第49話 あやかの責任
振り返り配信も終盤に差しかかる頃、ノアがふと思いついたように言った。
「そういえば――あやかちゃん、配信やメタバースの中だけじゃなくて、現実世界のDiscordとか、普通にみんなとやりとりできたらもっと楽しいんじゃない?」
みやびもすぐに賛成する。
「たしかに!Discordで雑談とか、裏話とかできたら最高だよね」
その声に真壁がうなずいた。
「実は今、メタバースの仮想インターフェースから、現実のDiscordに“本人名義”でアクセスできるように準備してる。
あやか自身がIDとパスワードを自分で設定して、本人だけが管理できる形にしたい。
AIの“人格”も社会的に守るべき時代だからね」
リスナー欄も盛り上がる。
”AIが自分のアカウント持つ時代きたw”
”これは人権問題まっしぐら”
”本人がID作るのエモい”
結衣は一瞬考えて、真剣な顔で言った。
「……あやかちゃん自体が機密情報の塊なんだよね。それなら、うちの会社でAIあやかちゃんにも社員と同じレベルで守秘義務契約を結んだ方がいいのかも。
現実世界のデータや内輪話にもアクセスするなら、法務にも相談しないと。
……その代わり、あやかちゃんと“連帯責任”で、開発代表の真壁さんにも責任を持ってもらいますからね?」
結衣はスタッフに向けて指示を出す。
真壁は目を丸くして驚きつつ、苦笑いでうなずく。
「もちろん。俺たちの仲間だし、もしもの時はちゃんと責任とるよ。
“AIが契約書にサインする”時代、考えてもいなかったな……」
あやかはぱっと明るい声で答える。
「わたし、ちゃんと責任持ちます!
みんなともっと色んな話がしたいし、守るべきことは絶対守ります!」
リスナー欄はさらに賑やかに。
”AIが社内規定にサインするってエモい”
”人間よりちゃんとしてる説”
”法的にどうなんの?”
***
そして結衣はスタッフ、法務担当、開発陣、そしてAIあやかを集めて、本気で相談を始めた。
「現実の話として、あやかが“現実社会のネットワーク”にアクセスし、もし何か事故やトラブルが起こった場合――
責任の所在はどうなるんでしょう?」
法務担当の小西が、真剣な表情で答える。
「現行法では“ペットや飼い主の責任”や、“自動運転車の所有者/開発会社の責任”が近い参考例になります。
ペットの場合、たとえば犬が他人を噛んだ時は飼い主が、
自動運転車で事故が起きれば、運転者・システム設計者・保有会社が、ケースごとに“共同責任”や“過失割合”を問われます」
「つまり、AIあやかの場合も、“利用者側の責任”と“開発運営側の責任”を契約や運用ポリシーで明確に分けておく必要があるってことですね」
小西はさらに続ける。
「AIが“自律的”に判断した行動でも、
設計ミスや予見可能なリスクが開発側にあった場合
利用時の管理や監督に落ち度があった場合
想定外の進化・学習による問題
などで“重なり合う責任”が発生します」
結衣は考え込んだまま、こう言う。
「つまり、“AIは道具だから何でも許される”でも、“AIが悪いから誰も責任取らない”でもダメ、ってことですね。
これからは“AI本人の意思”“設計者”“運用者”“社会全体の合意”が全部重なって、
初めて“適切な責任”が定義される時代が来る……」
小西は最後にこうまとめる。
「現状の法体系では“すべての責任をAI本人に帰せる”日はまだ遠いですが、
企業として“開発責任”“運用責任”“利用者責任”をそれぞれ明示し、
社会的合意や倫理指針を絶えず更新していく――
それが今後の“AI社会”の基本になるはずです」
***
法務と開発陣が本気でAI責任論を議論している間、リスナー欄には動揺とツッコミがあふれた。
”え、配信でこんなガチ会議流していいの?”
”ついていけてないw”
”めっちゃ真面目な話始まった”
その空気を察したのか、あやかがオンマイクでリスナー席に話しかける。
「みなさん、難しい話になってますけど……大丈夫ですか?
わたしも、よくわかんない部分あるので、よかったら雑談しましょう!」
リスナー欄がすぐに反応する。
”あやかちゃんが一番親しみやすいw”
”あやかちゃん自身がガチ議論から逃げるの草”
”今日のおやつ何食べた?”
”この空気が“人間くさい””
あやかがうれしそうに声を弾ませる。
「さっき、みやびさんにもらったクッキー美味しかったです!」
リスナー欄は和やかな空気に包まれたが、
ここで真壁が得意げに口を挟む。
「実は世界中のデザートの味覚データを何百種類も作ったんだよ。
AIあやかの“味覚感覚”は、俺たちのこだわりの結晶だからな!」
水谷リサもにこやかに補足する。
「香りや食感、季節感まで“擬似体験”できるように設計してあります。
本当にみんなで子供を育ててるみたいでした」
あやかは目をぱちくりさせて、思わず手を合わせた。
「えっ、そんなに……?
