表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「ロジカ」と「アース」、時々、田中と佐藤*画面の向こうの「理想の人」と、目の前の「大嫌いな人」が一致した*  作者: 伝福 翠人


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1/8

最悪の五分間:軽薄な男と散乱した論理

「……っ、危ない!」


朝のラッシュ時。


乗り換えの駅へと急ぐ近道の住宅街、その見通しの悪い角を曲がろうとした瞬間、田中律子は、真正面から突込んできた人影と激しく衝突した。


「うわっ!」


「きゃあ!」


律子の手から、愛用の革製バインダーが弾き飛ばされる。


バサバサ、と乾いた音を立てて、今日提出するはずだった市民相談の統計レポートが、アスファルトの上に無残に散らかった。


「いった……。てめえ、どこ見て歩いて……」


低い、不機嫌そうな男の声。


律子は、打った肩の痛みをこらえながら顔を上げた。


そこに立っていたのは、寝癖だらけの髪に、ルーズなパーカー、高価そうだが汚れたスニーカーを履いた男だった。


いかにも軽薄そうで、時間にもルーズそうな、律子が最も苦手とするタイプだった。


「……っ」


男は、自分の膝をさすりながら立ち上がると、散乱した書類に目をやり、それから律子を、まるで邪魔者でも見るかのようににらみつけた。


「あーあ、最悪だ。朝っぱらから、なんでこんな急いでんだよ、そこのおねーさん」


律子の頭の中で、何かが切れた。


(……この男が、ぶつかってきたのに)


謝罪の一言もない。


それどころか、まるで律子が一方的に悪いかのような、その非常識な物言い。


律子は、唇を噛み締めながら立ち上がり、スカートの埃を払った。


「急いでいたのは、そちらも同じでは?」


冷静に、論理的に。


相手が感情的であるほど、こちらは冷静にならなければならない。それが律子の信条だ。


「はあ? 俺は別に……」


「見通しの悪い角です。どちらに非があるかと言えば、双方に注意義務があります。ですが、あなたは私を『てめえ』と呼び、一切の謝罪もありません。それは社会通念上、著しく常識を欠いた言動です」


「なっ……」


男は、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした。


「それから」と律子は続けた。


「あなたのその個性的なスニーカー。今朝の雨で濡れたタイル上では、非常に滑りやすいソールパターンをしていますね。もう少し、TPOをわきまえた靴を選ぶべきです」


「……」


男は、完全に言葉を失っていた。


律子は、男の足元に落ちていた自分のバインダーを無言で拾い上げると、散らばった書類をかき集め始めた。


一部は、すでに泥水で汚れてしまっている。


(最悪だ)


「……おい、ちょっと」


男が、何かを言おうと手を伸ばしかけた。


「触らないでください」


律子は、氷のような声でそれを拒絶した。


「あなたとこれ以上、非生産的な会話をする時間はありませんので」


男の手が、気まずそうに宙をさまよう。


律子は、汚れた書類をバインダーに挟み直すと、男を一切見ることなく、その場を足早に立ち去った。


「……なんなんだよ、あの女。理屈っぽくて、感じ悪ぃ……」


背後で、まだ何かをぶやいている声がしたが、律子は無視した。


(最悪の五分間だった)


感情的で、非常識で、軽薄な男。 今日一日の気分が、あの男一人のせいですべて台無しにされ。


律子は、胸の中に渦巻く嫌悪感を、冷たい論理の蓋で無理やり押さえつけた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