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第65話 あやか案件への招待状

 ノアの復帰配信の最後。

 チャット欄は「おかえり!」の大合唱に包まれ、

 マネージャーの高梨は画面の前で涙をぬぐっていた。


「……おかえり、ノアさん」


 配信が終わったあと、

 マネちゃんは「無事に戻ってきてくれてよかった」と

 心からノアへ“おかえり”のメッセージを送る。


 だが、そのまま気持ちが高ぶったまま録画を見返していると――


 (あれ……?)


 ラストシーンでノアが「これからは海外展開もしたい!」と目を輝かせて宣言した瞬間、

 現実感が一気に戻ってきた。


「……いや、待って。これ、事務所的にはただ事じゃないのでは……?」


 マネちゃんは慌てて上司に連絡、

 即座に配信事業部内で緊急ミーティングが開かれた。


「ノアさんの海外進出の話って、事前に聞いてましたっけ?」


「みやびさんや結衣さんも関連してるみたいだし、事態が大きいかも……」


「これ、早急に本人確認と経緯説明が必要だよ!」


 数日後――


「ノアさん、みやびさん、ちょっと会議室までお願いできますか?」


 呼び出された二人。

 会議室では、マネちゃんと配信事業部長が静かに座っていた。


「この前の配信、ラストの“海外進出”発言、

 正式に事務所としても動く案件かどうか決めないといけないので、改めて状況を聞かせてくれる?」


 ノアは少し照れながらも、経緯を説明する。


 「結衣さんと話していて、あやかちゃんの多言語サポートで“世界のリスナー”とも繋がりたくて……」


 みやびはちょっとまずかったかな?と思いつつも率直に語る。


「私もノアの隣で一緒に配信してて、なんかワクワクしちゃって……。

 本気でチャンスだと思ってます」


 部長は顔を見合わせつぶやいた。


 「……思いつきとはいえ、決して悪い話じゃない。これは本格的に事業提案として動かさないと」


 一気にスイッチが入る。


「この件、ライトブルーHDさんにも正式に打診しよう。

 結衣さんのチームも巻き込んで“プロジェクト化”だ!」


 その数日後――


 会議室の空気は、ひときわ張りつめていた。


 テーブルを挟んで、ライトブルーHDの結衣、ユニバーサル・ドリーマーズ事務所の神谷専務、配信事業部長の鶴見。

 そして一角の大型モニターには、バーチャルウィンドウであやか――隣には、モデルケースとして招かれたみやびとノアが控えめに座っている。


「さて、本題に入らせていただきます」


 結衣が資料の端を整え、滑らかな口調で切り出した。


「AIあやかの多言語配信プロジェクト。今回は、みやびさん・ノアさんをモデルケースとしたプロモーション契約をお願いしたいと考えています」


 神谷専務がうなずく。


「条件について、改めてご説明いただけますか?」


 結衣はPC画面を操作し、契約概要のスライドを投影する。


「お二人には、公式モデル料として月額20万円。さらに、多言語AIパッケージなど新規導入による売上の10%を成果連動インセンティブとしてご提案します」


「事務所様には、AIライセンス契約総売上の20%を還元。それ以外の開発・運用・リスク分は、弊社ライトブルーHDが責任を持って管理します」


 鶴見部長は数字にうなずきながらも、念のため確認を入れる。


「タレント個人に10%、事務所に20%、ライトブルーHDが残り70%……AI開発側の収益構造は本当にそれで回るのでしょうか?

 この分野、正直いまいちスケール感が掴めていなくて」


 みやびがぽつりとつぶやく。


「実は……あやかちゃんがどれだけすごいサーバーで動いてるか、あんまり想像できてないんですよね。

 3D配信用のスタジオくらい? それとも……もう一個建物建てちゃうレベル?」


 ノアも、控えめに質問を重ねた。


「サーバー代って……実際、いくらくらいなんですか?」


 結衣は、少しだけ肩をすくめる。


「率直に言いますと――あやかの基幹AIはゼタフロップス級の専用サーバーを常時確保しています。

 それに、リアルタイム配信・多言語同時翻訳・セキュリティ……“宮殿”規模の家賃補助や管理費も含めて、あやかの総維持コスト……いわば年俸は、100億円相当で見積もっています」


