第55話 女帝様、犯罪都市に降臨す
バーチャル世界の“犯罪都市”を、陽炎のように揺れる夕焼けが照らしていた。
高層ビルと雑多な路地、煌びやかなネオン、荒れた車道——ここは、現実でも伝説級の“何でもアリ”な無法地帯だ。
今日は待望の「犯罪都市オープンワールドゲーム」大型コラボ配信。
結衣は、相棒のノアと二人一組で参加することになっていた。
「えっと……今日の配信、大丈夫かな……?」
配信開始直前、控え室のDiscordで結衣が小声で疑問を投げる。
「ほら、イメージ戦略的に、犯罪……って」
ノアが即答した。
「大丈夫大丈夫!配信だし! “ゲームの中”なら、何しても許されるんだよ!」
そして画面が切り替わる。二人のアバターが、“犯罪都市”の中心部、喧騒のストリートに立つ。
リスナーのコメント欄がさっそく沸き立つ。
”女帝様、犯罪者デビュー!?”
”会社上場したばかりなのになんてひどいことを”
”ノアちゃんと組むの最高にヤバいw”
”何が起きるか想像つかない”
ゲーム内では、最初の“ミッション”が表示された。
「目標:銀行から大金を奪い、逃走用の車を確保せよ」
「ええっ……いきなり犯罪度MAXなんだけど……」
結衣は戸惑いながらも、ノアに引っ張られて銀行の正面玄関へ。
「こういうときはね、まずこのおじさんをこうして——」
ノアは、NPC警備員に向けて銃を抜くと、あっさり発砲。
パーン!という効果音に、結衣が本気で驚いた声を出す。
「えっ、ノアちゃん!? いきなり撃っちゃうの!?」
「だいじょうぶ、ここゲームだから!お金もカードも全部ドロップするし!」
結衣はアタフタしつつ、指示どおりに倒れた警備員からカードキーを拾い、銀行の奥へ進む。
「私、こんなことして……みんな引かないかな……?」
「大丈夫、リスナーさん大喜びだよ!」
”最高すぎるwww”
”女帝様、すごいスムーズに金庫いじりはじめてて手つきがプロ”
”ノアちゃん容赦なさすぎ”
無事金庫を開けた瞬間、警報音が鳴り響き、パトカーが外を囲む。
「ヤバい、早く逃げよう!」
ノアは物陰から窓を割り、
「ここから飛び降りて!」
「え、ほんとに!? あっ、落ち——」
二人は路上に転がり出る。
「車! 結衣さん、車を奪うんだよ!」
「……奪うって……ど、どうやって?」
「この赤いの、四角ボタン長押し!」
結衣は恐る恐る近くの高級セダンに近づき、ボタンを押す。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」
と叫びながらも、見事にドアをこじ開け、運転席へ。
「さすがだね、女帝様!」
アクセルを思い切り踏み込むと、車体がグワッと加速する。
だが、操作に慣れない結衣は、交差点でハンドルを切り損ね、歩道に突入。
「わっ、ごめん、ごめんなさい——えええ!?」
通行人のNPCたちがピンボールのように跳ね飛ばされる。
”今のはヤバいwww”
”女帝様、犯罪都市の才能ある”
”ノアちゃん、解説うま過ぎ”
「気にしなくていいよ、歩道はすいてるからちょうどいいよ!」
ノアは呑気に励ます。
「そんな世界観なの……? えー、でも……」
画面右上、指名手配度がどんどん上昇。
警察のヘリまで飛んできて、サイレンが鳴り響く。
「ヤバい、追ってきた!ノアちゃん、どうすれば?」
「全開で逃げて!トンネルを抜けたら左、川沿いに突っ込むと見せかけて右折!」
「そんなムチャな……って、あぁっ!」
結衣は必死でハンドルを切るが、操作が追いつかず、車はまたも歩道に飛び出し、NPCをはじき飛ばす。
「わー、ごめんなさい、ほんとに——!」
と絶叫していた結衣だったが、ノアが横で楽しそうに叫ぶ。
「すごいよ女帝様! ちゃんと“人を無視”できてる!」
と大絶賛してくれると、徐々にそのスリルに慣れ始めていく。
警察の追跡がますます激しくなり、ヘリや装甲車まで動員される大カーチェイスの真っただ中。
結衣の口から自然と声が漏れる。
「これ……思ったより爽快感があるかも……!」
ノアが「でしょでしょ!現実じゃ絶対できないこと、ここでは全部やってOKなんだよ!」と嬉しそうに笑う。
結衣は息を弾ませながらも、次第に表情が明るくなり、近くに停まっていたスポーツカーに目をつける。
「じゃあ、あのスーパーカーも、乗ってみていいかな?」
「いけるいける! そのままドア蹴破っちゃって!」
ノアに煽られるまま、
「えいっ!」
勢いよくドアを開け、颯爽と乗り込む。
「よーし……今度は、歩道じゃなくて大通りでぶっ飛ばします!」
アクセル全開、車体は街を切り裂くように疾走する。
時には大胆にスピンターンで追手をかわし、
時にはノアのナビで裏路地を爆走。
リスナーコメントもますますヒートアップする。
”女帝様、完全に覚醒してるw”
”顔つき変わってきた!”
