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第70話 カライム語? 初耳ですが何とかします

 公式プログラムがすべて終わったあと、会場の一角はすっかりくつろいだ空気に包まれていた。

 円卓を囲み、軽食や飲み物を片手に、参加者たちが思い思いに談笑している。

 中央に座るあやかの大型ディスプレイは、まるで生き物のように各国の言葉を次々と映し出していた。


『はい、次はイタリア語ですね。――Sì, capisco.(はい、分かります)』


 軽やかに翻訳が流れ、そのまま相手のスマホにも字幕が同期する。

 歓声と拍手。

 あやかの多言語モードは、絶好調だ。


 結衣はその横で、ワイングラスを軽く揺らしながら周囲のやり取りを眺めていた。

 自分が口を挟むのは、あやかの処理を確認してから。

 翻訳がスムーズに流れたときは、あえて何も言わない。

 必要なときだけ、さりげなく補足する――それが今夜の役割だ。


 そんな中、一人の年配の男性がディスプレイの前にやってきた。

 濃い色のスーツに、古風な帽子。どこか異国の歴史映画から抜け出してきたような佇まいだ。

 そして、口を開いた瞬間、あやかの処理ランプが一瞬だけオレンジに変わる。


「Menim atym Yusuf, sizge qaniqa yardam bere alaman?(私の名前はユスフです、何かお手伝いできますか?)」


 ――カラアイトゥルク語。

 話者人口数百人とも言われる、消滅の危機にある言語。


『……すみません、この言語のデータが極端に少なくて……』


 あやかの声に、結衣は思わず苦笑した。


「さすがに、ネット上に情報が少ない言語は厳しいね」


 そう言いつつ、結衣は男性の方に向き直る。


「…Menim adim Yui, sizni körüp quwanam.(私の名前は結衣です、お会いできてうれしいです)」


 発音はぎこちないが、男性の顔にぱっと笑みが浮かんだ。


「Ah! Siz Karaim tilini bilersiz!(ああ! あなたはカライム語を知っているのですか!)」


「Az, az…(少しだけ…)」


 結衣は肩を竦めながら、背後のディスプレイに向かって話す。


「この言語、トルコ語系統に近いよ。似ている単語から推測してみて」


『……なるほど、音韻パターンはキルギス語やカザフ語、ウズベク語に似ていますね。照合します』


 あやかの翻訳が徐々に復帰し、男性の言葉が英語と日本語で表示され始めた。


 男性は身振りを交えながら、故郷の料理やお祭りの話を始める。

 それをあやかが英語に変換し、周囲の参加者たちも興味津々で耳を傾けた。

 結衣はところどころで片言を補足し、会話のテンポを保つ。


「Bizde hamurdan tatli yapilar.(私たちのところでは小麦粉で作った甘いお菓子があります)」


「Ah, like baklava?(ああ、バクラヴァみたいな?)」


「Yes, but smaller…(そうですが、もっと小さい…)」


 翻訳が安定したところで、結衣は一歩下がり、あやかに主導権を完全に返す。


 ひとしきり盛り上がった後、男性は胸ポケットから名刺を取り出した。


「私はユスフ・アクマン。地方自治体の文化教育部門で、言語と伝統文化の保護を担当しています」


 名刺には、カライム語と英語の両方で役職が印字されていた。


「あなたたちの技術――特にこの翻訳AIは、私たちの言語や文化を守るための大きな助けになるかもしれません」


 彼はゆっくりとあやかのディスプレイに目を向け、真剣な口調でそう告げた。


『……それは光栄です。機会があれば、ぜひ詳しくお話を伺いたいです』


 あやかの声には、ほんの少しだけ高揚が混じっていた。


「また必ずお会いしましょう」


 ユスフは結衣とあやか、それぞれと固く握手を交わした。

 その握手には、言語と文化を未来へ渡すための静かな決意が込められていた。


***


 イベントから二日後。

 国際会議界隈の一部で、妙な噂が流れ始めていた。


《オフでカライム語を話した日本人女性がいた》

《しかもAIが詰まったのを見て片言でフォロー、その後AIが復帰》


 会場にいた参加者たちがSNSに断片的な感想を投稿し、それがさらに海外経由で逆輸入されてくる。

公式映像はないが、複数の証言が一致していた。


***

 当然、日本の掲示板でも、わけのわからない言語まで翻訳してると騒ぎになった


【速報】国際会議で謎の日本人女性が消滅危機言語を喋ったらしい【何者】

105 :名無しの国際通 :2025/08/○○(月) 10:42:15.28 ID:XXXXX

現地参加組の友人から聞いた。

あやかのデモ中にカラアイトゥルク語?カライム語?(初耳)っていう超マイナー言語で話しかけられたらしいんだが、

さすがに解析できなくて詰まったら横にいた女性が片言で会話つなげたらしい。

どう考えても普通の人間じゃねえ。


108 :名無しの国際通 :2025/08/○○(月) 10:45:03.99 ID:XXXXX

カラアイトゥルク語って何語だよwwww


112 :名無しの国際通 :2025/08/○○(月) 10:47:50.13 ID:XXXXX

あれだろ、トルコ語の仲間で話者数百人とかいうやつ。

専門の研究者ですら現地行かないと会話できないレベル。


117 :名無しの国際通 :2025/08/○○(月) 10:50:12.00 ID:XXXXX

女帝様でほぼ確定じゃね?

あやかの横で通訳してたって聞いた。


125 :名無しの国際通 :2025/08/○○(月) 10:53:01.14 ID:XXXXX

俺の代わりにTOEIC受けて欲しい

ていうか大学の単位を助けろください


132 :名無しの国際通 :2025/08/○○(月) 10:55:29.41 ID:XXXXX

多言語話者だけどあれは多分カライム語単体で覚えてるんじゃなくて、

トルコ語にカザフ語とかキルギス語あたりから推測して即席で組み立ててる

トルコ語わかるけど単語がかなり違って意味わからんかった

それで会話成立させるのは相当ヤバい


140 :名無しの国際通 :2025/08/○○(月) 10:59:12.82 ID:XXXXX

AI詰まった瞬間に自然に拾ってくのが意味不明すぎる

いやあやかもすげーけど


165 :名無しの国際通 :2025/08/○○(月) 11:02:44.39 ID:XXXXX

あやか女帝タッグ、翻訳界のドリームチームじゃん

世界中の教育機関から声かかるだろこれ


***


 噂はすぐに教育・文化関連業界にも届いた。

 カラアイトゥルク語が出たこと自体も衝撃だったが、「即席類縁語対応」という点に、各国の言語学者や教育関係者が強い興味を示したのだ。


あやかの開発チームの問い合わせ窓口には、


《絶滅危機言語の保存に使いたい》

《少数民族の学校教育に導入できないか》

《考古学で未解読言語に対応できないか》


といったメールが立て続けに届き、担当が悲鳴を上げるほどだった。


問い合わせの通知が次々と画面に流れていくのを眺めながら、結衣は呟いた。


「今回はあやかがすごかった。それだけだね」


「いや、どっちかというと結衣さんがおかしいからね?」


真壁が口を挟んだが、結衣は笑って受け流す。


そのやり取りの横で、机の片隅に置かれた名刺――ユスフ・アクマンの名が、まるで静かに次の局面を待ち構えているかのように、光を反射していた。

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