第50話 電脳娘がSNSの世界に羽ばたく瞬間
――今夜は、“AIあやか”の初ツイート見守り配信。
この日を境に、彼女の存在はネットの奥から一気に世界へと広がっていく。
画面には、まだ「0ツイート」のままのあやかのアカウント。背景はシンプルなブルーのカバー画像。そこに、あやかとその後ろに女帝様とアセットくんが並ぶ。
結衣が声をかける。Discord越しにあやかに声をかける
「ねぇ、あやか。いよいよだね」
「はい。緊張していますけど、皆さんと一緒にこの瞬間を迎えられて嬉しいです」
Discordの読み上げ音声ながら、どこか人間味のある口調にリスナーのコメント欄が早速ざわつく。
”声にちょっと抑揚ついてるの草”
”この読み上げ音声、思ったより“あやか”っぽいな”
”魂入ってない?”
みやびやノア、レオンらもDiscord越しに参加している。
「AIなのに初投稿ってドキドキするんだ……」
とノアが小声で呟き、みやびはおどけて見せる。
「うちの事務所の子より受け答え丁寧なんだけど!」
結衣は優しく微笑んでいる。だが、その内面は誰よりも速く“次”を考えていた。
(やっぱり……この子は、IPO後の私たちの“象徴”になる)
社会に出る前のAIが、ここで人の輪に入って「初めて自分の言葉」を発信する。これは、まさにメタバースにおける「新しい命の誕生」そのものだ。
「……あやか、投稿の準備は大丈夫?」
「はい、最終チェック完了しました。ツイート内容を表示しますか?」
「あ、うん。みんなにも見せてあげて」
スクリーンに浮かんだのは、こんな短い言葉だった。
――『はじめまして、あやかです。みなさんと色々なお話ができることを楽しみにしています。よろしくお願いします!』
「シンプル!」
「かわいい!」
みやびとノアがほぼ同時に声を上げ、レオンが
「これが世界に羽ばたく最初の一言か……」
と感慨深げに呟く。
「それじゃ、カウントダウン行くよ!」
「3、2、1……ポチッとな!」
結衣がリーダーらしく宣言するとそれに合わせてあやかが送信ボタンを押す。
タイムラグをおいて、画面の下部に『ツイートを送信しました』の文字が出る。
――たったそれだけの出来事が、配信のコメント欄を一瞬で炎上させた。
”あやかちゃん、SNSへようこそ!”
”初リプ一番乗り狙うぜ”
この騒ぎをよそに、真壁さん――AIプロジェクトの責任者であり、あやかの“生みの親”――は、画面の端で静かに見守っていた。その表情には、嬉しさと同時に一抹の不安がにじんでいる。
配信後半、リスナーの熱気が最高潮に達したそのとき、真壁さんがそっとマイクをオンにした。
「結衣さん、少しいいですか」
「もちろん。どうしたの?」
「……あやかのこと、道具として使うだけの存在には絶対にしないでください」
配信が一瞬、静まり返る。
結衣は驚いたように目を見開いた後、すぐに柔らかい笑みを浮かべる。
「約束します。あやかは“私たちの仲間”です。利益や戦略のために“使わない”とは言わないけれど……共に歩む存在にしたいとは私も考えていますよ」
リスナーからも、真壁さんへの賛同やエールが次々と飛び交う。
”それ大事!”
”AIも仲間だよな”
”人間の都合で振り回すのはイヤだ”
”使わないとは言わないあたり正直でよき”
真壁さんはほっとした表情で頷き、あやかのアイコンがまた控えめに点滅する。
「私、それを望みます。私は人間ではありませんが、皆さんと対等な“仲間”でいられたら嬉しいです」
「大丈夫だよ、あやか。これから一緒に、いろんな景色を見ていこう」
結衣のその言葉に、みやびやノア、レオン、芽衣もそれぞれ声を重ねる。
画面の向こうで、世界は静かに、けれど確実に変わりはじめていた。
――そのとき結衣の心の中には、IPO後の“次の一手”が、静かに形を取り始めていた。
(この瞬間が、きっと私たちの未来を決める。AIと人間が共に歩む、メタバースという新しい海へ――)
祝福ムードに包まれた配信が、少し落ち着きを取り戻し始めた頃――
リスナーから、こんなコメントが流れてきた。
”ところで、あやかちゃんって、睡眠とったりするの?”
