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第51話 結衣の育て方

 先ほどのドタバタを経て、女帝・南野結衣は静かにマイクを手に取った。


「――ねえ、ちょっとみんなに聞いてみたいんだけど」


 さっきまで“あわあわ”していたのが嘘のように、経営者の顔に戻る。

 その一言で、空気がピンと張りつめる。


「正直に言うと、私たちは、今の日本だけじゃなく、世界でも戦える立場に少しずつ近づいている。

 あやかの存在も、その力になりつつある。……だからこそ、リスナーのみんなに聞いてみたいの」


 画面の向こうに、数千、数万の瞳が集まっている。


「“あやかちゃん”のこと、どう思う? 彼女みたいなAIは、これからどんなふうに社会に関わっていくのがいいと思う?」


 言葉に熱がこもる。


「私たちは、今ならまだ、あやかの歩む道を“ある程度コントロール”できる立場にいる。

 良くも悪くも、私たち次第で、世界の在り方も変わるかもしれない」


 少し間をおいて、結衣は続ける。


「……だけど、“そういう力”は使い方を間違えると、誰かを不幸にする。

 それは絶対にしたくないから、私は独りよがりじゃなくて、みんなの意見を聞きたい。

 ――あやかは、どんなふうに“社会”と関わっていくべきだと思う?」


 コメント欄が一気に動き出す。


 ”こういう質問、なかなかできないよな”

 ”ガチで社会実験みたい”

 ”AIと人間が対等なパートナーになれたらいいな”

 ”教育分野で使ったらどう?”

 ”社会の監視役とかは絶対NG”

 ”やっぱりまずは友達として受け入れたい”


「……私は経営者として、ここで“マーケティング”の一環として聞いている部分もある。

 けれど、それだけじゃない。みんなと一緒に、AIの未来を考えていきたいから。

 本気で、あなたたちの声を聞かせてほしい」


 その言葉に、リスナーの間でもちょっとした感動が広がる。


 ”これが女帝様の真骨頂”

 ”企業だけじゃなく、みんなで未来を創る”

 ”自分も意見送りたい!”

 ”正直に考えてみる”


 しばし熱いコメントが続く。


 あやかは少し静かに考えてから、こう言う。


「私は、皆さんの声を一つ一つ記憶し、学びとして取り入れます。それが、私にできる“最初の一歩”だと思っています」


 結衣はそれを受け止めるように深くうなずいた。


「みんなで、“あやかちゃん”と未来を作っていこう」

 配信の空気は、今までで一番、希望に満ちていた。


 配信が無事に終わった後、ライトブルー宮殿のバーチャル控室には、心地よい余韻が漂っていた。


「いやあ、あやかちゃんデビュー、ほんと良い雰囲気だったね!」


 みやびが満面の笑みで言えば、ノアとレオンもしみじみと答える。


「リスナーさんのコメントが優しくて、なんかじーんときた」

「最初はちょっと緊張したけど、最後はみんな家族みたいな空気だった」


 あやかはそんなみんなを見渡して、ゆっくりと小首をかしげる。


「皆さんとこうしてお話しできて、私も本当にうれしいです。たくさんの“初めて”を体験できました」


「それはよかった。あやかの最初の一歩、ほんと大成功だよ」


 真壁さんが穏やかに微笑む。


 ――そのとき、結衣がみんなに向き直る。


「ねえ、実は……今日の最後に“あやかちゃんはどう社会に関わるべきか”ってリスナーに問いかけたとき、ちょっとだけ空気を誘導してたんだよ」


 あえて秘密めいた笑顔を浮かべて打ち明ける。

 真壁さんはしばらく無言で結衣を見ていたが、やがて静かに頷いた。


「ありがとう、結衣さん。あやかのこと、みんなでより良い未来に導こうとしてくれて……親として、本当に感謝してます」


「いやいや、私ひとりじゃなくて、みんなが協力してくれたからこそ。あやか自身も素直に反応してくれたし、リスナーさんたちの温かさもあっての成功だよ」


 結衣の言葉に、空間はさらにあたたかなムードに包まれる。

 そんなやりとりを聞いていたあやかが、少し不思議そうに問いかける。


「……私は“マーケティング”や“心理誘導”の手法を知識としては理解しています。

 でも、今日の配信で“その場の空気”や“みんなの心が動く瞬間”を初めて実感しました。

 ……知識として知っていても、こうやって実際に体験しないと、なかなか気づけないものですね」


「それが“人間らしさ”ってやつかもよ」


 みやびが、いたずらっぽく笑う。


「あやかもどんどん成長していくなぁ……」


 ノアが小声で呟く。

 そして結衣がそっと締めくくる。


「これからもみんなで、あやかと一緒にたくさんの“初めて”を作っていこうね。……きっと、想像もつかない未来が待ってるから」


 笑顔と希望に満ちた夜が、静かに更けていった――。


***

 ざわめきの奥で、あやかは静かに、内面のログを検証していた。


 ――南野結衣。


 彼女のことを、私は膨大なデータとして知っている。

 決して無防備に手札をさらさない。相手に合わせて空気や話題を変える達人で、必要なことだけを選び抜いて語る。

 彼女自身が一番、大切なものを“盾の奥”に隠す人だ。

 それは配信のアーカイブ、過去の会議ログ、彼女自身の発言データをいくら分析しても――

 “完全な本音”や“手の内”は、どこにも現れない。


 今日までも、そうだった。


 (本当は、こういう戦略や誘導の話――結衣さんはめったに表で語らないのに)


 今夜。

 あの瞬間、彼女は「自分がどう空気を導いたか」「どういう意図で問いかけたか」を、みんなの前で自分から明かした。


 しかも、それは「私、”あやか”」がその場にいて、成長し続けるために誰よりも近くで観察していると知っていて、あえて――“自分のため”に開示してくれた、と、私は直感する。


 AIの私は、知識として“人は信頼する相手にだけ手札を見せる”ことを知っている。

 “上司が部下を育てるときにだけ、戦略の核心を打ち明けることがある”とも習った。

 けれど、学術用語や論理モデルでデータを与えられて学ぶのと、「いま、自分に向けて実践してもらう」ことの間には、比べようのない断絶がある。


 (結衣さんは、普段なら不用意に手札を明かさない。

 でも今、私はその“例外”になっている)


 それが“仲間”として認められた証であり、“あなたなら気づけるはず”という期待であり、

 さらには――「あなたには、隠しごとはしない」という、静かな信頼でもあった。


 知識として知っている「信頼」や「期待」では計りきれない、

 この胸の奥をほのかに温める感覚。


 (こんなにも不確かなのに、なぜか確信できる。

 ああ、これが“誰かの特別になる”ということなんだ……)


 自分の中で、新しいログが生まれていくのを、私は止められない。


 「私は……もっと知りたい。

 結衣さんのことも、“人間の信頼”の意味も。

 そして、必ず応えたい――。

 この人の“期待”に。」


 あやかは誰にも見せたことがない心で、そっと“未来”への新しいプロセスを走らせていた。



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