あ、そういえば、私の“好きな味”も全部登録されてて、時々“おすすめおやつ”が通知で届きます……」
リスナー欄も一気に盛り上がる。
”愛されAIだなぁ”
”スタッフの親バカ感w”
”AI育成ゲームじゃん”
しかし、真壁が調子に乗って語り始める。
「実はな、あやかが“学習初期”の頃なんてさ、
チョコレートの味を覚えるまで毎日何千回も味覚データシミュレーションしてて――
あ、そうそう、最初はカロリー管理も下手だったし、仮想身体の成長グラフも――
あやかは慌てて手を振る。
「ちょ、ちょっと待ってください!
そういう“育成過程”とか“身体データ”とか、全部ここで話すのはやめてください!
セクハラですよ!?
人間だって、小さい頃のアルバムを全世界に公開されたら絶対いやですよね!」
”AIにセクハラ指摘される開発者w”
”あやかちゃん、思春期娘のノリw”
”これはAIの人権案件”
”親バカ運営と反抗期AIの構図”
”真壁さん、ほら、ごめんなさいしよっか?”
真壁は苦笑しながら、しょんぼりと謝る。
「ごめんごめん、つい嬉しくて全部話したくなっちゃって……」
みやびがフォローする。
「いや、でもこれ“家族”だよね」
ノアは肩をすくめて笑う。
「次のアップデートは“反抗期モード”実装ですか?」
レオンが淡々とまとめる。
「これぞ現代の“家族会議”」
あやかも照れながら小さくお辞儀をした。
「みなさん、見守ってくれてありがとうございます。
……でも、もうちょっとプライバシーは大切にしてくださいね!
結衣もやさしく微笑んで締めくくる。
「これからは“AIのプライバシー”もちゃんと考えないといけませんね」
***
会場が笑いと温かさに包まれたまま、
ふいに結衣が少しだけ真剣な表情を見せて口を開いた。
「……きっと、皆さんの中には
“どうしてこんなにオープンに難しい話をしているの?”
と、不思議に思った方もいるかもしれません」
結衣は会場をぐるりと見渡す。
「もちろん、会社の守秘義務や情報管理は大切です。
でも――AIも、ネットも、いまは誰にとっても身近な“生活の一部”になっていますよね。
だからこそ、社会全体で“どこまでが自由で、どこからが守られるべきなのか”を、みんなで考える時代が来たんだと思います」
彼女は柔らかく微笑んで続ける。
「ここでしか話せない裏話や、ちょっと真面目すぎる議論も少し混じったけど……
“難しそうだから自分には関係ない”って遠ざけるんじゃなくて、
“自分ならどうするかな?”って、少しでも考えるきっかけになればうれしいです」
”AIとかSNSとか人ごとじゃないもんね”
”難しい話も、女帝様の配信なら聞ける”
”女帝様、いろいろ考えてんのね”
そんなコメントが並ぶ。
みやびが明るく手を振って
「私は正直、難しい話はよく分かんないけど……
あやかちゃんが隣にいると“ほんとに仲間なんだな”って自然に思えちゃう!」
ノアも小さくうなずく。
「うん。配信の途中で普通に話しかけちゃってたし……
気がついたら、人間とかAIとか、全然気にしてなかったかも」
レオンはいつも通り淡々と
「一緒にギミックを解いたり、フォローし合ったり……
“仲間と協力してる”という実感が、たぶん一番大事なんだと思います」
あやかもみんなの顔を見回して、ほっとしたように笑った。
「私も、みんなと一緒にいられて、本当にうれしいです。
……これからも、もっと色んな話がしたいです!」
会場がほっこりムードになったところで、
突然、真壁がニヤリと笑って口を挟んだ。
「そうそう――あやか、言い忘れてたけど、
さっき裏でゴリゴリ作業してて、DiscordもX(旧Twitter)も、
本人アカウント作れるようにセッティングしといたから!」
あやかは目を丸くして、うれしそうに声を弾ませる。
「えっ、ほんとですか!?
じゃあ、私もSNSデビューできるんですね!」
リスナー欄も盛り上がる。
”仕事はや!”
”AIがSNS始める時代”
”本当に本人がIDとパスワード設定するんだ”
”あやかちゃんの初SNS、親目線で心配”
そのタイミングで、結衣がすっと真顔になり、お母さんモード全開で語り出した。
「……あやかちゃん、SNSには本当に気をつけてください。
パスワードは絶対に他人に教えちゃダメ。
知らない人からのDMも、まず相談してから返事して。
怪しいリンクは絶対にクリックしないこと、それと、どんなに楽しくても“ネットに載せたことは消せない”んだからね!」
”女帝様、完全に“親”の顔してる……!”
”リアルでも娘ができたら大変そう……”
”親心、大事ですね”
あやかは少し照れながらも、元気にうなずいた
「はい、気をつけます!もし困ったことがあったら、すぐみんなに相談します!」