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『小べら明神と速記の朗読』

作者: 成城速記部

 あるところに大ぼら吹きがあった。いつもばかなことばかり言っているものだから、誰も相手にする者がなくなった。さすがに大ぼら吹きも反省して、何とかして人並みにならなければと思って、村の弁天堂に七日七夜のおこもりをした。

 満願の日になったけれども、別段これという霊験もなく、大ぼら吹きはがっかりしながらぶらぶらと観音堂の参道を歩いていると、鳥居の下に赤い小べらが一本落ちていた。もしかして、こんなものが霊験なのかといぶかりながら、せっかくだから拾って進んでいくと、急に腹が痛くなったので、茂みに入って用を足したが、ふくものがないので、しばし考えてみたところ、ちょうどいい小べらを持っていることを思い出し、その小べらで尻をふいた。

 すると突然、大ぼら吹きの尻が、はい読みます、と言って、速記の問題を朗読し始めた。大ぼら吹きは、たまげてしまった。速記の練習をするときには便利かもしれないが、声の出所が尻なのはよくない。小べらで尻をふいてこうなったのだから、と思って、小べらを見てみると、赤い小べらだと思っていたのは、片面が朱塗りで赤いのであって、反対側は黒塗りであった。大ぼら吹きは、これは、と思って、黒いほうで尻をふいてみると、あっという間に朗読の声がやんだ。なるほどこれはおもしろいものだと思って、町へ出て、つないであった馬の尻を、小べらの赤いほうでなでると、馬が急にひひんひひんと鳴き出した。※小べらは洗ってあります。

 馬主は、慌てふためいて、近くに山伏でもいないかと見渡したが、見当たらず、ひんひん言っている馬のわきで、なすすべもなくおろおろしていた。そこへ大ぼら吹きが声をかけて、わしの法力で何とかしてやろう、とか何とか言って、馬主にわからないように、小べらの黒いほうで馬の尻をなでると、馬の尻は何も言わなくなった。馬主は大層ありがたがって、幾らかの銭をくれた。

 家に帰って大ぼら吹きは、いいことを思いついた。村の長者には一人娘があって、大層なべっぴんである。この娘の尻をなでようというのである。その方法については、ここで詳しくは述べないが、長者の一人娘の尻は、昼となく夜となく、ひたすら速記問題を朗読するようになったのである。娘は、どうしようもなくて、泣き続けるばかり、長者もこればかりはどうすることもできず、あちこちから医者やら法師やらを招いてみたが、どうしようもなかった。尻が速記問題を朗読するのだから、速記者を呼んでみたらどうかと思って、呼んでみたが、速記を書いて、満足げに帰っていっただけだった。速記者は、速記をさせたいとき以外には役に立たないものである。長者は、当然といえば当然のことを学んだ。

 困った長者は、一人娘のために、娘の病気を治してくれた者には、望みどおりの礼をする、という札を立てた。

 大ぼら吹きは、ここぞとばかりに名乗って出て、ここぞとばかりに一人娘に尻を出させ、ここぞとばかりに、小べらの黒いほうでなでた。すると、長者の一人娘の尻は、何事もなかったかのように沈黙し、一人娘は、尻を出させられたどきどきから、吊り橋効果に陥ってしまい、大ぼら吹きは、長者の婿となって、裕福に暮らしたという。

 長者となってから、大ぼら吹きは、弁天堂を屋敷の中に勧請し、小べらを御神体にしてお祭りし、ますます裕福になったという。



教訓:明治になってから、何とかいう御雇外国人が、この屋敷神を訪れ、小べらを見、ギリシャの女神と関係があると言ったが、それはうがった見方であろう。

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