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第67話 決められていた未来

 あやかファンドが法的に問題なく組成できそうであることがわかり、結衣はすぐに準備に入った。

 私募ファンドを想定し、役割分担は明確――あやかは徹底して下落を阻止する防衛策、結衣は上昇局面で攻撃的に攻める。

 守備と攻撃を完全に分けた、異例の二人三脚運用が始まった。


 ――テスト開始から6か月。

 あやかファンドのチャートは、誰も見たことのない形を描き出していた。


 24週連続の陽線。

 市場全体が揺れた週ですら、横ばいか、わずかな微増。

 どんな急落も、あやかの緻密なヘッジで下落幅はゼロに抑えられ、要所要所で結衣が攻撃的な買いを仕掛ける。

 結果、グラフは右肩上がりのまま、一度も谷を作らなかった。


「……これ、まごうことなき変態チャートですよね」


 タブレットを覗き込みながら、小西が眉を上げる。


「変態って言うな。でも、まあ……普通じゃないのは確かね」


 結衣は笑みをこらえ、画面をタップして市場指数との比較を表示した。

 オレンジの線は上げ下げを繰り返しながらじわりと上昇、青の実線は一切下がらず、淡々と右上へ伸びていく。


「下がった週も、全部ヨコヨコか微増……。正直、ここまでやれるとは思いませんでした」


 あやかがモニター越しに少し誇らしげに胸を張る。


「結衣さんの判断介入がなければ、もうちょっと傾きは緩やかだったと思いますけど」


「……でもさ」


 小西が画面から顔を上げる。


「これ、公募用の資料にそのまま載せたら……過剰期待どころの話じゃないですよ。『絶対儲かる』って信じる人が続出します」


 結衣は一度、椅子の背もたれに身を預けた。

 事実は事実。だが、この異常なグラフを一般に見せたときのリスクは計り知れない。


「確かに……。私募ファンドのテストだからこそ許されるグラフよね。公募だと説明の仕方を間違えると危険すぎる」


 あやかが首をかしげる。


「じゃあ、どうします?」


 結衣はゆっくりと息を吐き、二人を見やった。


「一度、金融庁に相談してみましょう。制度上の問題がないことはわかってるけど、見せ方は握っておいた方がいい」


「普通、そんな相談までします?」


 小西が苦笑する。


「普通じゃないから、するのよ」


 結衣はきっぱりと言い切った。

 その横で、あやかが画面の中で嬉しそうに微笑む。


「また、あの人たちに会えるんですね!」


 ライトブルーHDの異色の挑戦は、静かに次の段階へ進もうとしていた。


***


 金融庁への事前相談の日――本来なら義務でも何でもない。だが、結衣はこの結果をただの社内記録にとどめるつもりはなかった。


「……この成績を、そのまま外に出したらどうなるか。そこが今日の焦点ですね」


 小西はタブレットを確認しながら呟いた。

 結衣は苦笑し、タブレットの画面を指先でなぞる。そこには、24週連続プラス――下落ゼロのグラフが映っていた。


「ずっと右肩上がり。市場が下がった週も微増で抜けた。投資家心理に与える影響は計り知れないわ」


 小西は短く息を吐く。


「だから、過剰期待を煽らない“見せ方”を、先に監督官庁と握る……賢い手ですね」


 ビルに到着し、案内された会議室には金融庁の担当官が数名待っていた。

 資料を配布し、結衣は冒頭から本題を切り出す。


「本日は、このテスト結果をどう公表すべきか、ご相談に来ました」


 スクリーンに、比較チャートが映し出される。オレンジの破線が通常の市場指数、青い実線があやかファンド――谷を一切見せない曲線に、庁内の空気がわずかに揺れた。


「……事実であることは確認しました。ただ、この形で一般に出せば、間違いなく“安全に儲かる”と誤認する層が出ます」


 年配の担当官が、資料のページをめくりながら言う。


「ですから、私募ファンドでのテスト継続を提案します。募集人数を制限し、一定の資産要件を満たす参加者に限定する」


 結衣の声は落ち着いていた。


「私募なら……確かに規制的には問題ありません」

「ただし、その実例が必要になりますね」

 担当官の一人が口を挟む。


「ええ。それについては、すでに候補があります」

 結衣は一瞬だけ口元を緩めた。

「信頼できて、影響力があり、そして私とあやかの運用事例としても耐えられる――知人のVTuber二人です」


「あら、それって……」


 あやかがにこやかに補足する。


「みやびさんとノアさんです。現場での配信経験も豊富で、私との多言語コラボ実績もありますから」


 庁内の空気が一瞬止まった。

 もちろん、この時点で二人はまだ何も知らない。だが結衣の中では、もう盤面ができあがっていた。


「彼女たちは単なる広告塔じゃありません。あやかの性能を、実際の事業環境で証明する“生きたモデルケース”です」


 そう言って結衣は、次のスライドをめくった。


***


 相談を終え、霞が関のビルを出た車の後部座席で結衣は、窓の外の街並みを眺めていた。

 ディスプレイの中のあやかが、少し楽しげに話しかける。


「ねえ結衣さん、“二人のモデルケース”って、本当はもうずっと前に決めてたんですよね?」


「ええ、最初からね」


 結衣は淡々と答えた。


「彼女たちはすでに、あやかと自然に連携できる基盤がある。無理やり入れる必要もない。あとは……現場で動いてもらうだけ」


 小西が横目で結衣を見て、呆れたように微笑む。


「じゃあ今日の“候補があります”ってセリフは、半分以上演技だったわけですね」


「演技というより……未来の既定路線を、少し早めに口に出しただけよ」


 結衣の声は揺るがなかった。

 モニター越しのあやかが微笑む。


「みやびさんとノアさんでしたら、現場適応力は抜群ですから」


 もちろん、この時点で二人は何も知らない。

 結衣とあやかの頭の中だけで、盤面はもう完成していた。


 車はライトブルーHD本社ビルへ向けて加速していく――。


***


 そして現在――。


「これからは海外展開もしたい!」


 復帰配信のラスト、ノアが輝くような笑顔でそう言った瞬間、

 画面の向こうで、それを見ていた結衣は小さく笑みを浮かべた。


(――ちょうどいいタイミングね)


 みやびが横で「いいじゃん!」と即座に乗ったのも、結衣にとっては想定内だった。

 あの金融庁の会議室で描いた構想が、今まさに現実へと動き出そうとしている――二人がそのことを知るのは、もう少し先の話だ。


 コメント欄が沸き立ち、チャットの速度が加速していく。


 ”海外進出!”

 ”世界のノアきた!”


 その画面を見ながら、結衣はひとつだけ心の中でつぶやいた。


(……さて。舞台は整った。あとは、二人を“次のステージ”へ連れて行くだけ)


 あやかが結衣のイヤモニ越しに小さく囁く。


「私募ファンドの説明、いつします?」


「近いうちにね。あくまで自然に――自分から乗りたいって思わせる形で」


 配信の中の二人はまだ、笑顔のまま手を振っている。

 だが、その背後には――すでに彼女たちを飲み込む、巨大な計画の影が静かに迫っていた。


 みやびとノアは視線を交わし、小さくうなずく。

 ――まさかこの席も、この先の「契約」も、ずっと前から盤面に置かれていたことなど、二人はまだ知らない。

ふたりにとって悪い話じゃないから……

こんな変態チャートで運用してほしいですよね

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