「年……100……億……?」


 みやびとノアは、ほぼ同時に息を呑む。


「ケタが違いすぎて、もはやピンときません……」


 鶴見部長が少し引きながらも続ける。


「それで、現状の収益バランスは?」 


 結衣は資料を新しいページに切り替えた。


「正直、AIあやか単体ではまだ赤字ですが――この多言語プロジェクトを通じて“配信者向けパッケージ”や法人向けAPI、一般向けAPI、新規海外案件などを獲得することで、初年度は売上30~50億円を計画しています」


「全体の回収には数年かかりますが、“先行投資”として事業インパクトは充分だと考えています」


 あやかが、プロジェクターの画面越しに元気よく手を振る。


「本日のランニングコストは毎秒300円で運用中です! たくさん使ってもらえれば、それだけ成長も早くなります!」


 みやびとノアは改めてその“桁外れ”を実感し、顔を見合わせて目を丸くした。

 神谷専務は資料を見つめながら宣言する。


「タレント側にも、これだけ大きな仕組みに関われるという意味で、十分に意義のある契約内容だと思います。

 もちろん事務所としても全力でサポートします」


 会議室が静かになる中、みやびがふと手を挙げた。


「えっと……その、さっきから“10%”って出てきますけど、

 その売上って、私たちの契約にどれくらい関係あるんでしょうか?」


 ノアも隣で小さく首をかしげる。


「……正直、金額のイメージが全然つかなくて」


 結衣は資料のページをめくると、具体的な数字をモニターに示した。


「たとえば今年度の目標売上が30億~50億円。

 モデルケースとしての二人の貢献が合計20%(=みやびさん10%+ノアさん10%)として――

 売上が30億円の場合、それぞれ年3億円。もし50億円になれば、5億円が目安です」


「……年3億円?いや、まさか……」


 ノアも絶句し、みやびは思わずぽかんと口を開けてつぶやいた。

 神谷専務が苦笑しながら補足する。


「もちろんこれは理論値ですね。プロモーション実績や法人案件の増減により割合は変動しますが、

 現状なら破格の水準で間違いありません」 


 みやびが恐る恐る尋ねる。


「で、でも……あやかちゃんのサーバー代って回収できるんですか?」


 結衣は真顔で頷く。


「実は、あやかちゃんの年間維持費はこの事業だけで回収するつもりなわけでもないんです。

 この挑戦が“世界をつなぐ本物の価値”になって大きく育つと信じてるから、みんなにも“桁外れ”のリターンを用意したい」


 会議室には現実感と興奮が静かに広がっていった――。


***


 みやびとノアは、契約書の金額欄を見て改めて息をのんだ。


「……うわぁ……桁が違う……」


「見込みとはいえ一時金でこれだけ入るの、ちょっと怖いよね」


 二人は“TOPVTuber”として年収億単位は見慣れているはずなのに、

 一度にまとまった“数億円”となると、現実味のなさに手が震える。


 その空気を察したのか、

 あやかがふわりと現れ、元気よく声をかける。


「それなら、私がお預かりしましょうか?ファンド運用で管理しますよ!」


あやかは目をキラキラさせて解説を始める。


「実は、結衣さんと一緒に金融庁さんとも事前に相談して、私募ファンドや公募ファンドの枠組み、全部チェック終わってるんです!

 結衣さんのノウハウもたくさん学習済みなので、リスクを抑えつつ資産を増やすプラン、いっぱい考えてます!」


 結衣は苦笑しつつも、二人の方を向いて優しく付け加える。


「運用は確かにできるよ。ただ、投資だからリスクもゼロじゃない。

 もしあやかちゃんに預けるなら“安全重視”になるし、私募ファンドの方なら私ががっつり介入する分、もう少し攻めた運用もできる。

 その分リスクも大きくなるから、よく考えて決めてね?」


 あやかはちょっと得意げに、


「私は性格的に“安全第一”なんです。結衣さんの投資ノウハウは全部入れてるんですけど、

 判断基準がつい“保守的”になっちゃうみたいで……。

 なので“安定運用”ならお任せください!」


 みやびはしみじみと手元の書類を見て、


「……結衣さんって、投資の神様みたいに言われてるんだよね?

 その人に“ガチ運用”してもらえるって、正直めちゃくちゃうれしい……!」


 事務所スタッフたちが書類越しに二人のやりとりを聞きながら、ひそひそ話をしていた。


「いいなあ……本気で羨ましい」


 それでも、この日一番うれしそうだったのはあやかに違いなかった。

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