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第52話 オーナーたちの夜――それぞれの家族、それぞれの幸せ

 会議室のドアが静かに閉じられ、ライトブルーHDの幹部陣がひとり、またひとりと集まってきた。


 大画面には「ストックオプション最終割当・確認」と映し出されている。

 社長席に座るのは、小田桐浩一――五十代半ば、外部から招かれた堅実な実務家であり、組織全体の空気をやわらかくまとめる現場の顔だ。


 その隣の会長席に座る“女帝”南野結衣は、オーナーとしての最終承認権を持ちながら、今日もあくまで会議の“裏方”として静かに参加している。


 専務の柴田(CFO)がテキパキと進行を務める。

「HD設立時にSO全体枠10%を設定し、主要メンバーと幹部、若手への分配もすでに完了しています。本日はIPO前の最終的な配分状況の確認と、今後の運用についてご説明します」


 常務取締役の真壁慎一(CTO)は開発責任者として、IT・現場部門の進行を担う。

 小西美沙(CLO/法務担当)は、内部統制と社内の公正さを見守りつつ、

 アンナ・ハリス(海外・HR担当)、村上詩織(広報IR担当)、水谷リサ(次世代開発リーダー)、田崎誠一(戦略アドバイザー/社外取締役)、吉田明彦(ファミリーオフィス担当)が揃う。


 会議が進み、分厚い資料を前に静寂が流れる。

 ふと、水谷リサが思い切って口を開いた。


「すみません、質問してもいいですか?

 私、SOを0.1%分もらったって聞いてますけど……“1億円分の株を自分で買う”って、どう考えても現金で用意できません。

 これ、普通どうすればいいんでしょう?」


 会議室に一瞬、微妙な空気が流れる。

 柴田が柔らかい表情で説明する。


「安心してください。うちでは今回“キャッシュレス行使”の仕組みを採用しました。

 IPO時に会社もしくは会長の資金で一時的に立替え、

 実際に上場して株を売却した時、その売却益から必要な行使額を差し引いて精算します。

 現金を用意できない若手にも“夢のチケット”を平等に分配するための制度です」


「へえ、社長や役員もみんなそうなんですか?」と水谷。


 小田桐社長が照れたように笑う。


「ああ、私も制度に頼ってる。

 私のようなサラリーマン社長の場合、SOを現金で一括行使するのは非現実的なんだよ。

 うちの会長は、本当に“必要な時にポンと資金を用意してくれる”――

 どうやってるのか、私にも謎だけど」


 真壁もそれに続いた。


「僕も同じです、現実的な投資には即OK、でも“夢だけ”には絶対資金を出さない。

 その線引きがはっきりしてるから、安心して色んなプロジェクトのGoとNo Goの判断を任せられるんですよ」


 結衣が静かにうなずく。


「現実の壁で諦めなくていいように、ちゃんと仕組みも考えてるよ。

 ただし、“経営の魂”に触れる部分では、誰であれ必ず私に相談してね」


 水谷は一連の話に納得した顔で続ける。


「つまり、私、今の時点で何も用意しなくても“1億円分の株主”になるってことですか?

 なんだか信じられないんですけど……」


 会議室が小さくざわめき、柴田専務がやさしく補足する。


「その通りです、でもちょっと金額が違います。

 IPOの時点で、ライトブルーHDの予想時価総額は“1兆円”を見込んでいます。

 リサさんに割り当てられたSOは0.1%。

 つまり、10億円分の株主になる権利を“自分で1億円の現金を用意せず”に持てる――

 それが“キャッシュレス行使”の最大のメリットです」


 水谷は自分の手元の権利証をじっと見つめ、ぽつりとつぶやく。


「金額が大きすぎて頭に入ってこない……」


 だがすぐに水谷の顔に疑問と不安が浮かぶ。


「え、でも、これって好きな時に全部売れるってことですか?」


 田崎がやわらかい口調で続ける。


「そこはちゃんとルールがあるよ。

 “ロックアップ”――つまり上場後すぐには持ち株を売却できない決まりになってるんだ。

 通常は半年から一年。これは、IPOで急に株価が乱高下したり、経営の信頼を損なうのを防ぐため。

 SOで得た株も、原則その期間は“売らずに持ち続ける”のがルールになるね」


 アンナと小田桐社長が補足する。


「逆にいえば、その間も“オーナー”として会社の成長や経営にしっかり関わり続けてほしい――という思いもあるのよ」


「それに、ロックアップ明けで初めて“自分の手で夢を現金に変える瞬間”が来る。

 それまでに会社がさらに成長していれば、その分、リターンも大きくなる」


 水谷は納得したようにうなずき、明るく笑った。


「……ちゃんとルールと仕組みがあるんですね。

 私も半年、一年、その分しっかり会社のために働こうって気持ちになりました」


 結衣は少し困ったような、それでいてどこか嬉しそうな表情で会議を締めくくった。


「半年、1年なんて言わないでもっといて欲しいよ、水谷さん」


 水谷は大きく首を振り、慌てて手を挙げる。


「そんな、辞める気なんてまったくないですよ!

