない溝。


律子は、行き場のない不信感を、再び冷たい論理の蓋の下に、そっと押し殺した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