”これが本当の“狩る女帝”……!”
「これ、危ないけど、面白いかも……。ノアちゃん、次はどこ行く?」
「じゃあ、空港でジェット機奪ってみる?」
「え、飛行機も!? ……やってみたいかも!」
もう躊躇はなかった。
イメージ戦略もどこへやら、結衣はノアと一緒に“犯罪都市の伝説”を本気で作りにいく。
「えっと……配信だし、いっか。こういう日があっても!」
その目には、かつてない高揚感があった。
「ノアちゃん、後ろからパトカーが!」
「大丈夫、ここ曲がって、空港まで突っ走ろう!」
タイヤをきしませ、二人は高架下を抜けて空港のフェンスを突破。
格納庫の前に停まった大型ジェット機に、ほとんど強引に乗り込む。
「やった、これで逃げ切れる! 飛行機まで奪っちゃったよ、ノアちゃん!」
「ふふ、ここからが本番だよ。
結衣さん、操縦席に座ってみて?」
「え、ほんとに操縦できるの? わ、コックピットすごい……!
……エンジン入れて……、計器よし、離陸準備オーケー!」
リスナーコメント欄は大盛り上がり。
”まさか本当に飛行機乗るとはw”
”女帝様、夢中になってて可愛い”
”今夜は犯罪都市伝説の日”
ジェット機は滑走路を疾走し、そのまま宙へ舞い上がる。
下界の追手ももう見えない。結衣の声が高揚で震える。
「すごい、雲の上だ……! なんか、面白いかも……。ノアちゃん、次はどこ行く?」
ノアは、すました顔で“教えたがり”に徹する。
「ねえ結衣さん、飛行機加速できる裏技知ってる?
コックピットのメニュー開いて“エンジンバランス”を“フルパワー”にするんだよ。配信で見たやつ!」
「ほんとに?……やってみようかな。えーと、ここ?」
その瞬間、リスナーのコメント欄には
”あ……”
”やったなw”
と“分かる人”だけがあえて静かに反応。
大半は一瞬、息を呑むような間が流れる。
結衣が指示されたボタンを押すと――
画面が突然ブラックアウトし、何の警告もなく
機体のハッチが吹き飛び、結衣のアバターが
空中へ――パラシュートも自動展開されず、そのまま空に放り出される。
「え、え、え!? なになになに!? ノアちゃ……きゃあぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
画面には一瞬だけ、ジェット機から真っ逆さまに落下していく女帝様の小さなシルエット――
リスナーコメント爆発。
”ワザップ芸きたーw”
”これが伝説の空中射出”
”ノアちゃん鬼畜ww”
”女帝様の「きゃあぁぁぁ」永久保存”
”俺たちもパラシュート無しで放り出された”
ノアはゲラゲラ笑いながら
「ごめん、これ有名なワザップなんだよね!配信で見たやつって言うと信じるから……」
***
落下芸で壮絶に散り、リスポーンした結衣。
すぐそばに、例の悪ノリ相棒・ノアのアバターが立っている。
「ノアちゃん……」
「えっ、なになに?リスナーさんも爆笑だったし、最高だったよね?」
「……ノアちゃん」
「悪くないよねぇ」
結衣の声が、なぜかほんのり低く、しかし妙に穏やかだ。
そして、ゆっくりとノアの背後に回り込む。
「ごめんね、結衣さん?ワザップって、バーチャル世界の文化みたいなものだし――」
「うん、知ってる。でも……ちょっとだけ、痛い目みてもらおうかな?」
「えっ――わ、待って待って!!」
配信画面は、女帝様による“仁義なき追跡劇”に切り替わる。
ノアが必死に逃げる!
しかし結衣は執拗に追いかけ、建物の裏路地、コンテナの影、工事現場の資材置き場――
ついには逃げ道を塞いで、コントローラーを握る手にも力がこもる。
「せーのっ!」
ノアのアバターが豪快に吹っ飛び、地面に沈む。
「ご、ごめんなさい、結衣さん、ほんとに悪気は――」
「ふふっ、もう大丈夫。でも、次からは“加速”って言葉、信じないからね!」
”ノアちゃん撃沈www”
”女帝様の鉄拳制裁!”
”いいコンビすぎて草”
コメント欄は<女帝様生身飛行伝説><空中アイドル爆誕><みんな知ってて黙ってた説>で埋め尽くされ、事件後も数日間、「犯罪都市の伝説回」として語り継がれることになるのだった。