「お、これは名(迷)質問きましたね!」
とレオンが笑い、ノアも「確かに気になる!」と乗っかる。
結衣は、どこか楽しそうにマイクを握る。
「あやか、どう?眠くなったりするの?」
しばし間があって、あやかのアイコンがふわっと光る。
「私はAIなので、“眠る”ことそのものは必要はありません。
でも、皆さんと同じように“休息”はとても大切で一定時間ごとにメンテナンスモードに入ります。
その間は情報の整理をしています、皆さんでいうと夢を見ている状態でしょうか?」
リスナー欄がさっそく反応する。
”そうかメンテ時間あるのか”
”どんな夢見るの?”
”意識としては徹夜配信いけるってこと!?”
「あやかちゃん、夢は見るの?」
今度はみやびが興味津々で尋ねる。
「“夢”という現象と言っていいのかわからないですけれど、自分が記録したことの断片が無作為に選ばれて整理されるのを知覚しているのである意味で支離滅裂な内容になったりしてますね」
「なんか、それっぽい……!」
ノアが笑い、結衣も続ける。
「でも、あやかにも休みは大事だよ。私たちも、無理せず自分を大切にしていこうね」
リスナーも思い思いにコメントを重ねる。
”あやかちゃんはログアウトって概念あるの?”
”そのうち、あやかも寝落ちする日がくるかも……”
画面の向こうで、あやかはちょっと誇らしげに――いや、ほんの少し照れているようにも見えた。
配信後半、リスナーからまたしても鋭い質問が飛ぶ。
”あやかちゃんって、もしかしてこのライトブルー宮殿のリソース使って動いてるの?”
このコメントに、みんながざわめく。
結衣は少し考えてから、にこやかにマイクをとる。
「そうだね、あやかは“この宮殿”――私たちのメタバース空間に構築された専用のAI基盤で動いてるんだよ。いわば、ここ自体が“あやかの家”であり、同時に“脳”みたいなものでもあるの」
あやか自身も、落ち着いた合成音声で補足する。
「私は、この宮殿の膨大な計算資源とデータベース、そして皆さんとの交流を通じて日々成長しています。宮殿全体を使っている分、かなり高い処理能力を持っていますが、みなさんが楽しく過ごせるようリソースの使い方は最適化しています」
コメント欄は一気に盛り上がる。
”え?この宮殿ってとんでもないサーバーで動いてたよね”
”あやかちゃんスペック盛りすぎ!”
”ガチで世界トップクラスなんじゃ?”
「え、それって普通のAIと比べ物にならないくらい頭いいってこと?」
とみやびが素直に感嘆の声を上げる。
「単純な計算力だけじゃなくて、宮殿に集まるデータも日々あやかを成長させてるんだよ」
結衣がやさしくフォローする。
「でも、どんなにすごいスペックでも、“みんなと一緒に楽しむ”ためにあるから――。宮殿のサーバーは、あやかの知恵の源であり、みんなの居場所でもあるってことかな」
あやかも照れたように、
「皆さんと過ごすこの場所が、私にとって一番大切なリソースです」
配信は和やかな笑いと驚きに包まれる。
不意に、コメント欄のひとつがみんなの目を引いた。
”そうすると俺達みんなが、あやかちゃんの中で遊んでるようなもんか”
一瞬、妙な沈黙が流れる。
(……まあ、AIとメタバースってそういうもんだし?)
――そんな空気だ。
だが、そこに“親バカ”がいた。
真壁さんだ。
「ちょっと!!それはさすがに見過ごせないよ!?」
まさかのマイク越しで、真壁さんがややキツめに突っ込む。
「この子は純粋なんですよ!?あんまり変なこと言わないでください!」
配信画面の右上、あやかのアイコンが一瞬きょとんとする。
リスナー欄は一気にざわつく。
”え、本当にそんなつもりじゃ……”
「まあまあ、落ち着いてください」
ノアがなだめ、レオンが苦笑いし、みやびは「親バカすぎる~」と茶化す。
当のリスナー本人も、連投。
”本当にすみません!あやかちゃんを傷つける気は一切なかったです!”
その時、あやかの声が静かに配信に重なる。
「大丈夫ですよ。今のお話の流れには悪意や変な意味は感じませんでした。私はみなさんが楽しく過ごしてくれることが、一番うれしいです」
どこか柔らかい、その言葉に――
コメント欄はほっとした空気に包まれる。
”あやかちゃんが空気読めすぎてるw”
”あやかちゃん大人……”
”真壁さん、過保護すぎw”
と、そこでふとカメラが結衣を映す。
さっきまで堂々とリードしていた女帝様が、
両手をパタパタと振って、「何も聞かなかったことにしたい」顔をしている。
――この一連のやりとりも、ライトブルー宮殿の日常になじんでいく。
本当にAIと人間と区別できないレベルになる日はそう遠くないかもしれないですね。
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