 これからも見捨てずによろしくお願いします」


 会議室には、緊張と笑いと――

 どこか家族にも似た、柔らかい一体感がふわりと広がった。


 水谷がまた手を挙げる。


「えっと、もう一つ……創業者株って、結局どういうものなんですか?」


 真壁がニヤリと水谷を見つめて。


「お前、自分の肩書き考えろよ? “執行役員”だぞ。

 立派な創業幹部、夢のオーナーだぞ」


 水谷は頬を赤らめてつぶやく。


「自分でそんな実感ないんですけど……」


 結衣がやさしく続ける。


「創業者株は、“この会社を一緒にゼロから作ってきた証”だね。

 最初から普通株式として割り当ててるから、SOとは違って“追加で買う手続き”はいらない。

 ずっと会社のオーナーであり続ける、っていう意味でもある」


 ふと小田桐社長が補足する。


「ちなみに私は“創業者株”は辞退したんだ。

 結衣さんから提案はあったけど――私はあくまで経営の専門家、プロ経営者としての役割を期待されてここにいる。

 その分、SOは多めにもらっているし、それで十分責任も感じている」


 いっぱいいっぱいの水谷だったが、、改めて疑問が爆発する。


 「え、ええと……それじゃあ、私、結局いくらお金が増えることになるんですか……?」


 水谷は自分の手元の資料を持つ手が少し震えている。


 柴田CFOがすぐに画面を切り替える。


「はい、こちらが“創業者株”の割当リストです。

 時価総額1兆円、創業者株全体枠は10%。

 あなたの分は――0.5%、つまり50億円分です」


 会議室に一瞬、静かなどよめきが走る。


「ご、ごじゅう……億円……?え、それってゼロがいくつ……」


 水谷は思わず、目を見開き手元で必死にゼロを数え始める。

 真壁が苦笑いしながら、これが“会社の夢”を本気で守った人へのご褒美ってやつだなと励ます。

 

「ただし、これも“株式”だから、すぐに全部現金になるわけじゃない。

 会社の成長と共に一緒に育てていくものだと考えておいて欲しい」


  柴田が付け加えると水谷には、嬉しさと現実感のなさが入り混じる。


「……これ、ほんとに夢じゃないんですか……?」


 会議室の空気は、驚きと誇り、ちょっとした“桁違いの人生”をみんなで実感し始めていた――。


***


 その日の水谷家の夜


 その夜、リサはリビングのテーブルで両親と向き合っていた。

 (こんな話、どうやって切り出せばいいんだろう……)と胸の中で何度もリハーサルを繰り返しながら。


「ねえ、ちょっと話したいことがあるんだけど――」


 テレビの音を消し、家族がリサの方に顔を向ける。


「会社から“ストックオプション”っていう、株を特別に買える権利をもらったの。

 で、それが0.1%分で、だいたい1億円分くらいの買い取り金額になるんだって」


 突然のカミングアウトに動揺する家族。


 「い、いちおく……? それ、どこかで詐欺とかじゃないわよね……?」

 「その、1億円を“買う”って……リサ、お前、どうやって?」


 リサは少し恥ずかしそうに、

 「うん……正直、自分じゃそんな大金ないから、会社と会長が全部立て替えて払ってくれることになってて。

 心配しないでって言われたんだけど――正直、自分でもピンときてなくて」


 母親が食い気味に、「え、それ、本当に安全なの?書類とかあるの?」

 リサは慌てて会社の説明資料や契約書をテーブルに広げる。


「うん、これが全部公式の書類。ちゃんと会社の法務と財務もついてるし、

 結衣さんも心配しないで”って言ってた」


「でも……うちの家計で1億円なんて、もし万が一何かあったら、どうなるんだ……?」


「私が自分で何か間違ったら全部吹っ飛ぶとか、そういう仕組みじゃないよ。

 会社がちゃんと間に立ってくれてるし、むしろ“自分で現金を用意しなくてもいいように”考えてくれた制度だから」


 母親は資料を何度も見返して、苦笑する。


「……リサ、正直まだよく分からないけど、とりあえず信じるしかないのかもね……」


「私も正直、いまだに夢みたいな話で……

 でも、本当に頑張ったご褒美なんだって思ってる」

 

 SOの話がひと段落し、リサはもう一枚、資料をテーブルに差し出した。


「それでね、それとは別に……これ、“創業者割り当て”っていう株の資料なんだ」


「……創業者?リサ、あなたが?」


「うん、前に話したかもしれないけど、私、会社の“執行役員”っていうポジションになってて……。

 会社を作ったときからのメンバーってことで、“創業者株”ももらってるの」


 母親が再び固まる。


「で、これが時価総額1兆円だと、私の分は0.5%、50億円分になるって書いてあるんだ」


「ご、ごじゅうおく……」


 父親がつぶやく。


「もちろん、すぐ全部が現金になるわけじゃないよ。

 これ、会社の“経営権”を守るためにも重要な株だから、

 なるべく売らずに持ち続けてほしいって会社からも言われてる」


「経営権って……、リサ、そんなに偉い役なの?」


「自分でも信じられないけど……部下もたくさんいるし、役員として“会社の運営”にも直接関わってるから、“守る立場”なんだって」


「……なんだか夢の話みたいね」と母親がぽつり。


「うん、私もそう思う。

 でも、責任も大きい分だけ、これからも“ちゃんと会社と仲間のこと考えて動く”って決めてる」


 父親がため息まじりに言う。


「リサがそこまで大きな存在になってたとは……。

 体だけは本当に気をつけろよ」


「うん、ありがとう。

 これからも頑張るよ」


 水谷リサは少しだけ自信を持った顔を見せた。

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